第二話 アイドル

 Kさんという会社員の女性から聞いた話だ。

 Kさんがかつて学生時代に交際していた男性に、M君という人がいた。

 同じゼミの学生で、性格はおとなしく、とても知的で真面目な男子だった。Kさんは、M君のそんな部分に強く惹かれていた。

 ところが――そのM君がある時、突然アイドルにはまり出したという。

 何というアイドルかは、分からない。聞いても教えてくれなかったからだ。

 ただ、ライブには頻繁に通い、CDやグッズも片っ端から買い集めていた。

 当時M君は一人暮らしをしていたが、そのアイドルの追っかけのためなら生活費を切り詰めるのもいとわないようで、気がつけばガリガリに痩せこけ、髪は伸び放題。着ている服すら何週間も変えず…と、ひどい有り様になっていたそうだ。

 当然Kさんにしてみれば、許し難い変わり様だった。

 いや、容姿だけの問題ではない。一緒に話していてもアイドルの話題しか口にしないし、デートに誘ってもライブ優先で断られるばかり。こうなると、すでにM君の気持ちがKさんに向いていないのは、一目瞭然だった。

 だから――Kさんはついに堪りかねて、M君に別れ話を切り出したという。

「どこのアイドルだか知らないけど、そんなにその子の方がいいなら、もうずっとその子のことだけ見てればいいじゃん。……別れよう?」

 Kさんのその言葉にM君は、にまぁ、と、喩え様のない笑顔を見せたそうだ。

 Kさんは、思わずぞっとしたという。

 ……M君はそれ以来、音信不通になった。

 電話やメールが通じないどころか、大学にも姿を見せない。そのうちに彼のご両親からKさんの方に連絡が来て、M君が行方不明だが何か知らないか、と尋ねられた。

 そんなこと、答え様がなかった。

 結局M君の行方は知れないまま、年月が流れ、やがてKさんは大学を卒業した。

 卒業式の日、Kさんのスマホに、一枚の写真が送られてきた。

 ……M君からだった。

 写真は、どこかの廃墟と思しき場所で撮影されたものだった。

 暗く荒れ果てたがらんどうの中、すっかり骨と皮ばかりになったM君が、満面の笑みを浮かべ、中央に写る。

 まるでミイラのような彼の周りには、何人もの若い女が、並んで立っている。

 皆一様に、黒い長髪を両肩からだらりと垂らし、真っ赤な制服を着て、ぱかっと大口を開けて――おそらく、わらっている。

 女達は、どれもまったく同じ顔をしていたそうだ。

 Kさんは言い知れぬおぞを感じて、送られてきた写真をすぐに消去した。

 それからすぐにM君をブロックし、以降彼の行方は一切考えないようにしている、ということだ。


  *


 『絵本百物語』に曰く、夜な夜な男の精血を吸い、ついには死に至らしめる美女を、「えん」という。M君も「飛縁魔」に惑わされ、すべてを吸い尽くされたのだろうか。

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