第8話 魔王の指示

 葬祭事業者の統合再編で味をしめた冥王さまの長男は、次に各地に点在する自領の経営に手をつけた。

 やり口は前回よりもさらに横暴で、領民に税のつり上げを提示し、従わぬ場合は自領を近隣国に売り払うというものだった。


 本国の冥界からの税収があり、祭祀等の事業でも収益があるだけに、現世の冥王領は所得税の税率が他国よりも低く設定されていた。

 この方針は当代だけでなく、歴代の冥王が変えることなく続けてきた、いわば国としての基本方針だった。

 ところが、提示された新税率は、領民の所得の半分を上回る高額であり、各領の領民の反発は激しいものとなった。

 各領の代官が領民との交渉に苦戦しているとのうわさが私の耳にも入ってきた。


 そんな折り、北の大森林のそばに開かれた辺境領の代官がお忍びで魔王さまに会いに来た。

 彼は魔王さまの古くからの友人だった。


 私を伴って旧友とのささやかな宴席にのぞんだ魔王さまは、静かに酒を飲みながら辺境領の動静に聞き入った。

 すでに領民との話し合いは決裂しており、近隣国への売却が水面下で進んでいる段階であり、代官自身も身の危険を感じて家族を冥界本国に避難させたそうだ。

 ひと通り話を聞いた後、魔王さまは落ち着いた口調で問いかけた。

「売却は避けられないとして、領民はどう動くだろうか?」

 代官は厳しい顔で答えた。

「近隣諸国は軒並み圧政を行っているから、領地の売却が決まり次第、身を寄せる当てがある者から出て行くでしょうね。残った領民のうち、高額の税金を払える者はともかく、払えない者は反抗勢力となる可能性が高い。すでにその兆しは現れています。いずれにせよ、予断を許しません」

 魔王はさらに問うた。

「反抗勢力の兆しが現れているというと、領民の誰かが先導しているのか?」

 代官は頷いた。

「女性村長であるエセルという者が反対派を束ねています。どうやら人望のある女のようで、結束が堅い様子です」

 渋い顔で腕を組み、しばし沈思黙考した上で言葉を返した。

「すまないが、今の私にできる約束はない。ただ、何とか落としどころを探ってみるから、売却話の経緯と最終的な落札額の見通しをつかんだら教えて欲しい」


 宴席を終えて旧友と別れてから、魔王さまは私に指示を出した。

「口実は私のほうで用意しておくので、明日にでも辺境領へ向かってくれ。現状が代官の言った通りなのか視察して、可能であれば反対派を束ねるエセルという女性と会って、私と会ってくれるよう段取って欲しい」

 魔王さまの口調に少し照れを感じた私は問いかけた。

「もしや、エセルという女性はお知り合いですか?」

 魔王さまは微笑んだ。

「前妻だ…別れた妻だよ」

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