学園編
16. 再会
半年くらい経った頃、学園から手紙が来た。
ギルドでの活動状況を見たらしく、本校に来ないかとのことだった。
スミレさんに相談したところ母校とのことで行こうとは思ったけれど、あまり思い出したくなさそうで詳しく聞けなかった。
違うところにしようか迷っているとできれば母校に通ってほしいとのことだったため、学園にはその旨で返事を書いた。
最近、スミレさんに元気がない。
上の空となることが増え、いつも何かを思い悩んでいる。
聞いても何でもないと言われそれ以上踏み込めなかった。
三か月が経ち、もうすぐ学園の受験が始まる。
過去を繰り返したくなかった。
嫌われるかもしれないと思いながら何度かスミレさんに推測や憶測を交えて聞いたこともある。
結果は変わらず、何も教えてくれなかった。
ガーデン家が関わっている可能性が高いと思うけれど、教えてくれない。
「いってきます」
「いってらっしゃい。頑張るのよ」
「ありがとう。頑張ってくる」
スミレさんと使用人に見送られ家を出る。
学園から手紙が来た頃から使用人の人たちが僕にも話しかけてくれるようになり、今では普通に挨拶以外も会話するようになった。
魔力板を生成して思い切り蹴る。
飛距離も大分伸びた。
夕方には聖都に着ける。
日が落ち始めた頃、実家のある方とは逆の門から入った。
宿に泊まり、翌日学園へ向かう。
受付を済ませて試験会場へ入る。
「以上、全科目の筆記試験をこれにて終了とする。解散」
空気が弛緩し、喧騒が広がっていく。
教室を後にした。
宿に戻る。
本を読むくらいしかやることがない。
適当に夕飯を済ませ明日に備えた。
一人。
実技試験を済ませ、そのままスミレさんの家へ戻る。
門限には間に合った。
「ただいま」
「おかえり、どうだったの?」
「合格すると思う。筆記は少し難しい問題もあったけど、実技は問題なかったから」
「そう……」
「ねぇ、寮暮らしになるんだよ?本当にいいの?」
「いいのよ。どっちみちここから毎日通える所に学校なんてないんだから」
「スミレさん」
「私もそろそろいい人見つけて再婚しないといけないわね」
まただ。
会話の軸がズレているような違和感。
スミレさんはこういうことを言う人ではなかったはずなのに。
胸の底に靄が澱んでいく。
吐き出したいけれど、それは僕が満足するだけでスミレさんを苦しめるだけだった。
何度か聞き出すために詰め寄ったのは失敗だった。
スミレさんが答えたくないと示している以上、もう聞けない。
見つかるといいねという言葉は、喉奥に張り付いて剥がれなかった。
それから半月ほど経つと合格通知が届く。
入学に際し用意しておくものが別紙でまとめられていた。
折り畳んで封筒へ戻してベッドへ横になる。
手の甲をおでこに当てた。
目を閉じて息を吐く。
スミレさんといる時間も減った。
甘えすぎていたのかな。
自分の腕を枕にして丸まった。
いつの間にか寝ていたようで、目を覚ますとすでに日が落ちているようだった。
ダイニングへ向かうと一人分の食事が用意してある。
「シオン様。お目覚めのようで何よりです。今お部屋までお伺いしようと思っておりました」
「ごめんなさい。寝るつもりはなかったんですけど。あの、スミレさんは?」
「スミレ様は先程召し上がりました。急ぎで対応しないといけないものがあると仰っていました」
「そうですか。ありがとうございます」
それからもスミレさんとの間に何かが挟まっているかのような気まずさを感じたまま日々が過ぎ、寮へ移る日を迎えた。
誕生日は特別な日ではなくなり、日常に溶けた。
「……ねぇ、長期休暇の時は戻ってきても大丈夫?」
「どうかしら……。事前にお手紙を出してくれると助かるわ」
「そう。わかった。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
聖都まで飛んで移動する。
近くなると馬車が増えてきたため徒歩に切り替えた。
受付にて合格通知書とギルド証を提示すると、寮の鍵と自身の教室とその教室への集合時間が書かれた紙を渡された。
「ちょっとフード外してくれる?……ありがとう。入学おめでとう。これ寮の鍵と君の教室ね。この時間までには席に座っているように」
「はい。ありがとうございます」
割り当てられた部屋へ入ると個室だった。
自室へ着替え等を入れた大き目のリュックを下ろした。
時間に余裕があるため持ってきた荷物を整頓していく。
今日は授業がないため鞄には筆記用具のみ入れる。
一段落つくとそこそこ時間が過ぎていた。
制服に着替え、ケープを羽織る。
鞄を肩に掛け部屋を出る。
教室に着き、壁に貼られていた紙を見ると自由席だったため、人の少ない前の方の席へ座った。
「隣いい?」
全身の毛が逆立つ。
「いいよね。シオン」
心臓が破裂する。
両足の甲へ杭が打たれる。
呼吸が早くなる。
「肌、本当に綺麗になってるんだ。ねぇ、フード外してよ」
嫌だった。
「スミレ?だっけ。もうあの人の言う事聞かなくていいからさ。早くして」
あぁ、スミレさんへ返さないといけないものが嵩んでいく。
僕の所為で迷惑をかけてしまった。
まだ全然返せていないのに。
「手は動かせるでしょ」
フードを外した。
「可愛い。好き」
「……」
女性が入ってくる。
スミレさんのお姉さんに似ていた。
「席につけ」
喧騒が一時的に発生し、すぐに止む。
「私はビオラだ。1年間このクラスを担任することになった」
スミレさんに確かめたかった。
僕の筋書きが合っているかを。
この学校を薦めた理由も、元気がない訳も。
「四半刻後に入学式が始まる。昼過ぎには終わる予定だが、終わったら解散でいい。どうせ教室へ荷物を取りに戻るんだ、自己紹介は必要だと思ったやつ同士でその時勝手にやれ。以上、屋内訓練場へ移動しろ」
「シオン、一緒に行こ」
掴まれた腕を解こうと思えなかった。
連れられるまま足を交互に前へ出す。
屋内訓練場に着き、用意された席に座る。
時計の下へ入学式の次第が記載されていた。
一、開式の辞
一、入学許可宣言
一、学園長式辞
一、在校生歓迎の言葉
一、新入生代表挨拶
一、閉式の辞
新入生代表挨拶は主席と言っていた姉だった。
式が終わり、教室へ戻る。
「私の家行こ。門限には寮に戻らないとだから急いで」
急ぐ理由がそれだけじゃないことくらいわかる。
「あの、シオリさん」
「ごめんなさい。弟が体調悪いみたいで急いでるから。さよなら」
「え、おと?うん。お大事にぃー……」
声をかけてきた女生徒を大きく避けながらその場を後にする。
すれ違う時に顔を伏せた。ごめんなさい。
学校前に駐めてある馬車へ乗せられた直後、唇を奪われた。
馬車の壁に後頭部が何度もぶつかる。
「はぁっ、はぁっ、久し振り過ぎてうまく息できなかったよ。ずっとしてられるようにいっぱい練習しないとね。あと歩くのおっそいんだよ。私が我慢してるのわかってたでしょ」
息を整える。
目を見るのが怖くて顔を上げられない。
「早く家着かないかな。そんなに憂い顔して誘ってもここじゃ無理だよ」
姉の左腕が伸びてくる。
躱せなかった。
体が動かなかった。
触れられ、反射で跳ねる。
首筋へ鼻先を押し付けられ、嗅がれた。
「何か喋ってよ。私がシオンの声好きなの知ってるでしょ?五感を早くシオンで満たしたい」
口を開ける。
言葉が出ない。
「いい匂い。汗出てきちゃってる。いただきまぁー……んむ」
「いった……ぃ」
「っはぁ、強く吸ったから痕になっちゃった」
耳へ唇が押し付けられる。
自分の身を抱いた。
「寒いの?そんなわけないよね。ぎゅってされたいならそういいなよ。してあげるからさぁ!」
もう嫌だ。
でもどうせいつかこうなってた。
ないまぜな感情の棘が刺さり、涙が溢れそうだった。
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