第4話 魔王は偏食家

 僧家に生まれたせいか、魔王さまは食べ物の好き嫌いが激しかった。

 どんな時も口にしないのが、いわゆるナマモノの類だ。なかなか味わえない珍味だと勧められても、絶対に食べようとしなかった。

 衛生面も気がかりだったのだろうが、そもそも口当たりが嫌いのようだった。


 肉類や穀物は普通に食べるが、鶏肉は敬遠していた。チキンステーキから鳥鍋、焼き鳥の類まで手を出そうとしない。

 ただし、帝都の某鳥屋のフライドチキンだけは別だ。

「これは鶏肉であって鶏肉ではない」とわけのわからぬことを言いながら、時折、美味しそうに頬張っていた。


 好物と言えば、フルーツ全般だろう。リンゴやミカン、スイカなど、果物はすべて好きだった。果汁を氷魔法で凍らせた氷菓なども目がなかった。


 ひと言でいえば、子どもが好むような食べ物が好みなのだ。

 それも庶民的な味わいが好きで、どちらかと言えば少食だった。


 それから魔王さまの日常に欠かせぬ嗜好品と言えば、タバコとコーヒーだ。

 タバコは帝国で造られている紙巻きの軽い銘柄を好んでたしなんでいた。

 ヘビースモーカーというほどではないが、節目ごとに取り出してうまそうに紫煙を吐く。

 そして、お供は必ずホットのブラックコーヒー。

 盛夏であっても、アイスコーヒーなどには目もくれず、常に熱くて芳醇なホットコーヒーをすすっていた。


 夜になると誰かをともなって飲み屋へ行く。

 酒はひと通り飲むが、酔いつぶれるような飲み方はしない。

 独り酒や晩酌もしない。

 人と語らいながら上質な酒をゆっくり飲むのが魔王さまの流儀だった。


 ある時、懇意にしている地方貴族の宴に招かれたことがあり、魔王さまのカバン持ちとして私も随行したことがある。

 指定された店の前に立って、私は絶句した。

 なぜならば、馬肉料理の専門店だったからだ。

 これは魔王さまにはキツいだろうと顔をうかがうと

「まあ、食べられるものくらい何かあるだろう」と魔王さまは動揺を見せず、店の扉を開いて宴席に入って行った。

 ところが、運ばれて来た料理は見事に生肉だらけ。馬のさまざまな部位の刺身が卓上狭しと並んだ。

 当然ながら魔王さまは手を出さない。酒杯とタバコを手に、全品見事にスルーしていく。

 となると、二人分の料理を平らげるのは私の務めとなる。

 別段、生肉に抵抗感はなかったが、さすがに宴の終わりには胃がもたれてつらかった。


 弱ったのは、帰路だった。

 馬肉を大量に食べたのがわかるのか、私が近づくと馬車の馬が騒ぐのだ。

 結局、私は独り馬車から降ろされ、ふくれた腹を抱えながら夜道をとぼとぼ歩いて帰った。

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