変哲もないメイドですが、いかがなさいました?

@kukky_fun

第1話

「ふう……。この姿も随分と見慣れましたね」


 部屋の隅に置かれた全身鏡に映る自分の姿を見て、感慨深く息を吐いた。


 腰まで伸びた銀色の髪に、宝石のルビーを彷彿とさせる真紅の瞳。

 精巧に造られた人形の様な、均整のとれた美しい顔立ち。

 女性としては比較的背が高く、細身ながらも膨らむところは膨らんだ体つき。

 全身を柔らかく包み込む、黒と白を基調とした長丈の侍従服。


「……本当、お嬢様たちには頭が上がりませんね」


 そう呟くと、私はお嬢様たちと出会った時を思い返した。



 ◇



 元々、私は『日本という国で暮らしていた一般的な男子大学生』であった。

 

 当時、大流行していたVR型のとあるMMORPGがあり、例に漏れず私もどっぷりとその沼にハマっていた。

 しかし、友人たちとこのゲームで完徹して遊んだ平日の早朝。

 欠伸混じりでのんびりと帰宅している途中、赤信号を無視して交差点に突っ込んできた車に轢かれてしまい、私は呆気なく死んでしまったのである。

 

 徐々に遠ざかっていく意識の中で最後に思ったのは『廃人プレイして育てたキャラがもったいないなぁ』ということだけだった。


 これが全ての始まりだった。

 

 意識が完全に途絶えた、次の瞬間。

 私は、土と砂利に覆われた道の上で、うつ伏せになって倒れていたのである。

 

 訳もわからないまま、ゆっくりと体を起こして周囲を見渡してみると、鬱蒼とした薄暗い森が全面に広がり、すぐ近くを小さな川が流れているのが見えた。


「何処だ、ここ……?」


 目の前に広がる見覚えのない景色に困惑し、思わず小さく独りごちたところで、色々と違和感を覚えた。


 まずは、声。

 普段よりも3~4割くらい高い、まるで女性のような声になっていた。

 

 次に、胸元。

 不思議と重みを感じて触ってみると、妙に柔らかくそれでいて程よい弾力を持った2つの大きな丘があった。

 

 そして、目線の高さ。

 普段よりも地面が近く、まるで体が一回り縮んでしまったように感じられた。

 

 もしかしてと思い、恐る恐る下半身の方へと手を伸ばすと、”男であればなくてはならないモノ”が無くなっていたのである。

 

 慌てて、先ほど見つけた川へと近づくと、その青く透き通った川面を覗き込んだ。

 すると、そこに映ったのは自分ではない、しかしどこか見覚えのある顔が映った。

 

 それは、ゲームの中で自分の分身として使用していたキャラクターであった、”セリーナ”の顔であった。


 思いもよらない事態に、しばらく呆然としていた私だったが、あることに気が付いて心を大きく躍らせた。

 それは、【魔法】が使えるということであった。


 理由は不明だが、自分が何故か”セリーナ”になっていると早々に理解した私は、『ゲームのキャラになったのなら、魔法も使えるのでは?』と思い立った。

 物は試しと、ゲーム内で初級の魔法である”燃え盛る弾ファイアーボール”を唱えてみることにする。

 すると、ゲームと同様に、前へと突き出した右手に赤色の魔法陣が現れ、そこから小さな火の弾が勢いよく飛んでいったのである。

 

 それからしばらくの間。

 夢中になって色々な種類の魔法を試していたのだが、グゥ〜と鳴ったお腹の音で、自分がかなり空腹であることに気が付いた。

 

 早速、何か食べられそうな物がないか辺りを探してみたのだが、見つけられたのは毒々しい色をしたキノコだけ。

 いくら空腹とはいえ、これを口にするというのはさすがに躊躇われた。


 結局、何も口にする事が出来なかった私は、落ち枝を集めながら最初に横たわっていた場所へと戻ってきた。

 そして、魔法でそれらに火を着けると、その近くで不貞寝をすることにした。

 

 段々と太陽も傾き、辺りが一層と暗くなってきた頃。

 何かが近づいてくるような音で、私は浅い眠りから目を覚ました。

 

 おもむろに顔を向けると、本や絵画の中でしか見たことのないような大きさの馬車が、いきなり目の前に現れたのである。

 

 その馬車に乗っていた人たちは、端から見たら完全に不審者である私に、親切にも夕食を恵んでくださり、さらにはお嬢様の護衛を兼ねたメイドとして雇ってくださったのである。

 

 この方たちこそ、今の私が仕えている”セシリアお嬢様”と、その父君”クライド=アーガルド様”なのであった。


 ◇


「……もしお嬢様たちに拾われていなかったら、今頃はどうなっていたのでしょうか?」


 冒険者となって、常に死と隣り合わせの毎日だったかもしれない。

 はたまた、悪い商人に目を付けられて、奴隷として何処かに売り飛ばされていたかもしれない。


「まあ、そんな事を考えていてもしょうがないですね」


 それよりも今は―――


「―――今は、ぐっすりと夢の中にいる眠り姫を起こしに行きましょう」


 自分の部屋の明かりを消すと、私は自分の部屋を後にした。

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