虎と女

昼間なのを忘れさせるほど暗い空だった。

やがて降り始めた雨は瞬く間にバケツをひっくり返したような猛烈な勢いとなり眠る街を起こさんばかりに地を打った。

今葉月がさしているビニール傘も小豆を被せられたような弾ける音を鳴らしていた。

まるでショーが始まる前のドラムロールのように。


その場にいる誰もの神経が張り詰めていた。

葉月含む因幡組の連中らはそれから目を離せずにいた。

豪雨の中でも警戒本能が拡声器となりそれの低い唸り声を轟かす。

 

巨大な虎がその中心にいたのだった。

 

緑色の毛皮に赤い瞳が爛々と燃えている、虎が。

体格は中型トラック程度だろうか、巨体が警戒の姿勢をむき出しにしながらこちらの出方を窺っている。


呼び出しが入ったとき葉月は耳を疑った。

何故こんなところに虎がいるのか。

銃の携行を命ぜられ半信半疑で目的地に行ってみればこの有り様である。

比較的人気の無いエリアにいたのを通報で発見し、住民への避難勧告を発した後にようやく追い詰めたのだという。

複数台車も使ったらしくヘッドライトが虎を暗がりから浮かび上がらせていた。


「麻酔銃を使え、生け捕りにして解析班に回す」


五郎が声を張り上げて指揮を飛ばすと麻酔銃を構えた組員が虎に標準をあわせ勢いよく打ち込む。

虎の苦痛の声が響く。

追撃、と五郎の指示が飛ぶ。

どすどすとその巨体に麻酔弾が撃ち込まれ、さすがの虎も立っていることが難しくなったようでよろよろと地面に伏せていった。


「よし捕らえろ」


網を持った者たちが近づいてゆく。

じわじわと虎が囲まれていく、そのときだった。

虎が飛び上がったのだ。

恐らく最後の力を振り絞ったのだろう。

緑色の巨体が彗星のようにこちらに突っ込んでくる。

驚いた組員たちが銃口を向ける。


何発もの銃声が響いた。


万が一、威嚇用にと持たせた銃だったのだがと五郎は苦虫を噛み潰した表情を浮かべたがすぐに仕方の無いことだったと頭を切り替えた。


虎の血であろう青い体液が雨に流されてゆく。

数分前まで爛々としていた赤い瞳にすでに生気はなく完全に事切れて天から降り注ぐ雨にその身をさらしていた。


「…仕方ない、遺体を回収しろ」


五郎はため息をつきつつも指示を飛ばす。

組員たちが虎の亡骸に近づいたときだった。

うわっ、と誰かが叫んだ。

虎の体からしゅうしゅうと白い煙が立ち上っている。

それも酷い匂いを撒き散らせながらなので組員たちは虎の体から離れた。


「爆発…?」


五郎が目を凝らす。

しかしそれは爆発ではなく虎の体がみるみる腐敗していく姿だった。

腐り落ちた肉は液状となり排水口へとどんどん流れていく。

気味の悪い光景にだれもが無言となり結局虎の亡骸が骨まで溶けてしまうまで動くことはできなかった。


防護服を纏った解析班が到着し、流れず水たまりに残った亡骸の液体を回収しその場はしばらく封鎖ということになり今回の大捕物は終わった。


簡易的な検査を行い毒性などがないとわかるとその場は解散となり葉月は五郎に呼ばれた。


「気分が悪いな。いくら猛獣だろうと動物を殺すのは」


葉月からしてみれば五郎も動物に見えるのだがこの世界ではヒトとされるものと動物というのは明確にわかれている。

独特な進化体系に興味はあったが詳しく調べたことはなかった。


「…ひどい匂いだぞ俺もお前も。ちょっとシャワー浴びてこい」


くん、と自身を嗅いでみると悪臭が鼻についた。

一刻も早く流さないと匂いが染みつきそうだ。

葉月は現在地を確認した後、足早にこの場をあとにした。


避難勧告が解除され通りに出てきた人々を避けるように勝手知ったる町の裏路地をぬってスナック十五夜を目指す。

この時間、まだ雪姫は店に来ていないのだが葉月は合鍵を使って店に入り二階の支度部屋へと上がっていった。

元々は二階を住居とするタイプの建物で小さいながら台所やバストイレもついており時折雪姫や葉月が使っていたのだった。


現場からだと自宅に戻るよりはこちらに来たほうが早く、早々にシャワーを浴びんと部屋に入った瞬間だった。

誰かが、いる。

水音はしないが浴室に誰かいる気配がする。


「雪姫さん?」


声をかけると中にいる何かの気配が強ばったように思えた。

雪姫ではない。

葉月は腰のガンホルダーに手をやり、浴室の戸を開け放った。


「…ッ!」


中にいた見知らぬ女性がタオルを被り怯えた表情を浮かべていた。


「…誰?」


葉月はとりあえず女性の周りに武器になりそうなものがないのを目視で確認するとずかずかと女性に近づいて顔を見た。

近づくほどに彼女の顔が青ざめていくのを気にもせずまじまじと。

褐色の肌に赤毛の髪、緑色の瞳をもち刺青なのか頬や腕には独特の爪痕のような模様が浮き出ている。

身長はあまり高くなく、葉月の肩に頭が来るくらいの雪姫よりやや小さい。


「怯えた女性をじろじろみるんじゃありません」


背後から声がかかる。

振り返ると雪姫が仁王立ちしていた。


「どきなさい、匂いますよ」





 










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月光町ナイトウォーカー 佐楽 @sarasara554

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