18. 学校生活

 翌朝目を覚ました後訓練場で剣の訓練をして部屋に戻る。

 人はまばらにしかいなかった。


 時間になったため朝食を食べるために食堂へ行くと姉がいた。


「あ、シオン。約束守ったんだね。よかった。ご飯取り行こ」


 遠巻きに飛ばされる視線が刺さる。

 分散させたくて姉の数歩後ろを歩いた。


「隣来てよ」


 振り返って立ち止まった姉の横に並ぶ。

 ちょうど聞き取れない会話がそこかしこから聞こえ、目線が下がっていく。


「おはよ」

「……はよ」

「元気ないね。昨日の今日だし無理に出せとは言わないけど……あそこにしよっか」


 角が空いていた。

 ああいう席って上級生が使いそうだけどいいのかなと思いながら従う。

 

「ほら、横向きに膝の上座って。左手でシオンの背もたれ作ってあげるから。私が食べさせてあげる」


 自分で食べられると答えようと開けた口へパンが詰め込まれる。

 怖くて確かめられないけれど、食堂中の生徒に見られているような感じがした。


「まだ何か入っているみたい。変な感じ」


 一方的に投げられる会話の合間合間で朝食を消化していく。

 あまりに長く感じた時間も終わり、姉と寮の前で別れ自室へ戻った。

 鞄に教科書と筆記用具を入れ、教室へ向かう。


 道中、ビオラ教官と鉢合う。


「シオン、ちょっとこっちこい」

「はい」


 生徒指導室へ入らされた。


「今朝の話だが生徒から風紀が乱れると苦情が届いている。初日だからと言って許されることじゃない。今日の夕方からは上級生も注意するだろう。わかっているのか?」

「……ご迷惑をおかけし申し訳ありません」

「はぁ、あのな。謝るだけなら誰だってできるんだ」


 見せつけるように左手を上げ、肩を掴まれる。

 

「私が叱ったというだけじゃ生徒は納得しない。どうすればいいかわかるか?」

「反省していることを伝えます」


 破裂音、遅れて左頬に衝撃。

 驚きに目を見開く。


「誰に、どうやって。お前ほんとに成績五位なのか?不足だらけの回答をするな。手間だ」

「苦情を入れた生徒へ直接、謝ります」


 再度破裂音。


「匿名だ。こういうときは反省文と決まっている。ここは組織だぞ。個人間の問題では済まされない」

「わかりました」

「放課後またここに来い」

「はい」

「痛かったか?引き締めるために少し強く当たってしまった。少しそのまま目を閉じてじっとしていろ」


 目を閉じると腹部を殴打され、体が浮いた。

 殴られる際反射で防護魔法を使ってなかったら嘔吐していたかもしれない。


「っは、かはっ」

「……1限には遅れるなよ」


 膝を地面に突く。

 罪の大きさの認識を改めた。

 

 学校生活の出だしは最悪だった。

 友達はできずに孤立した。

 当然だった。


「シオリさん、その、あんまり弟のこと見ない方が……」

「どうして?」

「だって朝のあれ、強要されたって」

「でも弟だし私は気にしてないから。ただ、流されるんじゃなくてちゃんと叱んなきゃダメだったなって反省してる」

「シオリさんは悪くないですよ!悪いのはあいつじゃないですか」


 聞こえないふりをして教科書をめくる。

 耳が心臓になった様だった。

 鼓動する度体が揺れてるような感覚に陥る。

 

 できるだけ教室に居たくない。

 図書館に避難したいけれど、もう一限が始まってしまう。


 お腹がきりきりと痛む。

 遅刻厳禁を破れば朝より酷いことになるのはわかってる。

 僕の周りは空いていた。


 午前は座学、午後は日によって体づくり、防護魔法、身体強化、武器強化と自身の武器に合わせた基本的な型の訓練だった。

 ひと月半ほど続き、その翌週の中間テストの筆記試験と実技テストで合否が決まる。

 筆記と実技である程度の水準まで達していないと補習に参加しなけれならない。


 放課後、掃除当番だったため掃除を終わらせてから生徒指導室へ向かうとすでにビオラ教官がいた。

 目を見ると体が竦んだ。

 この人には勝てないだろうことを朝知ってしまった。


「来たか。そこに座れ」


 顎で指された席へ座る。

 反省文を書く用の紙が置かれていた。

 

「今朝伝えたように反省文を書いてもらう。その後一定期間食堂の掲示板へ貼る。わかっていると思うがどんな理由であれ二回目は停学処分、三回目は退学だ。例え学園から推薦状が届いてたとしても例外はない」

「はい」

「書き終わるまで私はここにいなければならない。さっさと書き始めろ」

「はい」


 予め考えていた文章を書き起こしていく。


「哀れだよなぁ。あんな姉の弟に生まれて。捉え方ならいくらでもあるのに、正解を当事者が提示したら皆それを正解として扱うんだから」


 二行目を書いている途中の手が止まる。

 視線を落としたまま言った。


「ではビオラ教官は、僕が強要したとは思っていないということですか」


 顎を持ち上げられ、視界にビオラ教官が入ってくる。


「人と話すときは目を見て話せ。で?なんだって?」

「なんでも、ありません」

「この後も予定があるんだ。早く済ませろ」

「……はい」


 窓越しに喧騒が聞こえる。

 姉はきっと僕を孤立させたいんだと思う。

 こんなことしても何も変わらないのに。

 

 ――もう二度とこのようなことはいたしません。

 ――この度は食堂を利用される本校の関係者及び学園の風紀を乱しましたこと重ねてお詫び申し上げます。


 羽ペンを置いた。

 

「書き終わりました」

「見せろ」

 

 椅子を引いて立ち上がり、両手で反省文の向きを回転させながら差し出す。


「……まぁこんなもんだろ。私の名前も書かねばならん。羽ペン借りるぞ」


 腰を屈めて責任者欄に名前を書いている姿を見つめる。


 スミレさんのことを聞きたかった。

 でも……。


「そういえば、昨日の放課後はどこへ行ってたんだ?」

「実家です」

「姉とか?」

「はい……」

「まさかとは思うが、不純異性交遊はしていないよな?」


 こちらを見下ろす確信めいた表情だった。


「していたんだな?ではこの紙切れはなんなんだ。何の意味がある」

「な、なぜですか」

「あんな匂いさせて学園に帰ってくる奴がいるか。随分と疲れていた様子だったしな」


 ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 教官を見据え、防護魔法をいつでも展開できるように準備した。

 

「生意気な目だなぁ。どうして歯向かう」

「歯向かってません」

「やはりスミレから聞いているように警戒心が強いんだな」

「……」

「あれももう20になる。お前相手にずいぶんと好き勝手やっていたようだったから止めるよう言っておいた」

「どうしてですか。あなたの迷惑にはなっていなかったはずです」

「なってるに決まってるだろ。一人だけ幸せそうな顔しやがって。自分より7つ上に対してお前も大概だが、まさか実姉にも手を出すとはな。人は見た目ではわからないとはよく言ったものだ」

「僕は……」

「私にもやらせろ」


 防護魔法を全開にして出口に向かって走ろうとすると、即座に首を絞められた。

 両手で掴み、気道を確保する。


「防護魔法を解け。お前に拒否権はない。スミレがどうなってもいいのか?」

「あ、なたに。そな、こと」

「できるんだよ。あいつが周りからなんて言われてるか知ってるだろ?」

「き、こん」

「私にも欲はある」


 片手で首が絞められたまま、もう片方の手で体中が弄られる。


「こんな顔でこんな体して。色気振り撒いて誘っていやらしい。キスマークもここからならよく見える。スミレにもそうして近づいたんだろ?男にやられていてもおかしくない。これまで男女合わせて何人としたんだ?」

「は、なせ」

「お前は私へ要求できる立場にない。従え」


 教官だからと言ってスミレさんや僕をここまで侮辱して言い訳が。

 扉が音を立てて開く。


「もう始めてたんだ」

「あぁ」


 扉を閉めながらそう言ったのは姉だった。

 握力がなくなっていき、教官の腕から滑り落ちる。

 こんな横暴許されていいはずないのに。

 

 どこまで姉の予想通りなんだろう。

 腹部を持たれ抱えあげられる。

 

「おっと」

「いい顔になったね。シオン」

「来てくれて助かった」

「教官も協力してくれるとのことだったので、対価は支払います。私ではないですけど」

「わかったか?お前は姉に売られたんだ。おとなしく……このままおとなしくしてろ。シオリ、いいんだよな?」

「はい。シオンの一番が私ならそれでいいんです。シオンの全てを支配するならシオンの食べる物飲む物を私の血肉にしないといけないですし。必要な妥協はします。その代わり、」


 教官の鼻先がうなじに擦り付けられる。


「わかってる。元々この学校へ教官としてきたのもそうだ。ぁむ。大体のことは私がなんとかしよう。っちゅ。王家に対してもいくつか弱みを持っている。最悪それを使うさ」

「ならいいです。そういうわけだからシオン、ビオラ教官の言う事聞いてあげるんだよ。私、外に出ています。失礼します」


 ――――――――

 ――――

 ――


「……部屋から出たら使用中の札、未使用に戻しておけ」


 飛ばしていた意識を戻す。

 解放されたのは寮の門限ぎりぎりだった。

 ハンカチで最低限の汚れを拭って制服を着た。


 机を支えに立ち上がる。

 腰が異様に重たい。


 使用中の札を裏返し、寮へ戻った。

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