クズトニエ
@hopstepjump6996
第1話 ことの起こり
◯一月六日
左目の下あたりが…ずっとピクピクと疼いている。寝不足のせいだ。
ペインティングナイフ…パレット…油絵の具…よし。
チューブの奥に隠れた絵の具をパレットにひり出し、ナイフにそれをくっつける。そして、俺はキャンバスにナイフをあてはじめた。
俺は画家だ。幻想的な世界だの、見るものに疑問を投げかけるだの、見たら忘れられないだの…などなど、様々な好評を貰える画家だ。
よし。これくらいにして…朝飯を。
カチ…カチ…
時計の秒針の音が…やけによく聞こえる。
「はぁ…」
口に持ってきていた食パンを、皿におく。尚も、秒針の音が体に突き刺さってくる。
「…クソ」
俺は外に出た。宮城県の山沿いの俺の家の周りには、誰もいない。聞こえるのは吹き荒ぶ風の音と、互いに擦れ合う葉の音だけだ。
…願う。ひたすらに。夢であってくれと。チラリと横目に見た家の隣には…やはり、まだあった。それはそうだ。一昨日、俺自身がそこに置いたのだから。
俺は視線の先の縄で縛られたブルーシートの塊から、目を逸らした。
「いい迷惑だ…なんで俺の目の前で…‼︎」
目を閉じると、昨日のことが鮮明に思い出される。
◯一月五日
コンコンコン…コンコンコン…
無視だ。
コンコンコン…コンコンコン…
「…クソっ…」
俺は仕方なくナイフを置いて、音の出どころである玄関に向かった。ドアを少しだけ開けると、そこには手提げのバッグを持った男が立っていた。
「…どなたですか?」
「石井と言います。ウチの三橋が風邪を引いた為、その代わりとして来ました」
「三橋くんの…?」
三橋士郎は、俺の個展のスタッフだ。再来月開催予定の個展の打ち合わせのため、よく家に来ている。
俺は上から下まで石井のことを見てみた。小太り、禿げ上がった頭、パツパツのスーツ。随分と胡散臭い。胡散臭い画家の俺がいうのもなんだが、だいぶ怪しい。
「悪いが…あー、石井さん?俺の元にアンタが来るとの連絡は来ていない。だから今日の打ち合わせはナシにさせてもらう」
「そ、そんな。せめて話だけでも」
石井が手を伸ばし、ドアの隙間に指を突っ込んで来た。
「なっ…何やってんだ! 」
俺はドアノブをこちら側に目一杯引っ張りながら叫んだ。ドアの隙間から見える石井の異様な雰囲気に、俺はゾッとした。
「困るんですぅ、今日話したいんですぅ」
なんなんだコイツは…‼︎ 気色悪い。
「頼むからさっさと帰ってくれ‼︎」
左手をドアノブから離し、俺は石井の指をドアから取り除こうとした。
「やめてください関口さん。これじゃ中に入れませんよ」
「うるさい‼︎ 」
ついに最後の人差し指を剥がし終わり、俺はさっさとドアを閉めた。鍵をかけ、U字ロックもすぐさま閉める。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
諦めたのか、外から足音が聞こえる。帰るのだろう。ったく… なんなんだアイツは。
… そう言えば、三橋くんなら、休む時は必ず連絡を入れてくれるはずだ。スマホを取り出してLINEを確認してみるが、やはり三橋くんからの連絡はない。
取り敢えず、「今日こちらに人が来る予定はあるのか」と送っておくか。… それより、アイツ、ちゃんと帰ったんだろうな。
覗き穴から外を見てみる。
…? なんだ? 何も見えない。…まさか。俺は音を立てないように2階に行った。そして、ほんの少し…ほんの少しだけカーテンを開ける。
…『いる』。アイツ、覗き穴から俺の家の中を覗き込もうとしてやがる…‼︎ 覗き穴から、何も見えなかったんじゃない‼︎ 見えていたのはアイツの目だったんだ。
俺は窓を開けた。
「おい‼︎ お前何やってんだ‼︎ 」
石井がこちらに顔を向ける。無表情の顔からは、なんの感情も読み取れない。
「さっさと帰れ‼︎ でないと警察呼ぶぞ‼︎ 」
そう言うと、石井は何も言わずに後ずさった。そして、後ずさった。石井は後ずさり続ける。こちらを見ながら、後ろ歩きし続けている。ずっと、石井の目線と俺の目線が空中で衝突している。
なんなんだ。一体コイツは…!
「こっちを見るな‼︎帰れさっさと! 」
しかし、石井の後ろ歩きは止まらず…そのまま木の影に隠れ、見えなくなってしまった。
ポケットの中の携帯が震える。LINEが帰ってきたか。
「今日は僕行く予定ないです」
やはりな。
「誰かこちらに来るとかないのか? 」
「ないです」
決まりだ。石井は三橋の代わりではない。誰でもないただの変質者だ。アイツを家にあげていたらと思うと…。
というか…どうする? 俺は午後から用事がある。つまり、この後家を出なければならない。いや落ち着け。さっさと断りの連絡を入れればいいだけだ。その後警察に連絡して……いや…ダメだ。
俺は背後を振り返った。そこには、制作途中の油絵がある。この絵画の完成のためにも、警察との事情聴取で時間を無駄にしたくない。絵画教室を休む?バカ言え。あの人に会えなくなる…
「クソ…クソックソックソッ‼︎ 畜生‼︎ 」
落ち着け…‼︎ 冷静なれ関口恭吾‼︎ 俺は天下の油絵師、関口恭吾だぞ。たかがおっさん…‼︎ 俺よりも年いってそうなただのおっさんだ‼︎ 何を恐れている。
昼ご飯のメニューは簡単なカレーだ。じゃがいも、肉、玉ねぎ、ほうれん草、にんじん…まぁあとは適当に野菜を入れていく。我ながら美味しく作ったものだ。ほどほどの辛味が舌を焦がし、頭を刺激していく。…そうだ。こんど、このカレーをあの人に持っていこうか。いや、俺が作ったものを渡しても怪しまれるかもしれない。もっと会話を挟んでからの方が…
俺はガレージに行き、車に乗り込んだ。ルームミラーを俺に向け、髪型をもう一度整えていく。
髭の剃り残しはないか、鼻毛は出ていないか、顔を確認していく。よし。いつも通りだ。
よし行こう。と思った時、石井のことが頭をよぎった。…一応、一応武器になりそうなものを持っていくか。車を出て、壁に立てかけてあるバットを手に取ってみる。素振りを練習しようとしてギックリ腰になってから触っていなかったが、まぁ、お守り代わりにはなるだろう。
山の中、車を走らせる。もはや俺だけしか使っていないような道路なので、俺はどこか安心していた。家の中を歩いているようなものだと思っていた。アイツがいるかもしれないことを、頭の隅に追いやってしまっていた。
瞬間、フロントガラスに衝撃が走った。そして、蜘蛛の巣状のヒビが入る。
「うっ‼︎ うおおおおおおっ‼︎ 」
ハンドルを切り、ひたすらにブレーキペダルを踏む。何かを踏んだ‼︎ …車が止まった。
「ハァ…ハァ……ク…クソッ‼︎ 」
俺は拳を振り上げ、ハンドルを殴った。そして、もう一度拳を振り上げ、ハンドルを殴った。
冷静になれ俺…
一瞬、落ちてきた物が見えた。アイツだ。後ろの座席に手を伸ばし、バットを握る。その手には、ベッタリと汗が滲んでいた。車を降りると、やはり石井が倒れていた。
「ぐ…が…」
その手足はあらぬ方向に曲がり、頭も奇妙に凹んでいる。…もはや時間の問題だろう。
「おい…石井‼︎ どうした? 何があった⁈ 」
石井は口を開けた。先程は白かった歯が痛々しく真っ赤に染まっている。ヒュー、ヒューと口から息が漏れている。そして、舌が動いた。
「…白……木…冴」
「は?」
石井が動かなくなった。
「おい…何を…白木冴? 」
石井の首…そして手首に、手を当ててみる。…瞳孔も見てみるが、やはり事切れている。チラッと腹の方も見る。そこには、タイヤの跡がくっきりとついていた。不自然に凹んだ腹…。俺が車で轢いたんだ。
左目の下が、ビクビクっと痙攣する。
「ああああ‼︎ なんなんだお前はぁぁぁぁっ‼︎ 」
今、この瞬間、俺が変容していく。未来へと続く分岐点を、今確かに越えた。それも悪い方に。
「あああああああああ‼︎ ぐっ…ぐおおおおおぉ…‼︎ 」
俺は画家だ。絵で飯を食っている。誰が人を轢いた画家の作品を買ってくれる?決まってる。買ってくれるわけがない。このまま警察に向かってあれこれと話して、要らぬ嫌疑でもかけられでもしたら…‼︎ 商売あがったりじゃないか‼︎ 要らぬことをしてくれたな全くこのクソが‼︎
その時、風に吹かれた周りの樹木や草木が、ガサガサと音を立てた。俺は咄嗟に辺りを見回した。あぁ、クソが‼︎ …なんで俺がこんな万引きしてビクビクしているようなガキみたいな真似をしなければならないんだ…‼︎
それから俺は一旦家に徒歩で帰り、納屋に置いてある台車を転がして、それに石井を乗せてまた帰った。安全を考えると家の中に入れるのが得策なのだろうが、もう既にハエが寄ってきているこの『クソ』を家に入れるのは気が進まない。
そして、俺は石井をブルーシートで包み、縄でキツく縛った。幸い今は冬…屍臭が出るのも少し遅れるだろう。
◯現在
俺は目を開けた。眼下には、広大な森林が広がっている。
「…白木…冴」
昨日、石井が口にした名前は…俺の知っている名前だった。…俺が恋している人の名前でもある。結局、昨日は絵画教室に行って…会えなかったのが残念だが…。
「人を轢いた男をあなたは好きになってくれるのか? 」
答えは言うまでもないだろう。…吐き出した白い息が空に溶けていく。
「…石井…なんでお前が白木さんのことを知っている…? 」
風に乗って…石井の屍臭が流れてくる。俺はパタパタと手を扇がわりにして臭気を払いつつ、ため息をついた。さて…埋めるか…
死体処理など、当然ながら俺はしたことがない。だが、しなければならない。掘る穴は三メートルだ。妥協はしない。シャベルを地面に突き刺し、下に押す。持ち上がった土砂を脇に置く。これを繰り返す。ひたすらに。
柔らかい土だ…簡単に掘れる。…よし。
腕時計を見ると、掘り始めてから既に三時間が経っていた。あたりはもうすでに真っ暗であり、持ってきたオイルランプと懐中電灯だけが頼りだった。体のあちこちが筋肉痛で痛いが…休んでいる暇はない。
縄を解き、ビニールシートを開ける。一日ぶりに見た石井の顔は…思ったほど変わっていなかった。
そういえば、コイツの身元を知るためにも、持っているものを漁ってみたほうがいいかもしれない。
俺は石井の背広のポケットやズボンのポケットを探り始めた。
「チッ…」
爪の隙間にカピカピに乾いて粉末状になった血が詰まってしまった。明日あたり警察が来てこれを調べられたらまずいじゃないか。…いや大丈夫だ。あとで念入りに洗えば良い。
そうこう探しているうちに、何かの感触が背広の内ポケットにあった。
引っ張り出してみると、それは金属でできた十字架だった。血がべっとりとついていて、気色が悪い。一応それの写真を撮って、また探ってみたが、それ以外には何もなかった。財布すらない。現金や交通系ICカードも無しに、コイツ、どうやってここまで来たんだ?
おれは穴から出ると、シャベルを使い穴を埋め始めた。
「石井。悪かったな」
一応謝った。吐き捨てるように。
「おっと…」
十字架を埋めるのを忘れていた。俺はそれ穴に投げ捨てつつ、そして最後の土をかけ終える。その上に落ち葉で覆えば…完成だ。これで誰にも見つかるまい。
「あ」
待て…コイツ、確か荷物を持っていた気がする。そうだ。ハンドバッグのようなものだった。俺に轢かれた時、コイツはそれを持っていなかった。俺は周りをキョロキョロと見回した。…あるわけがない。
俺に轢かれる前に捨てたというわけか。どこにだ? 腕時計を確認してみると、やはり午後7時を回っている。クソ…もう遅いが、一応確認しておかねば。
俺はその場を離れ、左手にランプ、右手に懐中電灯を握って、あの場所の真上に向かった。そこは、石井が身を投げたと思われる崖だった。崖といってもそれほど高くはなく、せいぜい十メートルくらいだ。ここの下に俺があいつを轢いた道路がある。
アイツはここの崖に立ち…タイミングを見計らって飛び降りて、俺の車と激突したのだ。…辺りをライトで照らしてみるが、これといって何もない。倒木を蹴り飛ばしてみるが、見えるのは驚いて飛び出してきたゴキブリやムカデくらいだ。
…何もない。何もないなら、また明日だな。アイツのカバンがこの山に捨てやられているという事実は看過出来ない。もし第三者がそれを発見すれば、石井の死にたどり着く可能性がある。
ふと…視界の端に『白色』が映った。崖下を覗くと、そこには何もない。
いや…いる。白い全裸の人間だ。鋭い恐怖が頭を侵食し、心臓が高鳴っていく。
俺は思わずライトをそこに向けてしまった。そいつはこちらに気がついたのか、こちらを向いた。笑っている。顔いっぱいを笑顔にしている。そして、そいつは走り出した。道路を登っている。これからどうなるかを一瞬で考えた俺も、サッと走り出した。
俺が今いる場所は袋小路だ。もしアイツが道路を登り切り、こっちに向かってきたら俺は崖から飛び降りなければならなくなる。俺が今からすべきは家の中に飛び込んで、玄関の鍵を閉めることだ。幸いここから家は近い。恐らくなんとか間に合うだろう。
ザザザザ…
山が唸っている。葉が激しく擦れ合っている。俺は疲れを感じなかった。身体が非常用に切り替わったみたいだった。俺は木々の隙間から見える坂道の入り口を注視していた。アイツが未だに走っているなら、次の瞬間にはあそこから顔を出すかもしれない。…家が見えた。俺は横を向いた。
「あぁぁぁっ‼︎くそっ‼︎」
そいつの姿が見えた。そいつが俺と同じ地面を走っているというこの事実を今、この手で、サーっと否定できたらどんなに嬉しいだろうか。身体が暖かい。汗が滝のように流れる。
目に入った汗を手で払い、俺は叫んだ。なんだって俺がこんな目に…‼︎ 落ち着け…現実を見ろ…! シュミレーションしろ次の瞬間にすることを‼︎ 鍵穴に鍵を入れ、回し、そこに体を滑らせる。それだけだ‼︎ それだけでいい‼︎
俺とそいつの距離は凄まじく近かった。小石にでも足を取られたらすぐに捕まってしまいそうだ。俺は鍵を握った手を目一杯伸ばし、鍵穴に差し込み、そのまま回した。
「うおおおぉぉっ…‼︎ 」
そして家の中に入り込む。間に合った‼︎
ドンドンドンドンドンドン
ドアが激しく叩かれる。俺は震える手で素早くU字ロックと鍵を捻って閉めると、その場に尻餅をついた。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
け…警察…‼︎ スマホに手が伸びる。電話のアプリに手が伸びるが、俺はすんでのところでその手を引っ込めるしかなかった。殺人者が警察を家に呼ぶ? 俺はそんな酔狂な真似はできない‼︎
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
鼓動と口から漏れ出る息の音とドアの音がうるさい。安全圏にいるという俺の安心が、俺を現実に引き戻した。俺は震える手で上着を脱いだ。ワイシャツと肌が汗でべっとりとくっついている。
「…ふぅ…あぁ…あ」
俺はこの場を動けなかった。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
このドアを破られた時のための武器が欲しい。俺は玄関に飾ってある、絵画で賞を取った時のトロフィーを手に取った。これしかない。アイツがここに入ってきたらこいつで殴り殺す。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
「この中に入ってきてみろこのクソが‼︎ 入ってきた瞬間お前を殺してやる‼︎」
そう叫んでみるが、ドアを叩く音は止まらなかった。
ドドンドドドンドド…ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
な…なんだ? 音が変わった。これは、もしかして、『複数人』なのか? 間断なくドアが叩かれている。
「やめろ、やめてくれ!やめろぉぉっ‼︎ 」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
◯一月七日
あの後、あの白色の化け物は、恐らく帰って行った。急にドアを叩くのをやめて…どこかに行ってしまった。
…左目の下が疼く。食パンを袋からニ枚取り出し、それをそのまま机に置いた。朝ごはんは食えなかった。食う気分じゃなかったのだ。
「…はぁ」
食パンニ枚を重ねて口元に持っていき、噛む。ペットボトルのお茶を啜り、口内でそれを混ぜ合わせ、強引に飲み込む。とりあえず…大丈夫だ。大丈夫…。
この台所に来る前まで、俺はずっとドアの前に座り込んでいた。だから尻が痛い。
もう何もかも疲れてしまった。作品を完成させなければならないのだが、どうしてもやりたくない。…というか、この家にいたくない。ここから離れたい。
汗が乾いた衣服と体からは、ほのかに臭気が漂っている。服を脱いで洗濯機に投げ入れる時になって、なぜか石井の屍臭も思い出されて、反吐が出るような気分になってしまった。
最悪だ。何よりまずいのは、俺はあの白いクソ野郎に対して、自力でなんとかしなければならないということだ。警察を呼べば、それだけ石井のことについてバレる可能性が高くなってしまう。
なんだか、石井を埋めたことが悪手だったように思えてきた。いや、もうどうしようもない。
俺はLINEを開き、三橋くんに車を手配するように頼んだ。三橋くんは二つ返事でこれを了承してくれて、俺は心からホッとした。スマホを机に置き、ため息をつく。
また、左目の下がピクピクと震える。
一時間後、チャイムが鳴った。ドアを開けると、そこには三橋くんがいた。
「…こんにちは。…あの、先生、大丈夫ですか?」
「ん、あぁ。大丈夫だ」
「だいぶやつれているようですが」
「心配ない。少し疲れてるだけだ。今日君を呼んだのはLINEでも話した通り、ちょっとこの家で絵を描くのがマンネリになってきてね。N市にあるアトリエでやろうと思うんだ」
「はい。滞在はどれくらいになるんでしたっけ」
「…二週間くらいだ」
「そんなにですか」
「悪いね。でもしょうがないことだ。お金は私が出すから許してくれ」
「わかりました」
俺と三橋くんは二人がかりで制作中の作品をニ階から運び出した。
「これ…完成してないんですよね? 」
「あぁそうだ」
「その割にはなんというか、こう、もう完成しているように見えるんですけれど」
俺はキャンバスの角を壁に擦らないように慎重に足を下ろす。
「あー、まぁ確かに色塗りはな。でももう少し手を加えたいんだ。絵のことに関しては妥協したくなくてね」
「流石先生。題名はなんて言うんです?」
「…それはまだ決めていない」
車にキャンバスと生活用品を詰め込み、あとは俺自身の体をねじ込む。それを見届けた三橋くんが、エンジンをかける。
車がゆっくりと坂を下っていく。俺はなんということもなく外を見ていた。不意に白い笑顔の男が視界に入った。…バカか俺は。アレはただの木じゃないか。木肌が禿げて、明るい面が出ているだけの。
俺はそこから目を逸らして、前を向いた。もうどうでもいい。幸い金ならいくらでもある。金さえあれば、この世の問題の大多数はなんとかなるのだ。
白木さんに会いたい。今すぐにでも。
◯同時刻、関口が乗っている車から五十キロ離れた一軒家
時々、兄の夢を見る。兄と言っても、他人のようなものだった。自分の世界に籠るのが好きで、友人を家に連れてきたこともなく、ずっと一人だった。私と親しく会話することもなく、いつも他人と話すように冷ややかだった。
なんでそんな人のことを思い出すのか全く見当がつかないが、とにかく最近、夢に見るのだ。
「ん…」
アラームが鳴った。仮眠は終了。今から残りの仕事を片付ける。恐らくもう五十分頑張れば終わるだろう。
カタカタカタカタカタカタ
キーボードを叩く音が大きくなっていく。音をかき消したいのだ。アイツのいびきの音を。アイツは戸を隔てた先で寝ている。酒臭い息を吐き出しながら。
発覚は三ヶ月前だった。コイツは私が仕事をしている間、私が子供のオムツを買いに行っている間、保育園に子供を迎えにいっている間に、女を家に連れ込んでいやがった。この男は、裏切りを知った私がどれだけ泣いたかを知らない。私が良妻賢母の仮面を被って、この男のために愛妻弁当を作る屈辱すら知らない。
思い知らせてやる。
カタカタカタカタカタカタ
十二時。明日の仕事のためにもう寝なければならない。立ち上がり、戸を開けて寝床に入る。息子がなんの異変もなくスヤスヤと寝ていることを確かめると、私は横に寝ている男には目もくれず自分の布団に入った。
音がした。起きてそこを見ると、男が立っていた。夫だ。
「話がある」
涼介は背中越しにそう言うと、戸を開けて向こうに行ってしまった。
私は眠い目を擦りながら枕元のメガネをかけ、立ち上がった。
涼介は流しの水道を開けていた。水の音がシンクに当たる音だけが響いている。その音が少し途切れた後、水道が止まった。涼介は水に満ちたコップを二つ持ち、椅子に座った。
涼介は私が座るであろう席の近くにコップを置き、そこに座れと促した。
「なに…なんなの?」
「いいから座れ」
一抹の恐怖が降りかかる。でも、私は席に座った。
「喉が渇いていないか?」
「え」
「喉だ。起きたばかりでカラカラだろう?飲まなくてもいいなら、流しに捨ててこよう」
「の、飲むわ。飲む」
私はそのコップをひったくるように持ち、中身の水を飲んだ。実際、渇いていた喉に水道水は良く効いた。涼介はそんな私をじっと見つめながら、ため息をついた。
「…よし。じゃあ、まずこれを見てくれ」
夫は封筒を机に置いた。
「なにこれ…」
「開け」
手を伸ばして、封筒の中身を出すと、見慣れた緑色の紙が出てきた。
「は?」
「離婚届だ」
心臓の音だけが聞こえる。『先手を取られた』のだ。
「お前、不倫しただろ」
涼介はそう言いながら身を乗り出し、私が持っている封筒を掴んだ。思わず私は手に力を込めて、涼介にそれを渡すまいとした。
「離せ」
力が…何故か緩まる。そして、涼介は封筒の中を机にぶちまけた。三枚の写真、そして離婚届。どの写真にも、私と高橋君の顔が写っている。
「大学生か。さぞ食べごろだったんだろう。『わかる』よ」
喉がカラカラになる。水を飲んだばかりなのに。私はコップに手を伸ばしたが、それより先に、涼介が私のコップに触っていた。涼介はそのコップを私の手の届かないところに置いた。
「どうした?何を焦ってる?夫婦『水』入らずだろ?」
私はこの時、夫に、「あんたも同じことをしたでしょ」と追求すべきだった。そうすれば私としての威厳が保てたかもしれない。『対等』でいれたかもしれない。
でも、全く考えが浮かばなかった。もはや問題ですらなかったのだ。私と高橋君の関係がバレていたというのが、衝撃的すぎた。
「俺を選んだお前の審美眼は確かだったな。お互い似たもの同士だ」
足が震える。目が泳ぐ。どこからか音がする。
「俺は言い訳するつもりはない。お前に対して魅力を感じなくなった。だからマッチングアプリを使って女を引っ掛けた。お前もそうなんだろ?」
「あぁ…」
急に、夫が拳を振り上げる。そして、机を殴った。その時、私は夫を凝視することしかできなくなってしまった。
「俺はいずれお前と別れるつもりだった。お前といると息が苦しいんだよ咲…だから、他の女とした時は解放されたように感じたよ。金も用意している。慰謝料なら持っていってほしい」
そう言って、夫がコップの水を飲み下していく。
「不思議な女だよなお前は。俺が浮気した時と同時期だぞ?お前が高橋君に股を開いたのは。浮気をしながら浮気を責める時の気持ちが気になるなぁ全く」
夫がコップを下ろす。
「何か言いたいことがあるか?」
「…なんで…なんで。なんでわかったの?」
「クッ…ククククク…ググッ……ハハハハ!ははははは‼︎」
夫が笑い転げる。
「そ、それ、本気で言ってんのか?ははははは‼︎ 」
夫が笑う。ようやく落ち着いたのか、夫がため息をついた。
「臭いからな、お前。男の匂いがする。あとは適当に後をつけるだけだ」
自分の顔が赤くなっていくのを感じる。
「あ〜そうだ。これはお前を責めているわけじゃないんだよ。咲、俺の要求はたった一つなんだ。『黙って離婚しろ』。簡単だろう? 俺は出ていってやる。俺とお前で折半して買ったこの家も‼︎ 車も‼︎ 土地も‼︎ 全て咲の物だ。文句など一切つけないとここに約束してやる。そして、俺の下着が入っていた棚。あそこには慰謝料の相場よりもかなり高い六百万円が、現金で入っている。それで納得しろ」
そう言いながら、夫は私の方にコップをよこした。
「俺はこの家を出ていく。翔太ともニ度と会うことはないと誓おう。お前が一人で育てていけ。あぁ。もちろん養育費も月々に何割か払おう」
破格の待遇を私に話す涼介の顔は、どこか清々しい雰囲気が漂っていた。
「お前はただこのことについて『黙って』離婚すればいいだけ。黙らなかったら、お前と高橋君がやってるデータをお前の実家のポストにでも入れてやるよ。もしかしたら会社になるかもしれないが」
実家のポストに入れても無駄だ。あそこにはもう誰も済んでいない。そのことすら、私は言い返せなかった。私が上であって欲しかったのに…‼︎
◯一月八日
朝起きたら、夫はいなかった。本当に出ていったらしい。私の個人情報以外が記入済みの離婚届だけが、机に置かれている。
何も考えずに、箪笥の、夫の下着が入っていた引き出しを開けてみる。本当に札束が入っていた。
気づけば、私は泣いていた。壁に寄りかかり、崩れ落ちるように座り、膝を抱えた。
「ぐぅぅぅ…ぐっがっがっ…ぎ…ぐぅぅ」
女として、アイツに下に見られていたことが耐えられなかった。バレなければ良かったのに。なんでなんで。
…実際、私は私のことをクソだと思わずにはいられなかった。でも、あちらは私に対して愛を注がず、その上浮気までしていた。浮気してしかも純愛だったなら、私の方が偉いんじゃないか?私の方が優れているんじゃないか?
バカか私は。どっちもクソだからこんな結末になったんだろうが。確かに、私は高橋君のことが好きだった。でも、私は既婚者だった。好きになるべきじゃなかったんだ。
当たり前のことだとわかっていたけど、高橋くんという甘い蜜を啜らずにはいられなかった。なんとかなると思っていた。バレずになんとかなると。バレなければ何をしたっていいと。意識したことはなかった。いや、そもそも目を逸らしていたんだ。自分が最悪のゴミと気づきたくなかったんだ。でも気づいてしまった。
「ママ…」
振り返ると、そこには息子がいた。不安そうに眉毛を曲げ、こちらをじっと見つめている。私は息子に見られないように涙を拭った。
「どうしたの?」
「なんでもないわ。お腹すいた?」
「うん」
もう…なんか…苦しい。全てがおかしい。その時、私は兄のことを思い出した。あぁ、今は取り敢えず…相談する相手が欲しい。
◯同時刻、N市、アトリエ
電話が鳴っている。俺はため息を吐きつつ、スマホに表示された緑色のボタンを押した。
「だれだ?」
「え…えと」
「待て」
俺は向こうにそう言うと、はるか昔に記憶の端に捨てやった名前を思い出そうとした。そして…思い出した。
「咲…なのか?」
「そうよ」
「…これは驚いたな。何年ぶりだ?十…いや、十三年だったか?」
「十六年よ」
「そんなにか。ということは…お前が十八、俺が二十五の時に会ったのが最後か」
「…そうなるわね」
昔のことが瞼の裏に、泡のように浮かんでは消えていく。怒鳴る母親、俯く父親…それを遠くから眺めている妹。笑えることに、悪い思い出しかない。
「勘当されてからはどうだったの?」
「あぁ…そこら辺は俺のwikiに載っているはずだが…見てないか?」
「見てないわ」
「そうか。バイトを転々としつつ、芸大に受かって、絵を描いていたら客が集まってきたって感じだな。そちらはどうだ?」
電話の向こうで、咲が押し黙る。もしかして、聞いちゃいけない質問だったか?まぁ、俺も黙っているか。ちょうど創作意欲が湧いてきたところだ。
スマホのスピーカーボタンを押してそれを机に置くと、俺は代わりにペインティングナイフを手に取った。
「ねぇ」
よし…ビリジャン(緑色の一種)をここに塗ろう。もっと、もっと押し付けていい。
「ねぇ‼︎ 」
「…ッチ…なんだよ今いいところなんだ。邪魔しないでくれないか? 」
「ハァ…本当に変わってないわね」
……興が削がれてしまった。
「話したいことがあるなら話せ。勘当されたろくでなしの俺に電話をかけてきたんだ、どうせ、余程の事情があるんだろう? 」
十分後、俺は笑い声を抑えるのに必死だった。この女、俺と同じようにクズじゃないか。なんだ? 浮気をしているくせに夫の浮気を責めやがる女なんて本当に存在していたのか? 笑いが止まらないぞ。その癖、妙に『悲劇のヒロイン面』していやがるのも笑いを誘ってくる。タチが悪いのは、自分に毒リンゴを食べさせる魔女の配役が、『どうしようもない自分』になっているところだろうか。悲劇のヒロインになるためには、自分じゃどうにもできそうにない悪役を用意するもんなんだよ普通は。例えば、石井や、あの白い面の化け物のような…。
「…そうだな。俺と一緒に住むか? どこかで家を建てて」
「え? 」
俺は我ながらこれを名案だと思った。今話した感じでは、咲は流されやすいクソ女と考えてみていいだろう。ならば、盾がわりに飼ってやるのもいいかもしれない。幸い金なら、人生を二十回繰り返せるくらいには有り余っている。女一人とガキ一人を養う余裕は十二分にあるのだ。
「恭吾って、家ないの?今どこに住んでんの?ここ?」
「あぁ…まぁ諸事情で家を手放そうと思っていてな。新しく建てる予定なんだ」
「諸事情?」
石井の遺体、掘り起こされた土、白い化け物が思い起こされる。俺はため息を吐いた。
「あぁまぁ、俺の家の近くの崖が、最近落石がひどそうだから家を移そうと思って」
「…成る程」
まぁ、俺が新しく建てる新居にあの化け物が再び来るかはわからないが…親と子、そしてその親が何よりクズならば、俺の絵の題材になるかもしれない。
関口恭吾、渾名は『魂の画家』、『心を映す画家』、『見つめ直させる画家』。自分の心の中を反映させた絵を、さまざまな画材…例えば水彩絵具や、油絵具、果ては銅板に至るまで使い、作り上げることで有名だ。
一度画廊を開けば、たちまち客に絵が売れ、その財で作り上げた家で一人黙々と制作作業を続けているという。年齢は四十一歳。妻と共に子供もいない。
wikiで調べた内容だが、本当に成功しているようである。『私はこんなに惨めなのに』。…嫌な考えだ。でも、この感情に嘘はつけない。私が下に見ていた兄。私が見て見ぬ振りをしていた兄。興味すらなかった兄。支援してくれると言ってくれた兄。
あぁ、なんでこんなに憎いのか。自分を見つめ直すと、その答えもとうにわかっていることがわかる。
下に見られているのだ。兄に。それが我慢ならない。お前は、人とまともに喋ってこなかった引きこもりで社会不適合のゴミだろうが…‼︎
恭吾の電話の後、私はスーパーに行った。食べ物を食わなければ、私も息子も飢えてしまう。どんな状況でも何かを食わなければならない。車を走らせている時、「このままアクセル全開で天国まで飛んでいけたらどんなに良いだろう」とかなんとか思ってしまった。
カートを押しながら、横目で楽しそうにはしゃぐ息子を見やる。
「そこのキャベツとって」
「わかった」
息子が小さい手でキャベツをカートに入れる。そんな様子を見たら、可愛いと思うのが普通なのだが、もうどうでも良かった。先ほど、スーパーに来る前に、私の不倫相手である高橋くんに連絡したのだが、どういうわけか全く繋がらなかった。捨てられた…と理解するのに数秒もかからなかった。…もちろん、私から「もう別れよう」と言うために電話したのだが、それでもあちらから捨てられた。
腹が立つ。いつだってそうだ。私にはなんで、場を動かす力がないのだろうか。許せない。いつだって先手を打たれる。いつだって、私には私の行く末を決める権利がない。
「わあ‼︎ ねぇママぁ! あれ見て! へんな格好! 」
息子が指を刺した方を見ると、確かに変な格好をした人たちが歩いていた。白い頭巾を被った覆面の人々が、次々とスーパーに入ってくる。
「あれ何ぃ?」
「さぁ…コスプレ…じゃない?」
覆面の人々は唸っていた。ひたすらに唸りながらスーパーのエントランスに集まっていく。
オーオーオーオーオー
…気味が悪い。早く帰ろう。そう思った瞬間、白い頭巾の人々が一斉にこちらを向いた。靴がスーパーの床に当たる音が一斉に響き、一斉に止まる。
「な…なに?」
翔太も不安そうにしている。辺りを見回してみるが、先ほどまでいた客は、全員どこかに行ってしまっていた。
私と翔太と、白い服の連中だけが、この空間の中で息をしている。
「あ…あなたたち、いったい何なんですか‼︎」
翔太の手を強く握り、叫ぶ。しかし、頭巾の人々は押し黙ったままだった。
フッ
頭巾の人々の塊の中から、吐息が漏れる。それを皮切りに、吐息は伝染していき、いつしかそれは、笑い声となった。
フフフフ…ククククク…フフフ……はははは…ふふふふふふ…くくっ……フフフっ……ハハハハ…ふふふふふふ…
スーパーは、まるで熱狂に狂ったライブ会場のようになっていた。私の方は、もはや気が狂いそうになってしまった。翔太と、まだ会計を済ませてすらいない食品を抱え、頭巾がひしめくこのスーパー唯一の出口に走り出した。
「ハズレか」
「マルバ…」
「あぁ…」
「いいな」
「最上の…」
頭巾たちは私たちに道を開け、口々に何かを囁きながらこちらをじっと眺めている。私は叫びながら走った。
「ああああっ‼︎あぁぁぁぁ‼︎」
◯一月九日
左目の下あたりが痙攣する。…どうでもいい。絵の方が大事だ。
俺は毎回思う。そこらを歩いている野郎共がしている仕事より、俺の絵の方が世の中を回しているということを。
昔、気まぐれで何も考えずに作った落書きが、金持ち連中にそれまでで一番の値段をつけられて買われたことがある。魂を込めた絵より、気を抜いて適当に描いた絵の方が良く売れたのだ。
くだらん。全く。連中は芸術のことをわかった気でいるが、結局は俺というブランドに引っ張られているに過ぎない。何となくみんながこの絵を良いと言っているから、それらしい事を言って、合わせて褒めているに過ぎない。実にくだらん。
だが同時に、実に笑える事実じゃないか。一度有名になれば、売れるのは簡単。どこか遠くの南の大陸や島国で、大勢が餓死しようが何しようが、人の心は動かせない。そそれに引き換え俺は落書きで楽に偉ぶった金持ちの心を掴んでしまう。
「ククククク…」
実に笑えるじゃないか。人の生も死も、俺の芸術の前では塵芥同然。皆が皆、俺の絵の前にひれ伏し、感動を味わうのだ。
「そうに決まっているじゃない。あなたは天才なんだから」
「そうだ俺は天才だ…」
懐かしい母の声だ。
俺の心の中のペンが、母の輪郭を空に描き始める。俺が勘当された場面の、少し前か。
「あなたは特別。誰もあなたの才能に勝てやしない」
「ククククク…ふふふ…」
「友達が作れないなら、もうそんなに頑張らなくてもいいんじゃないの?あなたには絵がある。それさえあれば何にでもなれる」
「母さんにそう言われずとも、俺はこの道に進んでいたさ」
ナイフをパレットに押し付け、それをまた、キャンバスに押し付ける。
「絵が売れなくなったら、あなたは絵を描くのをやめるの?」
ナイフが空中でピタッと止まる。
「…やめない。俺には絵しかない。彫刻しかない。芸術しかない。なのにやめるわけないだろ。絵が売れなかったらしょうがない。餓死するまで絵を描いてやる。仕事、食べ物、睡眠、性欲…こんなものどうでもいいんだ」
左目の下が痙攣し続ける。
「確かに多少はショックかもなぁ…だがそれはしょうがない事だと割り切るさ。絵に魂を込めるのは普通だ。落書きは描き飽きた」
母さんがこちらに近寄る。そして、額を撫でた。そして、指は髪の下を滑り、『穴』に触れた。
「この傷は…大丈夫?」
「大丈夫だ。頭に穴は空いていても俺の芸術にとって、それは些事でしかない」
頭が揺れる。眠い…流石に寝なさ過ぎたか。……何か、冷たい。
頬に、硬く、冷たいものが当たっている。あぁ、そうか。これは床か。
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィィィ…ギッ…ギュゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
機械音だ。何かを削っている音。俺を抱き抱える父親。その顔は暗く、何も見えない。母の方を見ると、その顔には満面の笑みがあった。
クズトニエ @hopstepjump6996
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