第9話 魔王の前妻
辺境領に来て3日が経った。
領地内を移動しながら一介の旅人として身もとを隠して飲み屋などで領民に話を聞いたが、現状は代官の言葉通りだった。誰もが税率の急な引き上げ予告に怒っており、同時に未来がいきなり閉ざされた絶望感を抱えているようだった。
そして、今、エセルという女性が村長を務めるブリゾルテ村に到着したところだ。
さすがにトップが女性の村というべきか、村の景観は非常に美しく整備されており、清掃も行き届いている。
何気なくしつらえられた花壇などにも、洒落たセンスが感じられた。
宿屋に荷物を置き、体を清めて服装を整えてから、エセルの自宅へ向かった。
この村には村役場などないし、これといったツテもないので、直接自宅を訪ねることにしたのだ。
ドアをノックすると返事があり、扉が開いた。
「えっと、どちらさま…いえ、わかったわ。あなたは冥王庁の職員でしょ。しかも、私の元夫の部下の方じゃない?」
中年の農婦のような格好をしているが、大変な美形の上、目が澄んでいてものすごく賢そうだ。ノーヒントで身許を察知され、少し慌てた。
そのまま屋内に通されて、お茶を振る舞われる。
自分が言い当てられた通りの人間であることを告げ、訪問の主旨を語るとエセルは微笑んだ。
「今回の一件で、そろそろあの人が使いをよこすような気がしていたのよ。少なくとも私の知っているあの人は、こういう事態を放っておく人間じゃないもの」
さすがに魔王さまと一時は夫婦だった女性だけあって、頭の回転が非常に速い。
私のつたない説明からもすぐに要点を読み取って、あっという間に結論に達した。
1週間後、魔王さま行きつけの飲み屋で会うことになった。
「それで、あなたは彼の腹心というわけね。どういういきさつで彼の部下になったの?」
私は問われるままに、生活魔法が好きなところを見込まれて部下にしてもらったこと、さまざまな仕事をともにするうちに腹心として重用され、ついには副官まで昇進したことなどを正直に語った。
エセルは微笑みながら聞いていたが、話し終えると訊いてきた。
「ねえ、ひょっとしてあの人から“理外の理”という言葉を聞いたことはない? たとえば、誰かの離婚に関する場面とかで」
そういえば、そんなことが何度かあった。
理屈に合っていないのに、なぜか適切かつ穏便な結末に至る不思議な推論。魔王さまだけが持つ独特の明察-。
ありました、と答えると、エセルはいたずらっぽく笑った。
「私と離婚したのも、あの人の“理外の理”によるものなのよ」
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