第2話 魔王の仕事ぶり
かくして無事に冥王庁に入庁し、魔王さまの直属の部下に加えられたが、最初に驚かされたのが、魔王さまの勤務態度の悪さだ。
とにかく朝が遅い。上司である冥王閣下がとっくに来ているのに、いつまでたっても来ない。
前夜に宴席などがあれば、もはや昼頃までやって来ない。
そういう時、我々部下が昼食をとりに冥王庁舎を出ようとすると、玄関口で出勤してきた魔王さまとよく出くわした。彼はそのまま回れ右して、我々とともに昼食に出かけてしまう。当然ながら出勤は後回しとなり、さらに遅刻してしまうのだが、まるで意に介さなかった。
しかし、冥王閣下もふくめて誰も魔王さまに意見する者はいない。そういう人なのだと認めさせてしまっているのだ。
魔王さま本人も、どれほど遅れてこようが悪びれず、堂々としている。周囲に謝ったりもしないのである。
入庁からしばらくして、腹具合が悪い日があった。
私が出勤してすぐにトイレに立ち、戻ってくると先輩からにらみつけられた。
「おまえ、定時くらい守れよ。新米のくせにたるんでいるぞ!」
どうやら遅刻してきたと思われたらしい。
言い訳できる雰囲気ではなかったため、私は頭を下げて謝っておいた。
しばらくしていつも通り超重役出勤してきた魔王さまが、周囲から私が怒られたのを聞いたようで、やおら立ち上がって先輩のデスクに近づいて言った。
「新人が遅刻してきたと叱ったそうだね」
急に声をかけられた先輩は、縮み上がって青くなっている。
魔王さまは低い声でポツリと言った。
「仕事の質ではなく、時間で価値を計ろうというのか。私の目が黒いうちは、定時出勤の強要など許さない」
私は耳を疑った。この人は何てことを言うのだろう。
やりとりを耳にしたらしい冥王閣下が遠くの席で苦笑いを浮かべているのが目に入った。
そんな出勤時刻にルーズな魔王さまだったが、職場の人々からの信頼は厚かった。
席について執務をしているかと思えば、15分も経たないうちにどこかへ行ってしまうのだが、探しに行くと大抵は打ち合わせコーナーやバルコニーなどで誰かの相談に乗っているのだ。
職務のことだけでなく、プライベートの悩み事でも真面目に聞く。一緒になって考えることもあれば、何気ない言葉をかけて終わりにすることもある。
時には手厳しいアドバイスを返すこともあったようだが、それで怒り出す人は誰もいなかった。
私が「皆から頼られているんですね」と言うと、魔王さまは茫洋とした微笑みを浮かべた。
「誰もが必ずしも解決を望んでいるわけじゃないんだ。また、すべての問題が合理的に解決できるわけでもない。だから、ただ聞いているだけのことも多い」
若かった私にはよくわからなかったが、それでもこの人が話を聞いてくれるだけで慰めにはなるのだろうと思った。
その後、魔王さまは直前まで相談を持ちかけていた先輩をそっと指差して、こういった。
「彼の場合は昨年結婚した相手が浮気をしている節がある。自分はどうすればいいだろうという相談だ。本心では浮気を責めて別れることを後押しして欲しいようだった」
「それでどう答えたんですか」
「何もせず、波風を立てないほうがいい、と言った」
私は首をひねった。
「でも、先輩は別れたいのですよね。それで良い結果になるのでしょうか」
「こういう場合、男性は往々にして理に沿った決着を選びたがる。だが、女性は必ずしもそうじゃない。彼に愛想が尽きて浮気をしたのか、単に魔が刺しただけで彼のもとへ戻りたがっているか定かではないんだ」
「お相手が戻って来る可能性は高いのですか」
「いや、大方の場合は戻って来ないだろう。それでも、どうするかは彼ではなく、女性の側が決めることになる。女性の側に選択がゆだねられる。おそらくはそれが一番穏便な決着となる」
魔王さまはため息をついて微笑んだ。
「君にはまだわからないかもしれないが、世の中の事象は理屈で割り切れるものばかりではない。理屈を超えた理屈が成立する場合もある。第三者から見れば不合理にしか見えない落とし所だが、それが最善ということもあるんだ」
それを理外の理という。
そう教わった。
数週間後、その先輩が離婚したとうわさで知った。
奥さんのほうからの申し出で、比較的円満に別れたという話だった。
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