ポイズンポワゾン

「たのもー、たのもー」

 美弥子の依頼を受け、私は高富久寺こうふくじに、断食道場破りに来ていた。

 当の美弥子は、「私、標高の高い所に行くと、膨らんじゃうから」と電話してきた。電話口の向こうから、ポテトチップをぱりぱりと食べている音がした。

 もちろん、女一人、単身で、敵地に乗り込む、なんてことはしない。

 事前調査では、断食道場の参加者は、監視下に置かれて、少ない食事で、強制労働。件の缶詰製造などに従事しているとのこと。

 鴨が葱を栽培しているようなものだ。

 危険。かも、しれない。して、かもしれない運転で平常運転。

 いつも通り、美弥子のお父様から、特殊執事部隊『烏合之衆』の黒服を、何人か、まわしてもらった。

 高富久寺の閉ざされた門の裏側から、閂を外す音がする。

 門扉が開かれ、寺の白衣はくえを着たふくよかな男が、私をじろと応対した。

「どちら、様で?」

「私、こういう者です」

『吉野雪子推理事務所 推定代理人 吉野雪子』と書かれた名刺を渡した。

「探偵、さん?」

「いえ違います。私は探偵ではありません。探偵は届け出が必要ですから。私は、まあその、人の考えることを、代わりに請け負っている者、とでも言いましょうか」

「はあ。それで、今日は、どういったご用件でしょうか。それと、その、後ろの方々はどのような」

 男は、私の後ろに、ずらりと並んでいる、黒服の執事達を不安げに見つめる。

「運転手、ボディーガード、報道記者、カメラマン、電気工事士、医者、その他、エトセトラ。本日は、こちらのご住職、満福まんふくさんに、お話をしに参りました」

「ちょっ、ちょっと、お待ちを、」

 制止しようとする男に構わず、私は境内に入っていった。

「満福さーん、満福さんはいらっしゃいませんかー」

 なんて。この時間、彼がどこにいるのか。分かっているのだけれど。

 私は真っ直ぐ、砂利道を突っ切る。止めようとする者、騒ぎ立てる者。全て、黒服に抑えさせる。

「ここか」

 お堂の前。靴を脱ぎ、縁側に上がり、大きな襖を開ける。鴨居をくぐり、中に入る。

「たのもー」

 ぎしぎしと鳴る板張りの床から、冷たい風が足をくすぐる。

 結構な騒動にも関わらず、仏像の前で、悠然と、坐禅を組んでいる、法衣ほうえの男、満福が居た。

「これは、これは。騒がしいとは思っておりましたが、おや。まだ、お若いお嬢さんじゃありませんか」

 満福は立ち上がり、法衣を正し、私と面と向かった。私は、満福の前に歩み寄る。

「どうも、お初にお目にかかります。私、断食道場破りに来ました、こういう者、です」

 名刺を渡した。

「たん、てい、さんでございますかな?」

「いえ、違います。私は探偵ではございません。先ほど、断食道場破りに来た、と言ったではありませんか」

「ほほ、一体、何をしに来たのでございましょう?」

「満福さん。あなた。呼吸だけで、食事を一切摂らずに、生きている。というのは、本当ですか?」

「ええ、まあ。ここ、高富久寺は空気が良くて、ですね。標高が高く、汚れておらず、澄んでいる。そして、澄んでいる、と、矛盾するようですが、生命の気、とでも言いましょうか。そういったものに溢れているのです。私は、もちろん、修行あってのものですが、ここ、高富久寺の空気を、吸って。吐いて。呼吸をするだけで、長々と、生きながらえております」

「長々と、御託を。すごいですねー。お腹、かないんですかー?」

「ええ、空腹は感じません」

 私は、わざとらしく左目を瞑り、右目の前で、右手の人差し指と親指で輪をつくり、満福の顔を覗き込む。

「でもー、本当はー? お腹。いているんじゃ、ありませんか?」

 私の説法印に、満福の満面の笑み、その眉に密かに顰み。

 私は、右手で輪をつくったまま、バレリーナのように、上にアンオー横にアラセゴン下にアンバー胸の前にアンナバン、腕を大きく内転させる。

「捜査は、お足で稼ぐ。チャリンチャリン、なーんちゃって」

 仰々しく、うやうやと、深く深く、お辞儀をした。

 顔を上げると、満福の苦々しい顔。

 私は、背筋を伸ばし、パンパンと、右肩の上で二拍手。

「セバイーさん、セバアールさん。映像資料をこちらに」

 黒服の一人から、私はタブレットを受け取り、

「後、カメラはもう、回収してくださって結構です」

「あんた、一体、何を」

 焦燥の表情の満福に、私は、

「だからー、」

 胸元に右手で、お金のマーク、

「お足をちょっと積んでー、」

 右目の前、右手の輪っかを通して、満福を狙う、

「あなたを、監視していたんですよ」

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