第九話 雷鳴

 千草は近寄ってくる羅刹を睨みつけ、愛する人を助けたい一心で強く祈った。その祈りに呼応して、彼女が動かずに溜め込んでいた神通力が一気に放出される。

彼女は両手を組んで祈りを捧げるように目を閉じ、その場に座り込んだ。


次の瞬間、上空に立ちこめていた暗雲から地上へ向けて強烈な青白い光が駆け抜け、轟音が鳴り響いた。


雷である。


そしてその雷が落ちた先は、羅刹ではなく夕だった。


落雷の後すぐに、尋常ならざる気配を背中に感じて羅刹の足が止まる。羅刹が振り返るとそこには先程蹴り飛ばしたはずの夕が立っていた。存在しないはずの左の角が青白く発光し、全身に稲妻を纏っている。先程までの傷も全て回復しているようだ。


三年前、川辺の家が襲われた時にも似たようなことがあったが、今回はその比ではない。修行を経て、千草と夕の力は大幅に上がっていた。


「おいおい、どうなってんだこいつは。」

羅刹が問いかける。


「これが本来の神通力の使い方だ。」

夕はそう言うやいなや、目にも止まらぬ速さで羅刹に金棒を叩き込む。

まともに受けてはまずいと、羅刹も背中に担いでいた金棒を手に取り受け止めた。


…はずだった。

気づけば羅刹は先程の夕のように桃の巨木へと叩きつけられていた。手元の金棒はお互いに砕け散っている。夕の一撃に武器の方が耐えられなかったのだ。


「何が、起こっている…。」

羅刹は唖然としていた。



時を同じくして、風鬼、雨鬼、千代婆が千草のもとへ到着した。

「やはりお前たちだったようじゃのぉ。」

千代婆が座り込む千草に声をかけるが、特に反応は無い。

「ほう。どうやらあそこで一緒に闘っておるようじゃ。」

視線の先には稲妻を纏う夕の姿があった。

風「これは、あの壁画の…。」

雨「アイツらやっぱすげぇぜ!」


少しすると、異変を察知してやってきた鬼達が、敵も味方も含め集まってきていた。味方の一本角族の生き残りや、朱鬼と蒼鬼も来ている。

朱「なんなのだこれは…。」

蒼「ケケケ、雷神様降臨ってか?」

元来、強き者に従って生きてきた二本角族の鬼達の視線は今、稲妻を纏う戦士に釘付けだった。



 夕は起き上がった羅刹が体勢を整える前に、まさしく稲妻のような速度で詰め寄った。そして今度は上空へと蹴りあげ、宙に浮いた羅刹に縦横無尽に拳を放つ。

一撃一撃が落雷に等しいような重さの打撃である。周囲には雷鳴が轟いた。



地に落ちた羅刹は血反吐を吐きながらも何とか立ち上がる。

「なん…だ、この力は……。」

「次で終わりだ。今まで殺してきた者たちの分まで、あの世で悔い改めろ。」

夕は、背中に担いでいた薙刀を手に取り、構えながら羅刹にそう言い放つ。


「我が、ゲホッ、間違っ、ていたと、いうのか…。」

「ああ。桃源郷の人間達とは手をとりあうべきだったんだ!」

「まだだ…まだ、死んで、なるものかァ!!!」

羅刹は最後の力を振り絞り、神通力で夕の動きを拘束した。

そして渾身の一撃を放つ。

不意に神通力を使われて、夕も対処が遅れた。


“しまった!動けない!今、奴の本気の一撃を貰うのはまずい!俺の中には千草もいるんだ!“




───ピタリ。

羅刹の攻撃が、夕に当たる寸前で止まった。


夕の両脇に、見覚えの無い二人が淡い光に包まれて現れ、羅刹に向けて手をかざしている。


夕の目からは勝手に涙が溢れ出し、心の中では千草の声がこだまする。


”お父さん、お母さん…ありがとう。”


その瞬間、夕の身体の拘束が解けた。


刹那、落雷の音と共に強烈な青白い光が放たれ、霹靂の如き一振りが繰り出される。


神速の斬撃を放つその技の名は、


────鳴神なるかみ夕絶ゆうだち


彼自身の名を冠するその技で、羅刹の胴体は真っ二つになっていた。


「「ウオォォォォォォ!!」」

一本角族の鬼達から喝采の声が上がった。


『私たちのために戦ってくれてありがとう。』

『これからも千草をお願いね。』

夕の両脇に立っていた二人はそう言い残すと、光となって空に消えていった。


それを見届けると、千草の意識は自分の身体へ戻り、夕も片角の状態へと戻った。

二人は涙を流して抱き合った。


降っていた雨は止んで、雲の切れ間からは美しい夕陽が差し込む。その暖かな光に照らされて、草木に残った雨の露と、二人の目尻に乗った雫がきらきらと輝いていた。



こうして鬼ヶ島での闘いは幕を閉じたのだった。

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