第10話 魔王の決断

 エセルの話によると、魔王さまとエセルは喧嘩別れをしたのではない。


 離婚に至る詳細は語らなかったが、それなりに深刻な行き違いがあったらしい。もうお互い顔も見たくないという状態になりかけたのだが、泥沼に陥る直前、魔王さまが「理外の理」を働かせてエセルに選択を任せることで穏便に別れたのだという。


「あの人には不思議な論理を見出す力があってね。若い頃から“理外の理”という言葉は時々言っていたわ。それで、いまだに何がどうなっているのか、私にはわからないけど、そう言っている時は物事が理屈抜きに収まるところに収まって、不思議に穏やかな決着に至るの」

 たぶん、今回の一件も「理外の理」で考えていると思うわ、とエセルは言って、お茶を飲んだ。

 しばらくして、私はエセルの家を辞去した。


 その足でブリゾルテ村を離れ、一昼夜の旅を経て冥王庁に帰ると、魔王さまに首尾を報告した。

 エセルとのやりとりを聞いた魔王さまは、笑い声を上げた。

「彼女少しもは変わらないな。よし、ご苦労だった。今日はもう帰って旅の疲れを癒してくれ」

 私は立ち去り際にふと思いついて、「今回も“理外の理”ですか?」と魔王さまに訊ねた。

 魔王さまは機嫌よく頷いた。

「たぶん、そうだ。“理外の理”で収めることになるだろう」


 数日後、私を連れて行きつけの飲み屋でエセルと顔を合わせた魔王さまは、辺境領の現状について認識合わせを行った後、ポイントとなる点を訊ねた。


「反対派が蜂起する場合、領地の売却先が決まるまで抑えておけるかい? 先行して暴走する恐れはないか?」

 エセルは真顔できっぱりと言った。

「大丈夫、私たちは結束が堅い。何なら、あなたが動いてくれていることを伝えてでも抑えるわ」

 魔王さまは苦笑した。

「今の段階では何も確約できないのだが、私が収拾に動いていることは伝えてくれてもいい。何としても早まらないようにしてくれ」


 エセルが帰ると、魔王さまは私に向き直った。

「ひとつ聞かせて欲しい。もし私が冥王庁を辞めたら、君はどうする? 私がついてきて欲しいと言ったら、行動をともにするかね?」


 私は目をつむり、この10年間の日々を思い返した。

 結論は一つだった。


「私はあなたについて行きます。どこへ行こうと私はあなたの部下です」

 魔王さまはいたわるような目で微笑んだ。

「ありがとう。君のおかげで私はたった今、決断に至った」

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