個別の終末

天川裕司

個別の終末

タイトル:(仮)個別の終末



▼登場人物

●尾張好男(おわり よしお):男性。50歳。サラリーマン。終末論好き。妻帯者。子供なし。妻は美香子(47歳)。

●川田信二(かわた しんじ):男性。50歳。好男の会社の同僚。本編では「川田」と記載。

●氷川加奈子(ひかわ かなこ):女性。38歳。好男の会社の後輩。本編では「加奈子」と記載。

●上司:男性。50代。好男の会社での上司。一般的なイメージでOKです。

●須久井益代(すくい ますよ):女性。40代。好男の心と欲望から生まれた生霊。


▼場所設定

●某商社:好男達が働いてる。都内にある一般的な商社のイメージでOKです。

●DOOMSDAY:飲み屋街にあるお洒落なカクテルバー。益代の行きつけ。本編では「バー」とも記載。

●街中:必要ならで一般的なイメージでお願いします。


▼アイテム

●Focus on the Finish:最初に益代が勧める特製の錠剤。これを飲むと趣味に没頭する傍らもうその趣味から逃れられなくなる。

●Journey to the End:最後に益代が勧める特製のカクテル。これを飲むとその人だけに個別で終末がやってくる。


NAは尾張好男でよろしくお願い致します。



イントロ〜


皆さんこんにちは。

突然ですが、あなたは終末論というのをご存知ですか?

いわゆる世の終わりの事ですが、いずれはこの世に再臨が来て、

各地で戦争が起こり疫病が起こり流血があり飢饉が起こり、

様々な出来事があった後、キリスト教の福音が宣べ伝えられ、

そして世界の終わりがやってくる…というもの。

今回はこの終末に取り憑かれた、ある男性にまつわる不思議なお話。



メインシナリオ〜


ト書き〈会社〉


好男「…だからもうすぐ終末が来るんだよ!つまり世の終わりの事だ」


川田「まぁたその話かよ〜、もうイイよそんなの。やめてくれよなぁ」


加奈子「ホント、尾張さんていつもそんな話ばっかりしてるんだから。偶には今を楽しめるようなそんな話はできないの?」


俺の名前は尾張好男(おわり よしお)。

今年50歳になるサラリーマンで、今は都内の某商社で働いている。

妻の美香子と一緒になってもう十数年過ぎるが、

俺達は今でも仲睦まじく、まぁそれなりに安定した生活を送っている。


でも俺達の間には子供がなくて、その点だけは少し寂しかった。

他の同級生も沢山結婚しているが、皆やっぱり子供を持ち、

明るい将来を夢見て歩いてるようだ。


俺には子供がなかったからそのぶん時間ができて、

妻に隠れてこっそり宗教学の本なんかを読み漁るようになり、

今ではこの通り、そこで得た知識をもとに

「もうすぐ世の終わりが来る終末論」なんかを

会社の同僚や知人友人なんかに説いて回ってる。


今ではこれが趣味というか日課のようになってしまっており、

妻はもちろんの事、友人知人にも

俺のこうしたあり方が半ば呆れられているようだ。


好男「全く、君たち何にも信じてないんだなぁ。いいかい?終末論っていうのは…」


川田「もうイイよ!あ、休憩時間もう終わりだ。行こっか」


加奈子「ええ」


好男「ふう、全く…」


ト書き〈仕事帰り〉


その日の仕事帰り。

俺はまっすぐ家に帰らず、行きつけのバーへ寄る事にした。

そしていつもの飲み屋街を歩いていると…


好男「ん、何だここ?『DOOMSDAY』?新装かな」


全く見慣れないカクテルバーがあるのに気づいた。

なかなか良さげな店だったので入ってみる事に。


中はとても落ち着いていて、壁紙なんかも少しレトロな感じがし、

昔からレトロクラシックが好きだった俺はそこが気に入り、

カウンターで1人座って飲む事にした。

すると…


益代「こんばんは♪お1人ですか?よかったらご一緒しません?」


と割と綺麗な女の人が声をかけてきた。

断る理由もなく、また話し相手が少し欲しかったのもあり…


好男「あ、どうぞ…」


と隣に迎えた。


彼女の名前は須久井益代(すくい ますよ)さん。

都内でメンタルコーチやヒーラーの仕事をしていたようで、

なんだか気品のあるオーラのようなものが漂ってくる。


それから軽く自己紹介し合い少し談笑。

そこで気づいたが、彼女には不思議な魅力があった。


彼女と一緒に居るだけで心が安らいできて、

そうして喋っている内、

「昔から一緒に居てくれた人?」

みたいな錯覚を想わせてくる。


そしてもう1つ不思議だったのは、

彼女に対し、なんだか自分の事を無性に話したくなるという事。


特に自分の今の悩みを話したくなり、

自分の全てをこの人に知って欲しい…

改めてそんな気持ちにさせられるのだ。


気づくと俺は今の自分の事や、

ちょっとした悩みなんかを全て彼女に打ち明けていた。


益代「へぇ、終末論ですか」


好男「ええ。なんだか最近そういうのに夢中になってしまって、まぁ私と妻には子供がありませんし、時間が出来るのもあって宗教学や哲学なんか、そうした本を読み漁るのが趣味になってきたんです」


好男「そこで丁度見つけた『終末論』というのに興味を惹かれてしまって。…ハハwまぁとは言っても、こんな事ばかり言ってる僕は周りから疎外されちゃってますけどねぇ」


笑いながら愚痴のような感じで言ったが、

益代さんは真剣に聴いてくれていた。

そして…


益代「あなたの気持ちは分かりますよ。自分の興味のある事に少しでも多くの人が共感してくれたら、それだけで生活にもメリハリが出て、嬉しくなってきますもんね」


と同調してくれた後…


益代「でも尾張さん、そういう終末論とか予言めいた事は、余り多くの人に語らないほうが良いですよ?」


と忠告もしてきたのである。


好男「え?」


益代「あなたがおっしゃられている事を聞く上で、おそらくあなたは雑誌か何か、そこら辺にある情報誌からそう言う情報を得て、自分の気に入った部分だけをピックアップして、それをまた自分なりに脚色して他人に言ったりしてるのでしょう?」


益代「それでは単なるあなたの推測になってしまって、説得力性に欠けるどころか、あなた独自の宗教観まで含まれてしまい、間違った解釈を人に伝える事になりますから」


余り冷静に彼女がそう言い、少し一方的でもあったので

俺は反発した。


好男「い、いや!そんな事!僕はちゃんとした情報源を確保して、そこから全部の情報をかき集めてから自分で解釈して、それをまとめて他人に伝えてるんですよ!あなたはそうして勉強してる時の僕の事なんか知らないでしょう?なんでそんな勝手に断言なんか出来るんですか!…あ、すいません、つい…」


少し声を荒らげてしまったが、益代の姿勢は変わらなかった。


益代「フフ♪こちらこそ偉そうな事を申し上げてしまい、すみませんでした。でも尾張さんは余程そういうお話が好きなんですね」


好男「え、ええ、まぁ」


益代「でしたらこちらを差し上げましょうか?」


そう言って彼女は持っていたバッグから

錠剤入りの瓶を取り出した。


好男「…は?何ですかこれ」


益代「それは『Focus on the Finish』というまぁ心の栄養剤のような物でして、それを飲めばきっと今のあなたはもっとその趣味に没頭できるようになるでしょう。いわゆる精神と集中力を研ぎ澄ませてくれるお薬で、情報集めにしてもそれから先の解釈にせよ、今まで以上にあなたが今眠らせているその能力を発揮する事が出来るでしょう」


益代「いかがです?もしその趣味をライフワークのように本気で取り組むものにしたければ、そうして一歩踏み出すのも、あなたが今すべき新しい事への挑戦ではないでしょうか?私の仕事はボランティアですので、そのお薬は無料で差し上げますよ」


好男「はぁ?何言って…」


やはり彼女は不思議な人だった。

普通ならそんなこと言われても興味なんか示さないのに、

彼女に言われるとその気になってしまう。

無料というのも確かに魅力。


気づくと俺はそれを受け取り、早くも一錠飲んでしまっていた。


ト書き〈数日後〉


それから数日後。


好男「オイお前!このタカシって男、一体誰なんだよ!」


美香子「誰だってイイじゃない!もうアンタとの生活なんてまっぴらごめんよ!何かって言うと終末論とか難しい話ばっかり並べるようになっちゃってさ!ここ数年間ずっとその調子じゃない!夜中にお経みたいのも唱えるようになっちゃって、もう気味悪いったらないのよ!」


好男「な、なんだと!」


美香子が知らない内に他の男と浮気していた。

確かに最近の俺は以前の俺に比べてすっかり変わっていたと思うが、

まさかここまできて

妻にこんな事を言われるとは思わなかった。


好男「お、おい待てよ!どこ行くんだよ!」


結局、美香子は家を出て行き、

それから数日後、美智子から俺の元へ離婚届が届いた。

「横に名前を書いて」「私の気持ちも理解して…」

と美香子から最後の手紙も添えられて。


好男「み、美香子…チクショウ…ちくしょう!!」


全く一人ぼっちになってしまった俺。

それから人生も環境もガラリと変わった。


それまでそれなりに充実していた生活は一気に崩れ、

俺の内面は精神不安定なまま、ずっと地に足つかない状態でいる。

そのせいで…


上司「君は何をやっとるのかね!!最近ずっとミスばかり続いて!こんなんじゃもう君に仕事なんか任せられんよ!」


会社では、美香子と離婚した直後からミスの連続。

それが祟り結局…


好男「ク…クビ…」


体(てい)の良いリストラのような形で俺はクビになってしまった。

それからとりあえず再就職に走ったが…


好男「50男(ごじゅうおとこ)の再就職なんて、よっぽどの所がない限り無理だよな…」


となってしまい、俺はそれからずっと仕事を見つけられない。


好男「く…くっそぅ…!周りの奴らはどんどん出世して、明るい未来へ向かって歩いて行ってるってのに!子供が沢山いる家庭が羨ましい…!夫婦生活が上手くいってる奴らが…!仕事に上手くいってる奴らが…!ク、クソォ!!リア充の奴らが本当に…」


俺は今までの自分の人生も

全て不幸一色に染め上げてしまい、

「世界中で今、自分が1番不幸な奴だ」

と思い込んでしまった。


それからもう飲みに行ける余裕なんて無くなってしまったのに、

俺はなけなしの金を持ち、やや自暴自棄になりながら

あのバーへ向かって歩いた。


ト書き〈バー〉


店に入ると…


好男「あ…益代さん…」


益代「あら、尾張さん?」


彼女がまた前と同じ席に座って飲んでいた。

その彼女を見た途端、俺は無性に甘えたくなった。


「もしかして彼女なら、今の俺を救ってくれるかもしれない」


そんな根も葉もない、何の根拠も無い思いが

俺の心に自然と浮かんできたのだ。

そして俺は文字通り、彼女にすがり付く勢いで甘えた。


好男「俺もう駄目なんですよ!妻には逃げられ、この歳で会社から放り出されて再就職もできず、もうお先真っ暗です!ほんとリア充の奴らが羨ましい…!もう、もうこんな世の中なんて、あの終末論の予定通りに早く終わっちまえばいいんだぁ!!」


もう半泣きになって滅茶苦茶な事を言った俺だが、

彼女はそれでも俺のそばに静かに居てくれて、

そんな話を落ち着いて聴いてくれていた。


益代「まぁ落ち着いて。離婚されたのは本当に残念な事ですが、でもそれって他の人の人生にもある事です。仕事をリストラの形で辞めさせられる人だって沢山居られますし、あなたも心の中では分かってらっしゃるように、あなただけが不幸なわけじゃないですよ?」


そして益代は1つ1つ丁寧に俺を諭してくれるように言い、

静かに慰めてくれた。


でも何故か俺の心は落ち着かず、

これまで日課にしてきた

ああいう話関連の読書ももう出来なくなると思うと、

何かこの現実に今の俺が全否定されたような気がして

やっぱり他人と自分を見比べた上、

今の自分が1番不幸だと思い込んでしまう。


そして、

「この世が終わっちまえば良い」

この思いを変える事がどうしても出来ないでいた。


好男「ハハ…益代さん。あなたにはきっと分からないですよ、今の僕の気持ちなんか…。みんな終わっちまえばいいんだ…こんな不幸しかない世の中なんか、全部キレイさっぱり終わっちまえばいいんだ…。フフ…益代さん、あんたもどん底に落ち込んだ時、こんな事をふと考える事はあるんでしょう…?フフ…」


気がつくと俺はもう狂っていたのかもしれない。

その事しか考えられず、全く無関係の益代さんにまで

そんな事を言ってしまった。


それに少し気づき、謝ろうとした時だった。


益代「フフ♪これは手厳しいですね。確かに落ち込んだとき人というのは、自分だけが不幸になったと思い込み、他人の事や周りの事になんか目を向けられず、心に余裕が無くなり配慮できなくなるものです。まぁ今のあなたがそうなんでしょう」


益代はまた冷静にそう言ってきた後…


益代「それでは私の特製のカクテルを一杯お勧めしましょう。きっとそれを飲めば今のあなたの気持ちも落ち着き、あなたにとって新たな第一歩が生まれてくる事でしょう」


そう言って指をパチンと鳴らしマスターに合図して、

『Journey to the End』というカクテルを作ってもらい、

それを俺に勧めた。


益代「まぁどうぞ。信じてお飲み下さい」


そこでも俺はやはり彼女を信じてしまい、

そのカクテルを一気に飲み干した。


好男「おっ、効きますねぇ…このお酒」


益代「フフ♪」


ト書き〈交差点で事故〉


それから少し談笑して俺達は店を出た。


しかしその帰り。

俺はそのとき飲んだ酒の酔いが全身に回っていたのか。


交差点に差し掛かったとき足がふらつき絡んでしまい、

思わず蹴っ躓く勢いで車道に躍り出て、

そこへ突っ込んできたトラックに思いきりはねられ

亡くなったようだ。


ト書き〈事故現場の様子を見ながら〉


益代「フフ、私は好男の心と欲望から生まれた生霊。その欲望から出た夢を叶える為だけに現れた」


益代「好男は実はとんでもない我儘な性格の持ち主で、自分の人生が上手く行かなければ他人を巻き込み、道連れの形で皆も一緒に自分と同じ運命を歩めば良い…自分と一緒に滅びたら良い…そう思い、その願いを忘れられなかったから終末論に取り憑かれ、そこに魅力を感じ、周りが見えなくなるほど没頭していた」


益代「初めの錠剤『Focus on the Finish』を飲んでその終末思想からもう逃れられなくなり、最後のカクテル『Journey to the End』を飲んで自ら自分の世界だけに終末を迎えた」


益代「フフ、気づいたかしら?好男がずっと心の底で望んできた終末のあり方は、好男1人の人生が終わる形で迎えさせられたと。人は誰でもこの世を去る時、自分1人だけの終末を迎える。そのきっかけが好男の場合は事故だったと言うだけの事。好い加減な事を吹聴して回るから、そんな形で罰でも降(くだ)ったのかしらねぇ」


そう言った後、益代はフッと姿を消した。


動画はこちら(^^♪

https://www.youtube.com/watch?v=xbHZ83rygsM&t=72s

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個別の終末 天川裕司 @tenkawayuji

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