第四話 桃源郷

「まぁまぁ、落ち着きなさい千草。」


聞きなじみのある落ち着いた声に千草は驚いた。


「おばあ…ちゃん?」

紛れもない。千代婆である。

「説明は後だ。急いで治療するよ。」


千代婆が夕に手をかざすと優しい光が彼を包み込む。少しづつだが傷が癒えていく。浅かった呼吸も落ち着いてきている。どうやら助かったようだ。夕の意識がもどり、皆で家に戻ると千代婆が口を開いた。

「まずはすまなかったねぇ千草。千里眼で様子を伺ってはいたが、間に合って良かったよ。」

「千里眼?…ていうかそうだよ!おばあちゃん!どこいってたの?」

「そうさねぇ、どう説明したものか、まずはお前の生い立ちからきちんと話さねばならないねぇ。」


そうして千代婆はぽつりぽつりと話し始めた。



桃源郷。

そう呼ばれる島に仙人達が暮らしていたそうだ。彼らは皆、神通力を宿しており、不思議な力を使えたのだという。その一族のなかでもひときわ力を持ったものが二人いた。


水戸瀬千六ミトセ・チリクと、水戸瀬千鶴ミトセ・チヅル

それが千草の父と母だった。


 ある時、その桃源郷に二本角の総大将だという大鬼が大群を引連れて攻め入ってきた。大鬼の名は羅刹ラセツ。羅刹は桃の結界を破るために本土の人間達まで奴隷にして引き連れていた。人間は魔除けに阻まれることは無い。島の中心にそびえ立つ神聖な桃の巨木を人間達に燃やさせて結界を破ったのだった。


 鬼たちは、神通力を持つものを喰らうことで力が増すのだと言って、桃源郷の人間達を手当り次第に襲った。そして千六と千鶴も強い神通力を持っていたため、羅刹に命を狙われるのだった。


千鶴は、まだ赤子だった千草に先祖代々伝わる桃の首飾りを託し、千代婆に頼んで島の外へ逃がした。千代婆は当時、最強と名高い神通力使いだったが、島に残ることを千六と千鶴は許さなかった。


万が一のことがあれば鬼に最強の力が渡ってしまうということと、我が子を守る人が最強であるならば安心して任せられるということからだった。


二人は我が子が逃げる時間を稼ぐために最後まで戦った。しかし鬼の力は圧倒的なものだった。神通力を持つものが食われればそれだけ鬼達の力は強大になっていった。


桃源郷は一夜にして陥落したのだった。



「お前には真実を隠しておったが、それはお前の身を守るためじゃった。出自を知れば桃源郷を取り返すなどと言い出しかねないからのぉ。」

千代婆が話を続ける。

「お前はあの時まだ赤子で、神通力がそこまで強くなかった。鬼達に居場所が割れる前にこの桃の木の結界の中にひとまず隠しておったわけじゃ。このあたりの桃はわしが若い頃に植えた桃源郷の桃じゃ。そしてお前が一人で生活できるまで成長するのを待って、わしは協力者を探す旅に出た。黙っていて本当にすまなかった。」


千草が大粒の涙をこぼす。

「そう…だったのね。」

夕は涙を流す千草をそっと抱き寄せた。

「千代さん、その協力者というのは?」

「それはちとお前さんの出自にも関係してくる話じゃのぉ。」

千代婆は真っ直ぐに夕を見つめた。

「まずは場所を変えるとしよう。ここはもう二本角の奴らに見つかってしまっておる。ついといで。」

千代婆はその協力者がいる場所へ向かうと二人へ告げた。

「安心せい、小さな結界ぐらいわしでも張れるからの。」

そう言って千代婆は三人の周りに常に小さな結界を張って移動した。千草と夕は太郎を交互に抱えながら歩いた。


太郎を抱えての移動はたいへんだったが、愛しい我が子と過ごす時間は二人にとってかけがえのないものだった。

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