第6話 魔王は父に
私が入庁して、しばらくしてから魔王さまは結婚した。
お相手の私の先輩職員で、カラリとした気質ながら恐ろしく気の強い女性だった。
同じ職場だから魔王さまの遅刻癖もよく知っていて、時折、超重役出勤してきた魔王さまをこっぴどく叱る。
トップの冥王さまの前でも堂々としている魔王さまだが、彼女の前では少しうろたえた表情を浮かべるのが見ていておかしかった。
何でも魔王さまは以前に一度結婚していて、十歳以上も若いのにバツイチの自分に初婚で嫁いでくれた彼女に恩義を感じている節があった。
もちろん二人とも職場では夫婦めいた態度は見せないが、夫婦仲は良かったようで、結婚から数年後、彼女は第一子を身ごもった。
臨月が近づいた頃、彼女は流産しかけ、産院に担ぎ込まれた。
幸いにして流産は避けることができたが、体調が安定しないことから、そのまま長期入院となった。
魔王さまは容体の経過を説明してくれたが、別段慌てた様子も見せず、勤務態度もそれまでと変わることがなかった。
むしろ職場の皆のほうが心配して、御利益があるとされる安産の護符や妊婦の体力維持に効果がある薬草などを贈った。
魔王さまは穏やかに微笑み、礼を言って受け取った。
臨月が近づいた頃、某王家の墓所に棲みついた魔獣の討伐依頼が寄せられた。
罰当たりなことに、墓を壊して遺体を引きずり出し、喰らおうとしているという。
かなりの危険が予想される案件であり、冥王さまから正担当者に魔王さま、アシスタントとして私が指名された。
失敗できない案件だけに、冥王庁のエースである魔王さまが投入されることになったわけである。
魔王さまと私は現場に急行し、日の暮れた墓所をうろつく魔獣の姿を目の当たりにした。
歳を経て魔物化したハイエナとおぼしき巨大な個体で、鋭い牙の生えた口から黒い霧を吐きながら、ギラギラとした緑色の眼をこちらに向ける。
思ったよりもはるかに危険度が高そうだ。
「これは…出直して、人数を整えますか?」
魔王さまは顔を左右に振った。
「悪いが、用事ができた。さっさと片づけたい」
こんな時間から用事? あのクラスの魔獣をさっさと片づける?
いぶかしげな私の顔を見ようともせず、魔王さまは魔獣に目を据えたまま前に踏み出した。
まさに圧巻だった。
魔王さまの操る攻撃魔法はおそらく通常の軍隊一個大隊レベルを超える破壊力で、風と火の最高難易度の技が信じられないほどの速さで次々に発動していく。
魔獣の巨体がものの数分でバラバラに分断され、灰となって消えていった。
もちろんそれまでにも何度も討伐の現場をともにしたことはあったが、魔王さまが真の実力を開陳することはなかった。
これが魔王さまの本気か-。
生活魔法のほうが好きな魔王さまだが、当然のことながら攻撃魔法だって当代きっての使い手なのだった。
「それでは、すまないが、王家の衛兵詰め所に寄って、討伐完了の報告をしておいてくれ。私はこのまま産院に向かう」
産院? ということは-。
「ああ、先ほど通信腕輪に連絡が入った。予定日より早く生まれたそうだ。母子ともに無事だ」
そうか、だから討伐を急いだのか。
「それは…心よりおめでとうございます。男の子ですか?」
それまで落ち着きはらっていた魔王さまが珍しく相好を崩した。どうやら喜びが抑えられないらしい。
「女の子だそうだ」
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