第12話 魔王の領地

 辺境領はしばらくしてから売りに出されたが、大森林の隣接地とあって農作物の収穫も期待できない土地柄から元々評価額は低かった上、近隣諸国も震災の影響で大なり小なり復興優先という状態で、なかなか買い手がつかないまま値段が下がった。

 魔王様さまの計算通り、裕福な個人でも買える範囲まで下落した段階で、冥王さまからの口添えもあり、意外な安値で落札することができた。


 資金は魔王さまがすべて用立てた。

「私の退職金では少し足が出たのだが、妻が個人の貯蓄をまわしてくれた」

 私は申し訳ない気持ちになり、自分も少しなら出せますが、と申し出たが、魔王さまは笑って退けた。

「気持ちはうれしいが、今のところは結構だ。それよりも君にはこの所領が秘めている可能性の掘り起こしをお願いしたい」

 秘めている可能性とは何だろう? 私に何ができるのか?

「さしあたっては森林を開拓して農地を増やしたり、稀少鉱物の発見などで特産物を生み出すことかな。ともあれ、まずは私と君が執務に当たる拠点を設けなくてはならないが」


 魔王さまと私は探しまわり、辺境領の中央村落に格安で借りた集合住宅の一室にオフィスを設けた。

 家具や棚は中古品を揃え、できるだけ費用をかけないようにした。

 来客があった時に座ってもらう椅子がないので、知り合いから無料で譲ってもらったおんぼろのソファに白布をかけてごまかした。

 様子を見に来た知り合いからは、まるでままごとのようだ、威厳もへったくれもないと揶揄されたが、魔王さまはまったく気にしなかった。


 問題の元凶だった高額の税率はもちろん撤回し、元の水準に戻した。

 エセルの働きかけもあり、反対派の人々は振り上げた拳を下ろしてくれた。

 質素きわまりない私たちのオフィスが領民のうわさにのぼり、欲深くない清廉な新領主との印象が醸成された。


 毎日、二人で領地の見回りに歩く。

 魔王さまは冥王庁にいた時と変わらず、行く先々で領民の話をじっくり聞き、的確な対処を私に指示する。

 冥王庁の職員と違ってこの所領で発生する問題すべてが対象なので、畑を荒らす害獣対策から農繁期のお手伝い、森の開拓、いさかいの仲裁と実にやることが多い。


 頼まれるのは面倒なことが多かったが、魔王さまも私も仕事を楽しんでいた。

 書類仕事と違って、領民の生の反応がはねかえってくるのがやりがいとなった。

 領民の皆さんも、これまでの領主と違って貴族めいた態度をとらない魔王さまに親しみを感じたようで、鮮やかな魔法の腕前を尊敬して自然に「魔王さま」と呼ぶようになった。

 私たちは辺境領の領主一党として、この地の人々に受け入れられたようだった。


 ある朝、少し遠い村に向けて原っぱの道を連れ立って歩いていた時、魔王さまがふとつぶやいた。

「私はこの辺境領に来て良かった。本当によい所だ。心からそう思う」

 私は深く頷いた。

「ええ、同感です。私もそう思います」

 

 朝もやの残る野辺の道には少し風が出ていたが、質素ながら分量のある朝食を詰め込んだ体は温かく、清らかな大気が甘く感じられた。


 常に冷静な魔王さまにしては珍しく、おどけたしぐさでマントを翻して低く叫んだ。

「よし、魔王領のはじまりだ!」

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