埋もれる夜

看板の灯りをつけて店を開けるとすぐに常連の客らがどやどやとすでにほろ酔いの顔で入ってくる。


「よお雪姫ゆきちゃん今日も美人だねー」


「雪姫ちゃん今度俺とカラオケデュエットしてよ」


客らの目当ては当然雪姫だった。

カウンターの奥の席でぼんやりしている葉月はづきなど目にも入らぬようだ。


「キュウスケさん、ランさんいらっしゃいませ。いつものでいいかしら?あと私すごく音痴なので遠慮させてもらいますね」


つれない雪姫の返事にも客らはアハハとわらって気に留めることはない。

雪姫は手際よくボトルを開けて酒を作っていく。

その間にも客らは客同士で話し笑い合っている。

この店に来る前に入った店の女がどうの出された酒がどうの。

その間にも続々と客が入ってきて店のドアベルはカランカラン鳴りっぱなしだ。

すぐに店の中はいっぱいになりあちらこちらでそれぞれの話題に花を咲かせている。


カランカラン、とまたベルが鳴る。

一応顔を向けると見知った顔がそこにいた。

相手は自分が目当てだったようでゆるりと店内を見渡した後葉月の姿を見つけるとニカリと笑って片手を上げて挨拶した。


「お疲れ様です、五郎ごろうさん」


五郎はどすどすとまっすぐに近づいてきて葉月の隣の席にどかりて腰をかけた。

遠くからでも威圧感のある風貌なのに隣にくるとより圧を感じる。


「よお葉月、今日もご苦労さん」


笑うと意外と人懐こい表情もできるのだとわかるが笑った口からこぼれるように見える鋭い牙が何度見ても本能的に少し距離をとりたくなる。


「いらっしゃいませ、いつもので?」


「ああ、いつもので頼む」


雪姫に注文をすると五郎は葉月の方に再び向き合ってまじまじと眺めてきた。


「しっかしお前さん相変わらずひょろりとしとるなぁ。ちゃんと食ってるのか?」


「食ってますよ。コンビニ弁当」


「いかんなぁ、お前さんのことだからさぞかし栄養の偏ったもんしか買わんのだろう。自炊せえ。大きくなれんぞ」


「十分大きくなったと思うんですけどねえ」


「何をいうか。俺に比べればまだまだよ」


それはそう、とは言わなかった。

何せ葉月と五郎とでは種族が違う。

葉月は人間で五郎は人型の熊である。

いくら自分が成人男性としては十分な体格でも熊には勝てない。


思えば葉月はこちらの世界に来た当初は出会う人全てにあっけにとられていた。

動物園や図鑑で見た生き物たちが人のように生活しており人語を話しているのだから当然だろう。

それらが代わる代わる自分の頭を撫でてくれるのだから妙な心地だったものだ。


「この世界にはいろんな見た目のやつがいるからいちいち驚いてられんさ」


そういって鋭い爪で傷つけぬよう撫でくりまわしてきた五郎とはその後長い付き合いになる。


おかげさまで今のようにいわゆる普通の人間の姿をしているのが自分だけでも何も思わなくなった。

怪獣のような見た目で酒を煽るキュウスケや白い毛皮の狐のような風貌のランたちも葉月のことを全く気にしていない。


ちなみに見た目の程度は様々で五郎のようにまるまる動物が人のように二足歩行であるいているというのもいれば雪姫のように人間の女性に獣の耳や尻尾がついているような一部だけというタイプもいる。

まだ直接会ったことはないがほぼ人間のようだがやはり普通の人間ではない特性を持ったような種族もいるらしい。


そんなことをぼんやり考えていると五郎が話しかけてきた。


「たくましくないとやってられんぞ。特にここ最近は遠方からの流入が増えとる。目を光らせておかにゃならん」


そう言われて昼間の、迷惑男のことを思い出す。

この街に生きるものなら知らぬものはいない因幡組の名を知らぬ男。


「葉月、お前さんの知り合いに話聞いてみてくれんか。あいつは俺たちより外の世界のことについていろいろ知ってるだろう」


「了解です、時間あるとき寄ってみます」


「頼むぞ、この街を守るのに情報は必要だ」


そう言って五郎はロックのウイスキーを飲み干した。

カラン、と氷がグラスの中で転がる。



店をしまい閉店作業を終えた後まっすぐ自宅に帰らず町外れの中心部よりやや寂しい場所へと向かう。

この辺りは昼夜問わず人気も少なく目を光らせていないと違法な取引を行う売人なんかが路地裏に潜んでいたりする。

ほとんど灯りのともらない建物が墓石のように並ぶ通りはまばらな電灯だけが暖かみのない灯りで暗い夜道を照らしている。

小さな羽虫が群がっていた。


その通りの一角にあるともすれば廃墟化と見紛うような寂れたビルの地下へ続く階段を降りていく。

一階にある路面に面した店舗は長いことシャッターが下りており上階も案内板をみる限り営業していない。

しかし地下の一店舗だけはっきりと店名の書いてある店があった。

 

観賞用魚類専門店「水零すいれい


暗い地下通路にぼんやりと灯る看板の店の扉を開く。

店内はお世辞にも客が寄り付きやすい雰囲気ではない。

あまり広くはない店内で壁一面に水槽が並んでいる。

中央には水草が植わった渓流を模したディスプレイが配置してある。

水の循環する音だけが響く店内には葉月一人しか居らず店主らしい存在は見当たらない。


水槽の中を泳ぐ魚たちは色とりどりの姿をしており天女の衣のような尾鰭をひらひらと舞わせている。

どこからか連れてこられて見知らぬ土地の水の中で売られている彼らは何か思うことはあるのだろうか。

表情の変化のない魚たちを眺めていると背後で声がかかった。


「かわいいでしょう。花びらみたいで。部屋に置くと彩りが生まれるよ」


「寝に帰るだけだからいいよ」


振り返ると声の主は胡散臭いことこの上ない笑みを浮かべて暗がりから歩み寄ってきた。

色付きサングラスの奥で三日月のように瞳が細く弧を描く。


この店の店主であるリュウカイは青白い肌に鰭のような耳を持つ魚人だ。

魚人のくせに同じ海の仲間たちを売りさばいているこの男に以前それは魚人として許されることなのかと聞いたことがあるが、その時彼はカラカラと笑って私たちは魚を食べて生きているんだからそれくらい全く問題はないと言った。

それはそうと。


「最近、何か目新しい入荷はあったか」


魚に興味はないくせにそう尋ねるとリュウカイはふーん、と考える素振りをした。


「そうだね、今のところこれはということはないけど。遠くからあんまり良くない噂が流れてきてるかな。お呼びでないお魚ちゃんをこちらの池に放そうとしてるような。発生源まではわからないんだけど」


「わかった。上に報告しとく」


「上さんに言っといて。こっちの水は棲みやすいですって」


「了解」


リュウカイの裏の顔は情報屋だ。

因幡組の専属でありその見返りにこの町での永住権と営業許可を与えられている。

リュウカイはこの月光町と敵対関係にある街の出身だからだ。

故に月光町と因幡組には絶対の献身が条件となっている。


「じゃ本題に入りましょうか」


リュウカイがニコリと微笑む。


「本題は今聞いたけど」


またまたぁ、とリュウカイが口元を隠して笑う。


「あんたにとっちゃこっちが本題でしょ。アニキ、跳剣のジュウゾウの行方のことだけど」


「…何か分かったの」


平静を装うもやや食い気味に効いてしまう。


「いーや全然」


リュウカイは残念という素振りを大げさにしてみせる。


「あっそ」


いつものことながらそのたびに内心ひどく落胆していた。

だがそれは顔には出さない。

自分にだけわかる強さで携えた日本刀を握る指先に力を入れた。


店をあとにして再び暗い道を歩く。

じっとりとした夜の気配が体を濡らしていくようだった。







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