第5話

 お嬢様たちと出かけた翌日。 

 

 侍従服へと着替え終えた私は、机の一番下の引き出しから鍵の付いた小さな箱を取り出した。

 開錠して中を開くと、仕舞っておいた首飾りと指輪を慎重に手に取って全身鏡の前で装着する。


「……うん」


 首元と左手の中指でキラキラと光る輝きを見て、私は大きく頷いた。

 自分で言うのも何だが、本当に似合っていると思う。


 ちなみに、この世界においても指輪を嵌める手の場所にはそれぞれ意味がある。

 例えば、前世だと『左手の薬指』に指輪を嵌めると愛が深まると云われていたが、この世界ではそれが『右手の中指』に当たる。


 余談だが、私が仕え始めてまだ間もない頃。

 私に飾り気が無いという理由で、ソフィア様が指輪を貸してくださったことがあった。

 その際、何の気なしに指輪を右手の中指に嵌めてしまい、出会った全員に驚かれてしまったという事があった。


 ……あの時のメイドたちは凄かった。

 

 休憩時間になった途端、私に対して「どんな男?」「いつ、どこで出会ったの?」などと、前のめりになって多くの質問を浴びせてきたのである。

 何度否定しても、彼女たちは「恥ずかしがってて可愛い!」と騒ぐだけで聞く耳を持ってくれず、誤解を解くまで結構な時間がかかってしまったのは苦い思い出である。


 閑話休題。


 しばらく自分の姿を眺めた後、首飾りと指輪を外して先ほどの箱へ再び仕舞った。

 一応、身に着けたまま仕事をしても問題ないのだが、傷が付いたり無くしたりするのが嫌だからである。

 ……もし無くしたら、冗談抜きで最低でも一ヶ月は寝込んでしまうと思う。

 鍵が掛かっていることを入念に確認すると、箱を引き出しの奥へと戻して部屋を後にしたのだった。



 ◇



 上級貴族のメイドになるのは、基本的には中級・下級貴族の娘が多い。

 というのも、上級貴族の息子たちに自分の娘を見初めてもらい、それをきっかけにして上の階級の人と関係を持ちたいと考える親が多いからであった。


 しかし、アーガルド家に仕えているメイドは、一般家庭の娘やそれ以下の貧しい家庭の娘がほとんどである。

 

 給料が充分に貰える・休みをしっかり取る事が出来る・頑張れば見合った褒賞が与えられる・自分の家族に何かあればアーガルド家も動いてくれる等々などなど

 多くの理由が重なって、次第にアーガルド家への忠誠心が大きくなっていき、結果的には、野心家が多い貴族の娘を雇うよりも安全なのだとクライド様は仰っていた。


 そんなアーガルド家のメイドの忠誠心を感じられる事の一つが、『戦闘訓練』をしているということである。

 

 有事の際は、各家にいる私兵が対応するのが一般的で、メイドが直接戦うということは有り得ないことであり、わざわざ訓練をする必要など無い。

 しかし、アーガルド家のメイド達は主人を守る為に、自ら進んで訓練をしているのである。

 そして、メイド達を鍛えているのは何を隠そうこの私なのであった。



 ◇



 アーガルド家の裏庭の一角で、私は一人のメイドと対峙していた。

 

 燃えるような赤い色の髪に、ツンと吊り上がった勝気の強い大きな瞳。

 彼女の名前はミリア。

 両手で木剣を構え、ジッと睨むように私を見つめている。


「いつでも良いですよ」


 私がそう言った直後、ミリアは上体を低くしながら、身体強化を使って私との距離を一瞬で詰めると、木剣を素早く横に薙った。

 これは、生半可な相手ではまともに避けられない一撃だろう。

 

 しかし、私には彼女の全ての動きがえていた。

 彼女と同様、身体強化を使って後ろに大きく一歩分下がると、ヒュンという鋭い音と共に木剣が目の前を横切っていく。


「……!」


 今度は私の方から距離を詰めると、ミリアの懐に潜り込んで腹部に向かって掌底打ちを放つ。


「……はっ!」


 それをミリアは右肘と右膝を使って上手く受け流すと、お返しと言わんばかりに顔面に向かって左足による上段蹴りを放ってきた。

 私は右手でそれを受け止めると、ミリアの体重が残った軸足を素早く足払いした。


「ふぎゃっ!」


 そのまま地面に勢いよく尻もちをついたミリアは、薄っすらと涙目を浮かべた。


「腕を上げましたね。ミリア」

「……でも、また勝てなかった」


 体育座りをして不満そうに口を尖らせるミリアを見て、私は苦笑するしかなかった。

 そんな簡単にチートを超えられたら、私の立場というものが無くなってしまう。


 しかし、最近ではミリアを筆頭に、メイド達が着実に強くなっていることを実感している。

 私の所感ではあるが、二級冒険者の一歩手前くらいまでの力をつけているのではないだろうか。


「(……いつか、簡単な依頼をこなしてみるのも良いかもしれませんね)」


 私は、時間があるときにでも彼女達をギルドへと連れて行って、より実践的な経験を積ませてみようかなと考えるのだった。

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