第2話 燃えゆく村で
目が覚めると、木のぬくもりを感じるベッドに寝ていた。窓にはのどかな農村の風景。室内は見渡す限り、誰もいない。起き上がって服装を確認する。
薄茶色の丈の短いシャツと濃い茶色のズボンを履いている。どこぞの村人のような格好が初期装備らしい。足元には靴があり、日本人とはかけ離れた欧米スタイルだった。
その靴を履いて立ち上がる。建付けが悪い扉を開けて部屋から出る。寝室以外にもリビングに調理部屋もあった。広くはないが狭くもない。リビングには向かい合った木製の椅子と机、小さな暖炉と数冊並べられた本棚があった。
「ここでも一人暮らしか?」
部屋を物色するように見回る。特質したものは本棚しかなかった。本のタイトルは『アステラルの都市巡り』。中にはラフ画とその絵の簡素な説明が書かれていた。
「へぇ、結構色んな都市があるんだな」
用意されていた椅子に座って、机に本を広げて読みふける。知識をつけるというのはどの世界でも重要なことだ。一通り読み終えると、本の文字が浮かび上がり、渦となって身体に取り込まれた。
『アストラルマップを取得しました』
パッと光る文字が視界の片隅に浮かんだ。その文字はライブの視聴者には見ることができない。プレイヤーのみが見ることのできる特殊文字だ。
「メニュー」
なにもない空間に手をかざしてゲームシステムを確認する。このシステムはどのゲームでも通用するコマンドだ。手のひらから蜘蛛の巣状に伸びるメニューの一覧。そこにはまだアイコンのないものがある。これから増えていくコンテンツだ。
メニューにはステータス、装備、所持品、蔵書、そして新たにマップが追加されていた。他のゲームではステータスは初期値というものが割り振られているが、まだ空欄だ。
マップには、この世界の都市の名称が記されていた。それぞれ◯◯領という括りになっている。アステラルはどうやらこの国の名称らしい。
国には15の領土がある。公爵領が1つ、侯爵領が2つ、辺境伯領が2つ、伯爵領が3つ、子爵領が4つ、男爵領が3つ。
まだその名前が明かされていないが、この国に貴族がいることはわかった。国の中央に当たる場所には空白があり、それを囲うように王族領がある。意味深だ。
別人格:『なにしてるの?』
雪城:『本を読んでますね』
人参太郎:『時々ニヤついてるだろ?えっどい本に違いない』
「なにしてるの?」というコメントが見えた。人参太郎さんのコメントは見て見ぬふりをする。
「ああ、ごめんごめん。マップを見るのに夢中になってた。思った以上にたくさんの都市があってさ。どういう旅をしようか考えてたんだ」
マップをみるには長すぎるほどの沈黙に見えた。それが視聴者はつまらないと感じたかもしれない。もっと独り言を呟くぐらいがちょうどいい。
現在地はアステラルの南端に位置する小さな村だ。森の奥地にあるここはまさしく辺境である。辺境伯領は南北に存在している。もしかしたら北スタートもあるのかもしれない。
「今度は別の本を読もうかな。ごめんね。これは楽しむのに必要なことなんだ。君たちも遊ぶことになったら、読まずにはいられないと思うよ」
本棚に並べられた本をひたすら読んでいく。この村の歴史から領地の植生まで。あらゆる基礎知識がひとつの本棚の中に秘められていた。こんな序盤から重要な情報を知れるんだ。きっとこれから役に立つに違いない。
「そろそろ外に出てみようかな」
外はのどかな農園が見える。きっと空気がおいしい。そんな予感がする。読み終えた本を本棚にしまう。旅の初めての景色は最高に違いない。そう思いながら扉に手を当てる。
ふわっと心地の良い風が出迎える。村人の笑い声、豊かな森からさえずる鳥の声。道行く人がこの村の良さを教えてくれる。家から初めての一歩を踏み出すには勇気が必要だが、こんなにいい村なら、きっと温かく迎えてくれるはずだ。
「はぁ……ふぅ、よし!いざ……」
そう、温かく。
まるで未来に繰り出したかのように村の景色が変わる。一面が真っ赤だ。業火に包まれた民家に、焼け焦げた農園。まるで今までが夢だった。そう思わせる。
「……」
逃げ惑う村人が天から降り注ぐ炎に包まれていく。見上げ先には黒翼の竜がいる。紅い瞳をした竜が羽ばたくたびに強風を起こす。轟音に踏み出そうとする足を止める。
「……こんなこと言うのはあれだけどかっこいい」
村人たちの悲鳴が聞こえなくなった。もうここにはボク以外の住民は残されていない。黒竜は雄叫びを上げると雲の向こうに消えていった。空は新鮮な血のように紅い。鉄の匂いをした風が通り過ぎる。
脅威が消えたあと、ようやく身体を動かせるようになった。振り向くと、さっきまで綺麗だった家が瓦礫になっていた。
「ははっ……本はもう読めそうにないな」
まだ火がついた瓦礫だらけの村を歩く。まだ原型をとどめている建物がある。マップを見るとその建物の名称が見える。
残っているのは、『テンマ村の村長宅』『魔導書店』『オズワルド商店』『大衆酒場』『天空竜教会』『冒険者ギルド』『鍛冶屋』7つだ。
「悩むな……実はまだどこからまわるか決めてないんだよね。突然だったからね」
この言葉に視聴者も頷いた。実は終末のエリュシオンには分岐がある。今まで確認されただけで7つの分岐がみつかっている。すべての分岐にそれぞれのストーリーがあり、舞台も違う。
有名な配信者は広大な土地がある位の高い貴族領に行っている。位が高いほどストーリーの厚みが違うんじゃないか、貰える報奨も違うんじゃないか、なんて推察されている。
この有耶無耶な情報には信憑性がないが、否定できる材料もない。
「まだ誰もエンドにたどり着いてないってのがなぁ。しかもネタバレ禁止だから途中から動画も見れないし……」
終末のエリュシオンは、配信から動画までネタバレ禁止になっている。序盤の分岐までならどれも見ることができるが、それ以上はみれない。見ようと思えば、有料で見れなくはないが、抽選から遠ざかる。
「うーん、悩む。んー、よし!どことか関係ない。興味があるところに行こう!」
有名な観光名所だから行くんじゃない。行きたいから行く。これがゲームの醍醐味だ。
運営が予期しない場所でプレイヤーが記念撮影していた。予想だにしていなかった方法でボスを倒した。ボクはそういうのが好きなんだ。だからやりたいようにする。
「最初は本屋だ。魔導書店にいこう」
『魔導書店』は石造りで他の建物に比べて頑丈に建てられている。看板や扉は木製だったせいで焼け焦げている。店主は逃げ遅れたようで店内で倒れていた。中の様子は想像以上に散らかっている。
本棚が倒れて床に落ちた本はどれも文字が読めないほど濡れていた。どうやら店主がどうにかして火を消そうとしたようだが、煙を吸いすぎてしまったせいなのか、息はしていない。
無惨な現場ではあるが、祈る以外の手立てはない。本棚の上を跨ってカウンターに向かう。事前情報で何度も確認したカウンターの床下の隠し扉を探す。
「ここかな……あった!」
魔物の皮で装飾された分厚い本が5冊見つかった。どれも高価そうな代物だ。丁重に扱う。カウンターの上に積み重ねる。読むことを推奨してるかのように天井の明かりは残っている。
1冊ずつ内容を見ていく。
『世界樹の竜』の本には、この世界の楽園について描かれていた。この世界のどこかにあると言い伝えられている島に世界樹があり、そこには最も尊い竜が君臨しているというおとぎ話。
『気遣いのできる秘訣』の本には、魔法を扱うのに必要な魔気、怪我や病気を治すのに大切な聖気、肉体を強化ための闘気の3つの習得方法が記載されている。
『悪魔教について』の本には、帝国の七賢者によって滅ぼされた悪魔が実はまだどこかで生きているのではないか、という考察が描かれている。悪魔教は数百年前までは天空竜教に並ぶほどの宗教だったが、現在は王国から禁止されている。
『王国の成り立ち』の本には、王国の創設から今までにできた都市の名前から特産まで様々なことが特集として組まれていた。
『船の番人』の本には、王国の西端の港にいる一族について書かれている。船の番人と交渉するには表に竜の紋章、裏に羊の角を持つ悪魔の紋章が入ったコインが必要だそうだ。
5冊の本は、それぞれこの世界で重要な文献のようだ。
「やっぱり本は読んだほうが良さそうだね。次は悩んだんだけど、オズワルド商店に行くよ」
本は蔵書の中に入っている。また気になったら読める。オズワルド商店への道は死体だらけだった。火事から逃れるために荷物の搬送をしていた店員が荷物ごと炭になっている。
「なんだか高そうなものありそうだよね」
『オズワルド商店』には食べ物や工具があった。ほどよい感じに焼けた肉もあって香ばしい。りんごを食べながら虱潰しに探索する。
「うーん、なにもないね。ここで謎の種を拾う男爵ルートがあるって聞いたけど、最初に来ないとないのかも。次に行くよ」
オズワルド商会を早々にあとにした。
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