第4話
商業都市・アーガルド。
お嬢様たちの名字を冠しているこの都市は、エスティア王国の王都にして最大の都市・リースルに次ぐ大きさを誇り、治めているのは勿論クライド様である。
元々は違う名前だったのだが、貧しかったこの都市をクライド様の先祖が少しずつ改革を進めて豊かにしていき、住民たちが感謝と尊敬を込めて名前を変えたらしい。
現在では、都市を南北に縦断する大通りには数多くの商店が立ち並び、昼夜を問わず多くの人々が行き交う、とても活気に満ち溢れた街となっている。
それでいて、治安や衛生状態も非常に良く、今では王都を超えた最高の都市と称賛する声もあるくらいだ。
「じゃあ、まずはセリーナちゃんの買い物を済ませちゃいましょうか」
「私の買い物、ですか?」
「そうよ。元々、買い物に行く用事があったんでしょう?」
「はい。ですが……奥様やお嬢様の買い物が先でなくても宜しいのですか?」
私が買う物といえば、専ら道具や備品といった後回しにしても全く問題ないものばかりである。
それよりも、主であるソフィア様やお嬢様の買い物を優先するべきだ。
しかし、ソフィア様は「私たちは後で良いわよ」の一点張りで、私が先に折れることになった。
二人に付き添ってもらい、普段からお世話になっているお店を何軒か回った後。
「ところで、ソフィア様とお嬢様はどちらで買い物をなさるのですか?」
「それはね〜、ここ!」
私の問いかけに、突如歩みを止めたお嬢様が指差した先には【レイルン雑貨店】と書かれた、大きな看板のあるお店があった。
こういうものに疎い私だが、以前他のメイド達が休憩中にこの店について話しているのを聞いたことがあり、店の名前だけは知っていた。
メイド達曰く、一日中店内を見ていても全く飽きないほどの品揃えらしい。
店内へと足を踏み入れると、色とりどりの繊細な造りをした可愛らしい雑貨が所狭しと並び、非常に多くの女性客で賑わっていた。
「あ! これ可愛いかも!」
しばらく店内を嬉々として見て回っていたお嬢様は、とある首飾りを手に取ると私に見せた。
それは、小ぶりのリングが二つ重なった、光沢感のある上品な金色の首飾りであった。
「はい、お嬢様にとてもお似合いになると思います」
「え? これはセリーナのだよ?」
「……はい?」
いきなり、こんな高価そうな物を渡されるような覚えはないのだが。
どういうことなのかと私が困惑していると、お嬢様はどこか呆れた様子で首を横に振った。
「はぁ、やっぱり覚えてない。もう、今日は『セリーナの誕生日』でしょ?」
「……え? あ、はい。……そうでしたね」
お嬢様に言われて、ようやく思い出した。
今日、『赤の月・6の日』が
というのも、アーガルド家に雇われてしばらく経った頃、不意にお嬢様から誕生日について聞かれたことがあった。
答えに困った私は「アーガルド家に助けられた日が私の誕生日だった」と誤魔化したのである。
その助けられた日というのが『赤の月・6の日』であり、それがそのまま
しかし、実際はその日に生まれていないので全く馴染まず、今日もお嬢様に言われるまですっかり忘れていたという訳である。
「お母様、これにします」
「凄く綺麗ね。セリーナちゃんにとても似合いそうだわ」
「それでは、私が会計を……」
「あら、今日の主役にそんなことさせられないわ」
お嬢様から首飾りを受け取ったソフィア様は、頑なに私の申し出を固辞すると、そのまま会計へと向かってしまった。
しばらくして戻ってきたソフィア様は、可愛く包装された青と赤の二つの小さな袋を私へ手渡した。
「青の袋がセシリアちゃんが選んだ首飾りで、赤の袋が私が選んだ指輪よ。気に入ってくれると嬉しいわ」
こんな一介のメイドの誕生日を覚えているだけでなく、贈り物までくださるとはなんと有り難いことだろうか。
「……ありがとうございます、奥様、お嬢様」
絶対に無くすことがないように、侍従服の一番深いポケットの中に二つの袋をしまうと、私は深々と頭を下げて感謝の意を表したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます