第7話

 シルバーウルフの串焼きを食べ終えた私は、腹ごなしをする為にとある場所へと向かっていた。

 

 アーガルドの大通りを少し北へと歩くと、待ち合わせにピッタリな美しい噴水があり、そのすぐ近くに目的地である建物はあった。


「……ここに来るのは久々ですね」


 おもむろに見上げると【冒険者ギルド・アーガルド支部】と書かれた大きな看板が目に入った。

 多くの冒険者が頻繁に出入りを繰り返し、ギルドの職員が忙しなく動き回っているのが外からでも見てとれる。

 中へと足を踏み入れると、視線が一斉に私の方へと集まった。


「……お、おい。あれ、見てみろよ」

「あん? おお……凄え美人だな」

「馬鹿野郎! もっとよく見てみろって!」

「……ん? って【白銀の悪魔】じゃねーか!」


 そんな会話が、あちこちから聞こえてくる。

 

 まさか、まだそんなダサい異名を覚えている奴がいるとは思わなかった……!


 私がギルドに初めて来た時、一級冒険者のみで構成された有名パーティーから、「仲間に入らないか」と声をかけられたことがあった。

 彼らは「色々と助けてあげられるよ」とか言っていたが、要はただのナンパ。

 

 男になんか全く興味なかったのでシカトしていると、一人の男が痺れを切らしたのか、いきなり掴みかかってきたのである。

 私はそれをひらりと躱わすと、顔面を思いっきりブン殴ってやった。

 今になって思い返せば、少しだけやり過ぎだったかもとは思うのだが、その当時は彼らがあまりにしつこくて、こっちもかなりイライラしていたのだ。

 

 それから、すぐに1対5の乱闘へと発展してしまったのだが、私がナンパ男どもを一方的にボコボコにして一件落着(?)となった。

 そんな様子を見ていた冒険者の一人が「……悪魔だ」と呟いたのがきっかけとなり、私はこんな異名で呼ばれるハメになってしまったのである。


 羞恥で暴れたくなるのを我慢して、私は早足に受付の一角へと向かった。

 そして、机に俯いて何やら作業をしていた女性に声をかける。


「こんにちは」

「はい、こんにちは。本日はどのようなご用件で……あら?」


 顔を上げた女性は私を見るなり、目を見開いてしばらく固まった後、心底嬉しそうに大きく破顔した。


「お久しぶりです、セリーナさん!」

「ええ、久しぶりですね、ミーア」


 彼女の名前は、ミーア。

 青い髪をショートにした、非常に愛嬌のある可愛らしい女性だ。


「それで、今日は一体どうしたんですか?」

「久々の休暇で時間があったので、何か簡単な依頼でも受けようかなと思いまして。『薬草採取』の依頼とか、ありませんか?」

「わかりました。少々お待ちくださいね」


 そう言って受付の奥へと姿を消したミーアは、しばらくして一枚の紙を手に持って小走りで戻ってきた。


「こんな依頼はどうでしょうか?」


 受付の机に置かれたその紙を見て、私は思わず絶句してしまった。


「……えっと、簡単な依頼をお願いしたはずですが?」


 ミーアが持ってきた紙の一番上には『一級依頼書』と書かれていた。

 ちなみにこれは、『特級依頼書』に次ぐ危険な依頼であることを示すもので、下は『五級依頼書』まで存在する。

 

 その依頼書に書かれていた内容は、最近アーガルドへと続く街道に姿を見せるようになった『ビッグボア』の討伐。

 ビッグボアとは、鋭利な牙を持った大きな猪のような見た目をした魔物だ。

 気性はかなり凶暴で、並の冒険者では歯が立たないほど強靭な肉体を持っている。

 ただ、森の奥深くが生息地なので滅多に出会うことはなく、こうして討伐依頼が出されるのは珍しい。


「はい。であるセリーナさんにとって、とても簡単な依頼です」

「あの、そういうことではなくてですね……」

 

 簡単な依頼とは、街近くの平原で出来る『薬草採取』のように、手軽に受けられるものを言っていたのだが。

 ……まあ、良いか。

 ビッグボアが、いつアーガルドの街に被害を及ぼしてしまうかもわからない。

 手間がかかるが、この依頼を受けようとした時だった。


「おい! 早く運べって言ってんだろうが!」


 突然、ギルドの入り口が勢いよく開かれたかと思うと、ガラの悪い二人組の男が入ってきた。

 そしてその後ろに、大きな荷袋を抱えた幼い女の子が、足元をふらつかせながら懸命についていく姿があった。

 他の冒険者たちも全員心配そうに女の子見ているが、誰一人として声をかけようとはしない。


「……なんですか? あれは」 


 少し離れた受付に向かった彼らを冷たい目で見つめながら、私はミーアに問いかけたのだった。

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