第四話 お口に

 Ⅰ県に在住の、Sさんという女性から聞いた話だ。

 ある時Sさんが、娘のNちゃんを近所の公園で遊ばせていると、Nちゃんがこちらを見上げて、妙なことを言った。

「今、女の人が、あのおじさんのお口に入っていった」

 そう言って指さした先にはベンチがあって、見知らぬ中年の男性が一人、じっと腰を下ろしている。

 女の人などいない。いや、そもそも「口に入っていった」とは、どういうことか。

「女の人がお口に入るわけないでしょ。ほら、指ささないの」

 SさんはNちゃんをたしなめ、手を下ろさせた。しかしNちゃんは、その後も男性が立ち去るまで、ずっとそちらの様子を気にしているようだった。


 それから一ヶ月ほど経ってのことだ。

 Sさんの家に、親戚の叔父が訪ねてきた。ちょうど用事があって近くまで来たので、Nちゃんの顔を見にきたという。Nちゃんは叔父に懐いていた。

 ところが、叔父がNちゃんと遊ぼうとすると、途端にNちゃんが首を傾げて、不思議そうに尋ねた。

「おじちゃん、どうしておじちゃんのお口に、シカが入っていくの?」

 ……まただ。Sさんは苦笑して、Nちゃんに言った。

「鹿さんは大きいから、お口に入らないでしょ?」

「でも、今入ったよ?」

 Nちゃんはかたくなに、そう言い続ける。と、そこで叔父が、ハッとしたように呟いた。

「もしかしたら……鹿の幽霊なのかもなぁ」

 何でも叔父は猟友会に入っていて、先日鹿を一頭仕留めたのだという。鹿の肉は鍋にして、仲間達でいただいたそうだ。ひょっとしたら、その時の鹿が、怒って化けて出たのかもしれない。

 叔父はNちゃんに、おどけた調子でそう説明した。Nちゃんは少し怖がりながらも、ケラケラと笑っていた。

 その様子を眺めながら――ふとSさんは疑問に思った。


 一ヶ月前にベンチに座っていた、あの男性。

 ……あの人はいったい、食べたのだろう。


  *


 『絵本百物語』に「しおちょう」と題された一編がある。塩の長司という悪食の男が老馬を殺して食らったところ、毎日その時刻になると老馬の霊が現れて、長司の口から腹に入り苦しめ、ついには取り殺してしまったという。

 仮にこういうことがあるとして、では、Sさんが見た男性は……。

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