第五話 協力者


 数刻ほど歩くと、海辺近くの山にたどり着いた。その山の奥には大きな滝が流れていた。滝壺の裏側へと歩みを進めていくと、洞窟の入り口が見えてきた。中に入ってみると、そこには二人の想像した以上に広々とした空間が広がっていた。


 出迎えたのは、額の真ん中から角が一本生えた鬼達だった。一本角族である。かなりの数がこの広場に集まっている。夕は反射的に千草を庇う形で身構える。しかし一本角の鬼達は喜んで歓迎してくれた。

「よくぞ彼らを連れてもどった!」

千代婆も一本角族の長老らしき鬼と固い握手を交わしている。

「あー!びっくりした!それならそうと伝えてくれればいいのに!」

千草が驚きと安堵の混じった声を上げる。千代婆も人が悪いもので、驚く孫を見てニヤついている。


千代婆曰く彼ら一本角族が協力者とのことだった。散り散りになっていた一本角族をこの地に集め、機を待っていたという。



 広場の奥の壁には古びた大きな壁画が残っていた。そこには一人の人間と、二本角の鬼が手を繋いでいる様子が描かれていた。よく見ると人間の方の胸元には桃の首飾りが描かれている。そして鬼の方は角二本のうち片方が光っているようにも見えた。


一本角族の長老が話し始める。

「我々一本角族は、この壁画に描かれている二人に仕えていたという伝承があるのじゃ。」


長老は壁画について語ってくれた。壁画の鬼の名は温羅ウラというらしい。

昔、吉備国を一つにまとめあげた鬼の名だ。

彼は二本角族だが夕と同じ片角だったという。

そして手を繋いで隣に立つのはミトセという人間だったそうだ。


「彼らはふたつでひとつ。ミトセ様が神通力で力を貸し与え、温羅様は凄まじい力を奮ったと伝えられておる。温羅様は紛れもなくじゃったが、どうやらとも呼べる存在でもあったようで、神通力を持つ人間達からも好かれていたそうじゃ。今でも人間界でなどという、鬼と神とを同一視するような言葉が使われておるのは、温羅様の影響が大きいのじゃろうな。」


 事実、夕は温羅と同じように少なからず神性を帯びていた。三年前のあの時、その神性のおかげで結界には阻まれなかったものの、同時に鬼という邪な存在でもあったために、結界に穴をあけるという現象が起きていたのだ。


長老が話を続ける。

「我々の一族は片角だった温羅様を幼い頃から支え、温羅様の右腕として長らく仕えておったそうじゃ。しかし我々を妬んでいた二本角族は、温羅様がお亡くなりになってから、彼が二本角族であったことを理由に我々一本角族を劣等種だとして迫害してきたのじゃ。そうして奴らは温羅様が片角だったことを隠蔽し、二本角こそが至高であるという考えを広めていったわけじゃ。」

そういうわけで、一本角属は今現在も隠れ住むような生活を強いられているとのことだった。



千草と夕は壁画を見て直感的に理解した。自分たちの持つ力とその使い方を。



少しして、今度は千代婆が口を開く。

「この壁画のミトセという人物は、水戸瀬千草ミトセ・チハヤ。わしらのご先祖様じゃ。そういうわけで此度は一本角と協力関係にあるわけじゃな。」

うむ。と長老も頷く。

千代婆が続ける。

「はじめは一本角の連中に匿ってもらうだけでも良いと思っておった。じゃが数年前、おぬしが現れた。片角の鬼神の先祖返りである、おぬしがの。」

千代婆が力強い眼差しを夕に向ける。

「どうか桃源郷を取り戻してはくれぬか…この通りだ。」

千代婆は深々と頭を下げる。

続いて一本角族の長老も話し出す。

「我々も隠れ住むのはもううんざりじゃ。二本角の総大将、羅刹を討つために、共に闘ってはくれぬか。」

千代婆と同様に深く頭を下げるのだった。


少しの沈黙の後、夕が口を開いた。

「千草が良いなら、行こう。」

真剣な面持ちで二人は顔を見合わせ、今度は決心したように千草が口を開く。

「私は……故郷を取り戻したい。」

「じゃあ、決まりだな。」

夕が頷く。


「ありがとう。」

震えた声でそう言いながら千代婆がさらに深く頭を下げた。


「皆の者!夕殿と千草殿は我々と共に闘うと申された!ひいては総大将羅刹を討つと!!!今こそ立ち上がる時じゃ!!」

長老の声が洞窟の広場にこだまする。


「「ウオォォォォォォォォォォォ!!!」」

一本角族の鬼達が各々に拳や武器を掲げ、雄叫びをあげた。

彼らの士気は最高潮に達していた。


その日の晩は夕と千草の歓迎も兼ねて洞窟の中で山の幸や海の幸を振る舞う宴となった。酒の席で千代婆が口を開く。


「これから大勝負になるのぉ。とはいえお前たちはまだ力に目覚めたばかりじゃ。明日から数日間はわしらが稽古をつけてやろう。」

「はい。よろしくお願いします。」

「うん。よろしくね。おばあちゃん。」

二人が返事をする。

「しっかしお前たち子供までおったとは驚きじゃのぉ。桃源郷で千草が生まれた時のことを思い出すわい。」

懐かしそうな表情をして、思い出したように続ける。

「そういえば桃源郷には、生まれた子を桃の籠に入れて成長を祈る習わしがあったのぉ。まぁ、籠と加護の言葉遊びじゃがな。どれ、見ておれ。」


そう言って、そばに置いてあった竹槍に千代婆が触ると、彼女の神通力だろうか、竹が細かく裂け宙を舞う。あれよあれよという間に桃の形を模した籠がひとりでに編み上がった。


「おーよしよし。」

そのまま千草の腕から太郎を抱き上げ、籠で寝かしつける。やけに手際がいい。千草は、自分もこうして育てられてきたのだろうと微笑ましくその光景を眺めるのだった。



 さて、翌日からは洞窟の広間で激しい稽古が続いた。夕は一本角族の中でも猛者である風鬼フウキ雨鬼ウキ兄弟と稽古していた。


雨「へっ、お前なかなかやるじゃねぇか!なぁ兄貴!」

風「まぁ、俺たち程じゃないがな!弟よ!」

金棒を撃ち合う鈍い金属音が鳴り響く。


“くっ、この2人かなり強い。川辺で戦ったあの二本角族の頭領なんかの比じゃない。だが俺も強くならなくては。“


 一方そのころ千草は千代婆に教えられ神通力の使い方を学んでいた。治癒の術、千里眼の術、念動力の術、その他様々な神通力の術を、一人でも闘えるようにと叩き込まれた。千代婆の凄さを改めて思い知らされる。


“おばあちゃんは凄い。出力も練度も桁違いだ。きっとお父さんもお母さんも凄かったんだろうな。私も、もっと強くならなきゃ…。“



 二人の稽古は七日間続いた。二人とも戦に出ても申し分ない程に成長した。そして今日は一日身体を休めて、明日はいよいよ決行の日だ。


決行前夜。横になりながら千草が夕に語りかける。

「夕、私のわがままに付き合わせちゃってごめんね。」

背を向けたまま、夕が返す。

「気にするな。これは俺達鬼側の問題でもある…。それに…。」

「それに?」

「千草のわがままは今に始まったことじゃないだろ。」

「ふふっ、言うようになったわね。」

二人は笑いあい、そのまま目を閉じて眠りについた。

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