第5話 魔王の指導

 自身の勤務態度はいい加減だが、魔王さまは仕事に厳しかった。

 魔法の仕上がりが悪いと、やり直しを命じられる。

 一度、遺跡の修復を請け負った時などは、ダメ出しされ続けた挙げ句、時間魔法で作業着手以前まで遺跡の状態を巻き戻された。

 巻き戻され過ぎて、改めて遺跡に古色を着ける作業まで追加になったのは心底まいった。


 だが、魔王さまの指摘は的確で、勉強になることも多かった。

 冥王庁入庁前の地元領主の家では、魔法の技術は見て盗めと言われ、あわせて果てしない繰り返しで叩き込まれる訓練法が主体だったが、魔王さまはそうしたやり方を嫌った。

「確かに繰り返しの連続は、初級の魔法使いにとってはフォームを造る上で無意味ではない。だが、ある程度のレベルになれば、勘どころを見据えて重点的に鍛えたほうが効率的だ。君の場合、すでに必要な魔法を生み出す回路が出来上がっている。盲目的に努力を積むのではなく、クレバーに工夫を凝らすべきだ」

 魔王さまのアドバイスに従って工夫を凝らしていくと、今まで使えなかった魔法が使えたり、すでにものにしていた魔法も格段に効果を高めることができた。


 一度だけ、魔王さまの指示に腹を立てたことがある。

 その日、私は締切りの迫った細工物を組み上げていたのだが、思い返すと時間に追われて、つい自分の使い勝手の良い魔法を選んでしまったのだと思う。

 すでに夜中になっていたが、出来上がった細工物を見て魔王さまはボツを出し、違う魔法を使ってやり直すよう指示をしてから、自分はさっさと帰宅してしまった。

 私は何ともやりきれない気持ちで椅子に沈み込んだ。

 実は翌日は朝から出張の予定が入っていたのだ。つまり、このまま徹夜して作業をしなければならない。

 出張の予定は魔王さまも知っているはずで、この仕打ちはあまりにひどいと強い怒りの感情を抱いた。


 しかし、だからといって仕事を放棄するわけにはいかない。

 私は仕方なく作業をやり直した。

 結論から言うと、魔王様の指示はやはり的確で、言われた魔法は私の得意なものではなかったが、作業ははかどり、夜明け前に細工物は出来上がった。

 仕上がった細工物を魔王さまのデスクに置き、仮眠をとってから出張に出かけた。


 出張先での用事を済まし、正午前に魔王さまに遠話で連絡をとった。

「私です。今、用事が終わりました。…あの、細工物の出来はいかがだったでしょうか」

「ああ、上出来だったよ。ご苦労だった。クライアントに届けてもらう手配は済ませたから、今日は庁舎に戻らなくていい。帰って休みなさい」

 魔王さまは朗らかに言って遠話を切った。

 私は安堵のため息を吐いて、家路についたのだった。

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