腐れ縁と言うなかれ
白綴レン
第1話
君が好きだ。
ただその想いだけが僕の中にあった。
「どうかした?」
「あ、いや……ううん、なんにも」
浅倉詩織。僕が片想いしている相手で、初恋の相手で、幼馴染だ。
「変な藤くん」
色素の薄い髪を揺らしながらクスクスと笑う彼女はどこまでも魅力的で、僕の心をくすぐっていく。小学校一年生から続く仲だというのに未だに名字でしか読んでくれないあたり脈がないのかもしれないけれど、それでも僕は彼女のことが好きだ。恋してしまっているのだ。
「それで、何考えてたの?」
「え、あ、えっと……」
これでまさか君のことだよ、とは言えない。純情な男子高校生にそんなキザな真似はできっこない。さて、どうやってごまかしたものか。
「ぶ、部活のこと、かな……」
目をそらし、苦しい言い訳を振り絞る。部活を真面目にやっていないわけではないが、むしろ熱心にやっている方ではあるが、それでも今この瞬間に部活のことを考えるほどこの想いは弱くない。
「さすが、うちのエース藤幸太郎投手。女の子と一緒でも部活一筋とは」
「は、ははは……」
「咲稀も藤くんのことカッコいいって言ってたし、モテる男は余裕だねぇ」
「そんなことないよ。別に彼女がいるわけでもないし……」
「でも、後輩からの告白断ったんでしょ?」
「なんでそれを……!?」
確かに最近後輩の女の子に告白されたし断ったのも事実。とはいえなんでそれが詩織にまで伝わっているのか……。
「そりゃあ知ってるよ。女子の情報網舐めちゃいけませんって」
「ひぇ……」
恐るべし噂話。尾ひれがつかないといいけど……。
「ちなみに好きな人が誰だって噂はもう五、六人分は聞いたから」
「なんでそんなことに……」
人の噂に戸は立てられぬと言うけれど、限りってものがあるだろうに。好きな人がいるって言ったのは事実だけど誰が好きかまでは言ってないしそもそもなんでそれが五人とかに増えてるんだ。噂話怖い……。
「まぁどれもこれも信憑性に欠けるけどね~。せいぜいマネージャーの彩ちゃんがワンチャンあるかなくらいじゃない?」
「ねえよ」
「ふーん、ないんだ」
「何だよその目は」
「何にも~?」
「ったく……」
なんとなく彼女の栗色の目を見ているとバツが悪くなりつい目を逸らしてしまう。惚れた弱みと言うのか、彼女には強く出られない。
「まぁ私は藤くんの好きな人知ってるけどね」
「げほっごほっ! な、なな、なんじゃって!?」
「あっはは、おじいちゃんみたいになってるよ藤くん。えー? まぁ予想だけど結構あたってると思うよ?」
「な、んなわけあるかよ! 詩織にはわかんねーよ!」
「あら、なんでそんなこと言うの?」
「じゃ、じゃあ誰だよ! その俺が好きな人っていうのは!」
焦っているのかつい声が大きくなってしまう。まぁ自分の名前を出すことはないだろうから当たってはいないんだろうけど、それでもドキドキするものはドキドキする。
「恵子ちゃんでしょ。バスケ部の」
「はぁ……」
「昔から仲良かったもんね~。家が近いんだっけ。恵子ちゃんよく藤くんと一緒にご飯食べてるし、付き合うまで秒読みって感じ?」
「そんなことだろうと思ったよ……」
「で、いつ付き合うの?」
「宮崎とは付き合う気ねえよ。これからもずっと友達だろ」
「えー違うのー? じゃあ誰なの? ね、こっそり教えて?」
「そりゃお前……って、言えるかバカ!」
「ちぇ……」
「本人を前にして言えるかよ……」
「えっ?」
「えっ……あ、ちょ、タンマ! 今のなし!」
「え、あ、嘘……ごめ、え、えっ……?」
口が滑ったなんてもんじゃない。人生最大の失態だ。告白するにしてももうちょっとなんかあっただろ俺……。
「あー……! もう! そうだよ! 俺が好きなのはお前だよ! 詩織!」
「藤くん……え、あの、嬉しいけど……ちょっと、えっと……」
「ごめんなこんな告白で……振られて当たり前だよ……ごめんな……」
気まずくなって席を立つ。これからどんな顔で学校くればいいんだろうな……。
「ま、待って!」
「え?」
「急なことで、まだ整理ついてないけど……藤くんなら、いい、よ……」
「え、それって……」
「私が、藤くんと付き合ってあげるって、こと……」
「嘘、だろ……? いいのか? こんな俺で……?」
「うん、こんな藤くんだからいいのかも」
「は、はは……じゃあ改めて、詩織」
「うん」
「俺と付き合ってください」
「……はい」
恋心に気づいてから六年。俺の初恋は、今日ようやく実ることとなった。
「ねぇ、幸太郎くん」
「なんだ、って……名前……」
「昔はこう呼んでたでしょ。それに付き合ってるならこういうのがいいかなって」
「あ、ああ……! 嬉しいよ詩織」
「それに……」
「それに?」
「なーんでーもなーい。いこっ!」
「あ、ちょっ、引っ張るな!」
急に立ち上がった彼女が、俺の手を取り走り出す。引っ張られた俺はバランスを崩しながら彼女に引かれるままついていった。
「幸太郎くん!」
「な、なんだ!?」
「楽しいね~~!」
「は、はは! そうだな!」
手を繋いで校舎を走る男女。校内でそれなりに有名らしい俺が女子に手を引かれて走っていたと言う噂はあっという間に広まることだろう。だが、それもいい。俺の彼女なんだと胸を張って紹介しよう。
「ふふ、幸太郎くん幸太郎くん……あはは、あははははっ!」
「な、何だよ不気味だな!」
「呼んだだけだよ~! そうだ!」
急にブレーキを掛けて止まる彼女。ぶつかりそうになるのをなんとか避けてちょっと先で俺も止まる。
「おい急に止まると危ないだろ」
「今日は一緒に帰ろうよ! 昔みたいに。ね?」
「あ、ああ! 一緒に帰ろう。いろんなこと喋りながら、昔みたいに」
「うふふ、そうと決まったら荷物取りに戻らなきゃね」
「あ、おい待てって!」
再び駆け出す彼女を追いかける。マンガとかで見る青春の一幕って感じがして、なんだか笑みがこぼれてしまう。
「は、はは、ははは!」
「もう、何笑ってるのー?」
「なんでもなーい!」
この笑いの理由が、ただ楽しいからだなんて、気恥ずかしくて言えやしない。
「さ、帰ろっ! 幸太郎くん!」
教室につき、荷物を手早くまとめた彼女がそう言ってきた。俺も荷物をすぐにまとめてついていく。
「そうだな。あー詩織のおばさんのクッキー。久しぶりに食いたいな」
「え? もう親への挨拶考えてるの?」
「ちがっ、そういうんじゃねえし!」
「あははっ。わかってるよ~。まぁママのクッキー美味しいもんね。それに幸太郎くんと一緒に食べるのは懐かしいかも」
「昔はよくお互いの家に行って遊んだりして」
「そうそう。たまにママがクッキー作ってくれてお菓子に食べるのが楽しくて」
「懐かしいな。俺の母さんはスーパーで買ったのだけだから羨ましくて、駄々こねたこともあったっけな」
「何その可愛いエピソード」
さっきと同じようにクスクスと笑う彼女が、なぜかさっきよりも可愛く思えてしまう。ただ、ちょっと関係が変わっただけなのに。友達から恋人になっただけなのに。ちょっとした仕草一つ一つが、さっきよりも魅力的に輝いている。
「そうだ幸太郎くん」
「ん、どうした?」
「幸太郎くんは片想いだと思ってたみたいだけど、両片思いだったかもよ?」
「それって……」
「じゃあ私の家、こっちだから~!」
「あ、おい詩織!」
「また明日ね~!」
「あ、ああ……また明日!」
去り際の意味深な言葉。そのまんま解釈すると彼女も俺のことを好きだったってことになるけど……、からかわれてるだけなのか? それとも……ああ、やっぱり俺は、彼女相手だと振り回されてしまう……。
「ああくそ、かわいいなぁ!」
そんな現状も、楽しいと思ってしまうから。俺って人間は単純だ。
腐れ縁と言うなかれ 白綴レン @ren-siratudu
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