第7話 魔王と冥王

 冥王庁のトップである冥王さまは、世襲である。

 当代の冥王さまは15代目であり、若い頃は魔導師長として現在の魔王さまと同じ職務を務めていたそうだ。

 今は温厚きわまりない老人であり、魔王さまをはじめとする冥王庁職員に支えられながら、冥界の王者として現世でも死にまつわる祭祀や墓所、遺跡などの管理を取り仕切っている。

 飛び地ではあるが、いくつか現世に自領もあり、領主としての実務も担っている。

 その手腕は決して派手なものではないが、常に堅実で穏健である。


 そんな冥王さまが、たとえ勤務態度に問題があろうとも、魔王さまに寄せる信頼はことのほか篤い。

 何といっても魔法使いとしての技量がきわめて優れている上、冥王庁の職員一同からも頼りにされているからだ。

 世襲が義務づけられている冥王の後継者に魔王さまが選ばれることはまずないが、そうした面に色気を出すことがないという意味でも気に入られているようだった。


 だが、高齢の冥王さまが病を得て自邸にこもりがちとなり、名代として冥王さまの長男がやって来てから風向きがおかしくなった。

 彼は父親の才能を引き継がなかったようで、魔法使いとしては三流もいいところだったが、代わりに利殖に長けていた。

 人間誰しも承認欲求というものがあり、彼が自信のある分野で力を発揮しようとしたのは理解できる。

 しかし、そのやり口は短兵急で、禍根を残す恐れがあるものだった。


 冥王さまの長男がまず手をつけたのは、葬祭事業者の統合と再編だった。

 対象地域の各事業者に出資して経営権を得た上で統合。適正な人口ごとに事業所を絞り、不要な人員は解雇した。

 さらに葬祭料金を高値で一律化し、利益幅を押し上げた。

 いわば増収と人件費削減を一度に進めるような施策であり、確かに利殖の観点からは優れたやり方だったが、当然ながら解雇された人員は路頭に迷い、利用客からは不評が相次いだ。

 だが、経営統合してしまったため、少なくとも対象地域内に競合事業者が存在しないことから、嫌でも客は利用するしかない。事実上の寡占状態である。

 冥王庁内でもさすがにいさめる声が上がったが、冥王さまの長男は意に介さずこう言い放った。

「君たちは葬祭を公共の事業とでも勘違いしているのではないかね。誰にも痛い思いをさせずに金が稼げるとでも思っているのか? 商売とはこういうものだ。何ら恥じる必要はない」

 冥王さまがいないのをいいことに、やりたい放題だった。


 事実上のナンバー2である魔王さまにも事態の注進に及ぶ者が少なからずいたが、魔王さまは無関心を装っていた。

 表向きは冥王さまの息子を立てた形だ。

 だが、すでに入庁から10年近くなり、正式な副官に昇進していた私には密かにこう言った。

「さして必要のない利益を追求して世間の恨みを買うのは、バカのすることだ。まあ、今は静観していよう。いずれ破綻するのは間違いない」


 魔王さまに命じられ、葬祭事業者を解雇されて路頭に迷った人員の転職斡旋や一時金の用立てに動いていた私は、その言葉に深く頷いた。

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