第2話

「おはようございます、侍従メイド長」

「おはようございます。アンさん」


 お嬢様の部屋へと向かっている途中。

 大きな洗濯籠を抱えたメイドが私を見つけると、急ぐ足を止めて挨拶をした。

 これは、私がお嬢様の専属メイドとなったばかりの3年前まででは、全く考えられないことであった。



 ◇



 当初、私がお嬢様の専属メイドになることに対して、以前からアーガルド家に仕えていたメイド達は猛反発をしていた。

 まあ、それも仕方のないことだろう。

 

 何処の馬の骨とも分からない奴が、今まで空席となっていた『専属メイド』という『侍従長』に次ぐ役職に、いきなり配置されることになったのだから。

 しかし、私の方も譲る気は全く無かった。もちろん少しでも恩義に報いる為だ。


 すると、クライド様はこの諍いを解決する為だといって、近くのギルドから腕の立つ冒険者を連れてくると、私と一対一で決闘させた。

 結果、私の勝ち。

 牽制として上級魔法を放ったら、相手が戦意喪失してすぐに降参してしまったのである。

 この時、自分がゲームの能力を全て引き継いでいるということを理解していたし、生半可な冒険者が相手では、この結果は当然であった。


 後日、どうしてこんな事をしたのかクライド様に聞いてみたところ、一部のメイド達から「彼女ではお嬢様を守れないのでは?」という指摘があったらしい。

 そこでクライド様は、私がお嬢様を守れるくらいの力を持っていることを見せたら、皆が納得してくれるだろうと考えたようだった。


 ちなみに、そのメイド達も私が放った魔法を見て、顔を青褪めて茫然自失となっていた。

 あの程度の魔法で驚いていたら、それこそお嬢様を守れないでしょうに。


 それから数日が経って、私は正式にお嬢様の専属のメイドに任命された。


 最初は、他のメイド達から睨まれたり、無視されるたりすることが殆どだった。

 しかし、日本人だった頃の取り柄であった勤勉さを発揮して仕事をしていると、いつの間にか他のメイド達が普通に接してくれるようになったのである。



 ◇



「……それにしても、侍従メイド長と呼ばれるのは慣れませんね」


 先日、侍従長だったメイド(以前は私を一番敵視していた人)が、結婚を機に仕事を退くことになり、その後任として私が選ばれた為、こう呼ばれるようになった。

 というのも、私の居ない隙に侍従長が他のメイド達を集めてこっそりと決定したのである。

 何故、私を後任に選んだのか理由を尋ねたところ「貴女ほど真面目に仕事してるメイドは居ないからよ」と言われた。


 そんな経緯はともかく、侍従長に選ばれたことはとても光栄な事であり、これからさらに一層と気を引き締めて頑張らなくてはいけない。

 その時の事を思い出して決意を新たにしていると、ようやく目的の場所へ着いた。


 派手過ぎない程に装飾が施された、他の部屋より少し大きな紅い色の扉。

 この先が、セシリアお嬢様のお部屋である。


「おはようございます、お嬢様」


 コンコンコンコンとノックをして声をかけるも、応える声は無い。

 遠慮なく扉を開けると「失礼します」と言ってから部屋の中へと足を踏み入れる。

 そして、白い天蓋の付いたベッドの脇まで近づくと、私の気配に気が付いたのか、お嬢様がゆっくりと目を開けた。


 サラサラと流れる艶のある金色の髪に、青みがかった鮮やかな碧色の瞳をした、可愛らしい顔立ちの少女。

 この方が私の主、セシリア=アーガルドお嬢様である。


「……ん? おはよー、セリーナ」


 寝ぼけ眼を何回か擦った後、お嬢様は私に挨拶をした。

 あぁ、天使的に可愛すぎるっ!

 しかし、そんな下心を顔には一切出さず、私は極めて平静に振舞う。


「おはようございます、お嬢様。そろそろ朝食の時間でございます」

「……ん、分かった。いつも起こしてくれてありがと」

「いえ、お気になさらないで下さい」


 貴族の人たちというのは、使用人に対して尊大な態度で接するのが当たり前らしいのだが、アーガルド家では全くと言っていいほど違う。

 本当、良い人たちに助けられたと思う。


「それじゃあ行こっか。セリーナ」


 寝間着から簡易なドレスへと着替えたお嬢様が、扉の前で振り向いて私を呼んだ。


「はい、了解しました」


 私はその声に倣い、前を歩く小さな背中から離れないように早足で続くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る