第6話

 これといった目的もなく、私は再びアーガルドの街へとやって来ていた。


「……さて。これから、どうしましょうか」


 喧騒に包まれた街並みを漫然と見渡すと、どうやって時間を潰そうか考える。


 というのも、今日の朝。

 いつものように、お嬢様を起こそうと部屋に入ったところ、すでに起床していたお嬢様から「久しぶりに休暇を取るように」と言われてしまったのである。


 急に与えられた休暇なので、もちろん予定なんか入っているはずもない。

 とりあえず自分の部屋へと戻った私は、机の脇に積んであった本を消化することにした。

 しかし、何時間も続けて本を読んでいると、さすがに疲れて飽きてしまった。

 その為、こうして街へと繰り出して気分転換をすることにした訳である。


 数多くの露店が、所狭しと立ち並んでいる大通りをブラブラと散策する。

 しばらく歩いていると、肉が焼ける香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。

 つられて顔を向けると、無精髭を生やした大柄の店主が、額に大粒の汗を浮かべながら、黙々と串焼きを調理している姿があった。

 

 美味しそうだなと思って遠巻きに眺めていると、不意に店主の男が顔を上げてこちらを向いた為、バッチリと目が合ってしまった。

 そのまま無視して立ち去るのもなんだか憚られたので、私はその露店を覗いてみることにした。


「こんにちは。これは何の串焼きですか?」

「おう、いらっしゃい。これはシルバーウルフの肉だよ」

「……それは、珍しいですね」


 シルバーウルフとは、寒冷地域に生息している希少性の高い魔物で、その美しい銀色の毛皮は、市場で非常に高値で取引されている。

 そして、世界中の美食家たちが口を揃えて大絶賛するほど、肉が柔らかくて美味しいことでも有名だ。

 シルバーウルフの肉というのは、大衆的な店には滅多に出回ることがなく、私もほとんど口にしたことがなかった。


 値段を見ると、串焼きにも関わらず『1800ゴルド』。

 『1ゴルド=約1円』くらいの感覚なので、これはかなりいい値段である。


「それじゃあ、一本いただけますか?」

「はいよ。それじゃあ焼き上がるまで、もう少しだけ待っててくれ」

「わかりました」


 その間、邪魔にならないように少し離れた場所で待機しようと振り返った瞬間。

 いつの間にか、私の後ろに小さな列が出来ていることに気が付いた。

 ……さっきまで閑古鳥が鳴いてしまうくらい、お客さんがいなかったはずなんだが。


「お嬢ちゃん、焼き上がったぞ」

「あ、はい」


 思っていたよりも早く出来上がり、私は急いで財布を取り出すと串焼きの代金を支払った。


「1800ゴルド、ちょうどだな。毎度あり。熱いから気を付けて食べてくれよ」


 そう言って店主は、何故だか串焼きを二本手渡してきた。


「あ、あの? 一本多いのですが?」

「ん? それは俺からの感謝の気持ちだ」

「は、はあ……?」


 何もしていないのに、いったい何に対して感謝をされているのか。 

 串焼きを持ったまま困惑していると、店主は大きく笑いながら口を開いた。


「あんたみたいな美人が店の近くにいるだけで、良い広告になるんだよ」

「……なるほど」


 良くも悪くも、私は目立ってしまう容姿をしている。

 そんな私が近くにいるだけで、この露店にも自然と視線が集まることになる。

 そして、串焼きが気になった人たちが、こうして私の後ろに並んだということか。


「それじゃあ、ありがたく頂きます」

「ああ、美味しそうに食べ歩いて、もっと多くの人に宣伝してくれよ」


 店主のそんな明け透けな言葉に、私は苦笑いしながら頷いたのだった。

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