第3話 魔王の履歴書

 つきあいが深まるほどに、魔王さまの特異な経歴を知るようになった。


 まず、出身が僧家ということ。

 何と僧侶の息子で、一時は僧籍もあったという。

 普通ならば親の跡目を継いで僧侶か司祭になるか、アークプリーストになって冒険者パーティーの非戦闘職を務めるものだが、なぜ魔導師の道に足を踏み入れたのか。


 きっかけは、学生時代にあるという。

 当時は先々代の皇帝が悪政を敷いており、腐敗した体制に義憤を抱いた若者たちが政治運動に乗り出し、悪辣な貴族宅を集団で襲撃するなどの騒動が絶えなかった。

 帝国の国立高等学園の学生だった魔王さまもある党派に属し、熱心に活動していたらしい。

 いわゆる過激派というやつだ。

 さすがにテロのような非合法活動には手を染めなかったが、デモ行進の末の騎士団との乱闘くらいはしょっちゅうだったそうだ。

 小さなグループのリーダー格として、王城付きの騎士団からもマークされており、寄宿先を張り込まれて帰れないこともあったという。


 大規模闘争時の一斉検挙で逮捕され、何度か入獄したこともあったそうだ。

「同じグループの構成員同士だと牢獄の中で悪企みをする恐れがあるからということで、東西南北の騎士団根拠地に拘置先を分けるんだよ。騎士団ごとに待遇も違ってね。北の騎士団では拷問されるけど食事がいいとか、東部方面軍なら紳士的な尋問ながら寝床がひどいとかね。入っている間はつらいのだが、若くてあまりこたえなかったし、いろいろ知って面白くもあったな」

 魔王さまは往時を振り返って、屈託なく笑った。


 地方の僧侶の子ながら、帝都の国立高等学園に入学を許され、寄宿までしていたということは、おそらく相当に優秀な少年だったのだろう。

 時代が違えば官僚の道に進んでいたはずだ。

 しかし、魔王さまが歩んだのは、学業半ばにしての放校への道だった。


 学園を追放されてからは、田舎へ行っていくつか職を転々としたそうだ。

「飲み屋の用心棒とか料理屋の下働きとか、いわゆる底辺の仕事さ。でも、みんな貧乏だったが、親切な人が多くて楽しかったよ。そのうち友人の紹介で、魔道具屋の職人見習いになってね。工房での付与魔法係から魔導師の道に足を踏み入れた。学園で基礎は学んでいたし、幸い向いていたのだろうね。3年ほどで特級魔導師になれた」

 魔王さまは何でもないように語るが、魔導師としての成長の速さは規格外といえる。わずか3年で特級魔法使いまで登り詰めたなどという話は聞いたことがない。まさしく天才だ。

 その風評を聞きつけた冥王さまにスカウトされ、冥王庁入りを果たしたのだという。


 それほどの才を見せながらも、魔王さまには魔法へのこだわりはあまりないと言った。

「だって、仕事であり、我々は専門家だからね。普通以上に魔法が使えるのは当たり前のことだ。職業のスタート地点でしかない。魔導師でありながら、特定の魔法の腕を誇るような輩はバカだよ」

 だが、私にだって好きな魔法くらいはある、と魔王さまは語る。

「衣類や全身の汚れを取る洗浄術とか、細かい細工を仕上げる造形術とかね。いわゆる生活魔法の類だ。家族や友人に喜んでもらえるような、ささやかだけど有用な魔法が好きなんだよ」


 採用試験で好きな魔法を訊かれて、私が「生活魔法」と答えた時、魔王さまが微笑んだ理由がようやくわかった。

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