第3話

 食堂の扉を開けると、セシリアお嬢様の父・クライド様と母・ソフィア様が、既にテーブルに着席していた。


「おはようございます。旦那様、奥様」

「ああ、おはよう。セリーナ」


 短く切り揃えられた灰色の髪に、淡い碧色をした切長の鋭い瞳。

 野生味を感じられるような、彫りの深い顔つき。

 そして、服の上からでもわかる、ガッチリとした筋肉質の大柄な体躯。

 見た目は完全な武官であるクライド様だが、実際は一日中机に向かっている文官であるから驚きだ。


「おはよう、セリーナちゃん」


 緩いウェーブがかかった白金色の髪に、吸い込まれるような深い紫色の瞳。

 柔和な笑みを湛えた、聖母を彷彿とさせるような美しい顔立ち。

 優雅にお茶会を楽しむような雰囲気のあるソフィア様だが、実際はクライド様とは対照的で、少し運動するといって裏庭で剣の素振りをするようなバリバリの武闘派である。

 ちなみに、私のようなメイドが相手でも基本的に「ちゃん」を付けて呼び、距離感が非常に近い。

 

「おはようございます。お父様、お母様」

「おはよう、セシリア」

「おはよう、セシリアちゃん」


 音を立てないようにゆっくりと椅子を引くと、お嬢様は「ありがとう」と言って座った。

 すると、すぐに給仕係のメイド達がテキパキと料理をテーブルに並べ始め、私は彼女達の邪魔にならないように、テーブルから少し離れたところへと移動する。


「おはようございます、ロイドさん」

「おはようございます、セリーナさん」


 そして、私と同様に離れたところで静かに待機していた男性に、小さな声で挨拶をした。

 

 彼の名前は、ロイド。

 クライド様とソフィア様両者の執事で、アーガルド家に長い間仕えている古株だ。

 一見すると、好々爺然とした物静かな雰囲気をしているが、困ったことに超が付くほどの戦いが好きという一面があり、隙あらば私とも戦おうとするのは本当に止めてほしいと思っている。


 しばらくして、給仕係のメイド達が料理を運び終えると、ようやく穏やかな朝食の時間が始まった。

 お嬢様が楽しそうに話すのを、クライド様とソフィア様は微笑ましそうに、時折お互いの顔を見合わせながら耳を傾ける。

 そんな様子を外から見ているだけで、こちらまで胸が温かくなってしまう。


 それから、いくばくかの時間が経ち。

 

 お嬢様達の食事も終わり、給仕係のメイド達が皿の片付けに取り掛かっていると、ソフィア様が「そういえば……」と言っておもむろに私の方へと振り返った。


「ねえ、セリーナちゃん。この後は何の仕事があるかしら?」

「仕事、ですか?」


 この後は、お嬢様の部屋を掃除したり、メイド達全員の仕事を見回ったり、不足品の買い出しに行ったり、と色々あるけれど。


「それじゃあ、セシリアちゃんのお部屋掃除は後回しにして、見回りはロイドに任せてしまいましょう。この後は、私とセシリアちゃんとセリーナちゃんの3人で、街へ買い物に行くわよ」

「……え?」


 突然決まってしまったことに、私は慌てて口を挟んだ。


「あ、あの、お嬢様はご存知なのでしょうか?」

「もちろん知っているわ。3人でのお出かけは、セシリアちゃんが言い出したことなのよ?」

「……そうでしたか」


 確認の意味を込めた視線を私が向けると、お嬢様はニコニコと可愛いらしい笑顔を浮かべて大きく頷いた。

 ……あらかじめ出掛ける予定を決めていたのなら、事前にきちんと私にも教えておいて欲しかった。

 まあ、密にお嬢様に確認をしなかった自分にも、相応の落ち度があるのだけれど。


「……承知いたしました。それでは、お供させていただきます」

「決まりね。それじゃあ、30分後くらいに玄関で待ち合わせましょう」


 そう言うと、ソフィア様は「よろしくね」と手を振りながら、クライド様と共に食堂を後にした。

 そして、私もお嬢様を部屋に送り届けると、足早に自室へと戻って出掛ける準備をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る