勝利とヴィアンド

「いや、今のカメラって。あんなに、小さいのに。こんなにも、広角で撮れるものなんですねー」

 タブレットでいくつかの映像を、ピンチイン、ピンチアウトしながら、確認する。思わず、口角が上がる。

「なんだ、なんなんだ、あんたは。無断で、人を監視するなんて、どうかしているんじゃないのか」

「非道いことを仰いますねー、満福さん」

 私は、右手人差し指を、自分の頭の上で、くるくると、回す。

「回り回って、巡り巡って。あなたも、断食道場に監視カメラを仕掛けているじゃありませんか。宿房しゅくぼう食堂じきどうに、そりゃ、カモで金ヅルがカラスが鳴くから、かーえろ。なーんて言って、逃げ出したら困りますものねー」

「そそそ、そんなもの、儂は知らん。お前達が、仕掛けたんじゃないのか、儂を落とし入れるために」

「落とし入れるなんて、人聞きの悪い。悪い人たちの行いは、ぜーんぶ、神様が見ているんですよ。……あれ? 仏様の方がいいかしら。お寺だし。……しかし、すごいですね、立派なものです。満福さん。やっぱり、誰かに見られているかもしれない、という意識を人一倍持っているのですかね。これ、映像、何テラバイト、ありましたかねー。私たち、全て、確認したんですよ。驚きました。満福さん。あなた、本当に一切の食事を摂っていない」

「そうだ! 私は、もう、何年も、食事をしていない。殺生せずとも、人は生きていけるのだ」

「殺生せずに、生殺し。殺さず死ぬまで搾り取り。流石に詐欺師の基本はできてらっしゃる。……はー。少し、黙っててもらえませんか」

 私はタブレットを放り、パンパンと、右肩の上で二拍手。

「セバサンさん。カルテを」

 右肩越しに、黒服から、紙のカルテを受け取る。

「正直、少し、期待していたんです。あなたが、本物なんじゃないかって。実際、カメラで監視していて、あなたが、食事を口にすることがなかったものですから。でも、残念。ぬか喜び。糠に釘」

「何を、言っ、」

「釘、刺しましたでしょ、しー」

 私は、左手の人差し指に、そっと口づけをし、

「ぴー。いー。じー。PEGペグ。Percutaneous Endoscopic Gastrostomy。経皮内視鏡的胃瘻造設術ケイヒナイシキョウテキイロウゾウセチュジュツ。あ、噛んじゃった。いやはや、お医者様は。こんなにも長い名前を。いくつも、覚えていらっしゃるんですかねー。もちろん、あなたは、知っていますよね。患者様」

 私は右手で、カルテをひらひらとさせる。

「……今は、喋るところ。狼狽える所なのにー。乗ってくださいよー。暖簾に腕押し。徒労徒労、じゃなかった、ご苦労様です。鴨が葱を背負って来てくれて。労らっているんですよ。……胃ろう。簡単に言えば、胃にチューブを通して、直接食べ物を流し込める、そんな穴を──胃ろうカテーテルを──、あなたは手術でつくったのです。お腹、かないでしょう? お腹がいていて、そこから、食べ物を入れていたんですから。あなたは、口から食事を摂ることが、そもそもできない。嚥下機能が低下しているからです。あなたが、食べ物を一切食べず、呼吸だけで生きていけるなんて、口からデマカセ。あなたは口先だけの、ただの。詐欺師だ」

「さっ、さっ。ししぃ、しょしょぅ、証拠はぁ? 証拠は、どこにあるんだ?」

「痛い腹の中は探られたくないでしょう?」

 パンパンと、二拍手。

「セバスーさん。セバスーさん」

 バキッという音と共に、お堂の床を突き破って、烏合のタケノコ。黒服がにょっきり。腕には、寺の白衣を着た、小僧が捕まっていた。

「山の麓の小屋から、このお堂の床下に、トンネルを掘っているなんて。どれだけ臆病なんでしょうか。そりゃ、室内に仕掛けたカメラにも映らないはずです。板張りの床、開いた隙間から、その小僧さんがチューブを通し、さらに、あなたの緩やかな法衣の裾から、胃ろうカテーテルの前まで通す。あなたは、法衣を正す振りをし、チューブとカテーテルを繋ぎ。お食事、なさっていたのでしょう? 正直に。腹を割って、お話し、しませんか?」

「どうして、どうして、分かった?」

「いや、実際、見事だったと思いますよ。カルテ見ましたけれど、あなた嚥下機能が完全になくなっているわけじゃない。少しであれば、食べられるわけです。食欲、これを完全に消し去ることは難しい。……そこはさすがに、お坊様、なんですかね? あなたは、演じ切った。素晴らしい精神力。素晴らしき演劇脳です。……あれ? なんだか話がずれちゃいました。どうして、分かったか、でしたっけ? 簡単ですよ。この世には、神も仏もいない。私はそう、信じているんです。そしてまた、神や仏を信じている、なんて言う人間も、信じていないんです。満福さん、あなた、このお堂で、毎日三回、一回一時間以上、仏像の前で、坐禅を組んでいらっしゃった。そんな信心深い人間が、存在するはずがない。……なんて、疑り深いこの私は、おかしいと、思ってしまったんですよ」

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