14. 心焼く
道中、町々のお店や露店を見て回ったけれど、質の高い物は手持ちが足りず買えなかった。
スミレさんの実家へは予定通り前日に着くことができた。
「シオンさん、降りましょ」
頷いて馬車から降りる。
大き過ぎる豪邸に表情を崩しそうになり、フードを被っていることを思い出して胸をなで下ろす。
「面倒だけど、まずは挨拶ね」
玄関前に立つと扉が開けられた。
両親を思われる人達と若い男性と女性が一人ずつ。
あれが以前話していた兄と姉なのだろう。
体温が下がるのを感じる。
使用人たちとそれぞれが、出迎えの言葉と労いの言葉をスミレさんへかけていた。
「スミレ、隣の白い方は?」
「護衛です」
「そう……その方は我がガーデン家に相応しい方なのかしら」
「そのようなことを仰る為にお招きいただいたのでしょうか」
「質問を質問で返さないでくれる?」
「私はもうあなたの庇護下ではありません。これまで育てていただいた感謝の気持ちは毎月お送りしているはずです」
「お前は少し黙っていろ。スミレ、遠路はるばるご苦労だった。まずは疲れを癒しなさい。おい」
「かしこまりました。スミレ様、こちらへどうぞ」
僕の家とは大違いだった。
よくある典型的な貴族の家。
三年くらい前に家庭教師から教えてもらった通りだった。
兄も姉も一言も喋らない。
スミレさんの隣で使用人の後を追う。
その日の夜、スミレさんが寝たのを確認してから白いローブを羽織る。
元々護衛用の部屋で僕も泊まるつもりだったけど、近くにいてほしいと言われたためそうした。
剣を腰に差す。
それ以外は諦めた。
つける際に気を付けていても小さくない音が鳴るかもしれない。
宿に泊まるとき同様深く眠らないようソファへ腰を掛ける。
数刻に一度目を覚ましながら朝を迎えた。
訓練場のような所はあったけれど、特に許可をもらっていないため剣の訓練はできそうになかった。
ローブを脱いで剣を置き、スミレさんのベッド脇で膝を突く。
スミレさんは起きる時間がある程度決まっている。
しばらく頭を撫でているとぎゅっと目が閉じられ、徐々に開いていく。
「おはよう。頭撫でててくれたのね」
「うん、おはよ」
「またベッドから抜け出して。いけない人ね。ほら、こっちきなさい」
腕の隙間に収まると抱き締められる。
「誕生日おめでとう」
「ありがと……って冷た。いつベッドから出たの?」
「いつだったっけ。そんなに時間は経ってないはずだよ」
「暖めなおしてあげる」
「ありがと」
昼頃からガーデン家の招待した客人たちが来訪し始める。
スミレさんは家族と一緒にその方々をお出迎えしていた。
目立たないよう部屋の隅で立っていたけれど、気になるのは当たり前でちらちらとした探るような視線は飛んできている。
剣は帯剣せず、気休めに死角となるよう左足へ沿わせて置いた。
数刻経過するとある程度揃った様で、部屋へ戻るスミレさんに付き添う。
「今年はどうしてもと親から言われたから来たけれど、来年はなしね。案の定見合い相手の紹介ばかりだったし。ただ、たった一回でもやるのとやらないのとじゃ全然違うのよね。大体ははっきり断れば諦めるし、回答がないと催促されたりすることもなくなるわ。私の親も最近しつこかったし。今日で義理は果たしたわ」
「お疲れ様」
「シオンさん」
スミレさんが両腕を広げた。
距離を縮めると受け止められる。
「優しくて控えめで清潔な匂い。安心するわ。なんでこうも違うのかしら」
「スミレさんと同じ匂いでしょ?」
「私は……私は」
「同じだよ」
「そうよね。同じよね」
表情は和らいでいるけれど、見てわかる程気疲れしている。
部屋へ入るまでは表に出していなかった。
さっきまで相手していたのが傲慢で押し付けがましくて不潔な匂いのする人たちばかりだったとしたら。
亡夫との結婚式のときも辛かったと零していたスミレさんには、何十もの人たちと直接対面し続ければ精神的に強い負荷がかかるのはわかり切っている。
「そろそろ着替えないと。シオンさん手伝ってくれる?」
「わかった」
誕生日会に向け、ドレスへ着替えるのを手伝う。
お化粧はまだ勉強中なためスミレさんに仕えているメイドの人へお任せした。
何もすることがないため、断ってからトイレに行く。
人の少ない離れた位置にあるトイレまで足を延ばした。
窓の外を見ながら歩いていると癪に障る下卑たな会話が耳に入った。
「お前なんで今日来たの?ガーデン家のスペアに興味ないって言ってなかったっけ?」
「興味ねぇよ。目的は姉の方な。既婚だけど顔広いし。わざわざ劣化版のために来ねぇよこんなとこ。っつかこんなとこで聞くな。誰が聞いてっかわかんねぇんだから」
「ははっわり、でもお前んとこなら大体の奴ら黙らせられるじゃん」
「っつってもめんどいもんはめんどいんだよ。あんま調子乗んな」
「あ、あぁ、ごめん。本当に」
向かいから図体の大きい男性が音を立てて歩いてくる。
下衆にも聞こえたのか不愉快極まりない会話が漸く止んだ。
絨毯である程度足音は吸収されるはずだけど、限界はあった。
すれ違ってからすぐその場を後にする。
角を曲がると怒りを含んだ声がした。
「邪魔だ。どいつもこいつも群れやがって。気色悪い」
こんなことを聞くくらいならもう少し歩くとき力を入れて歩けばよかった。
という後悔の念はすぐに消し飛ぶ。
付けられた火が消えない。
虫唾が走る。
食いしばった歯の間から湯気を吐いているような気分だった。
血管に圧力を感じ、四肢が憤りに痺れる。
理解できない。
意味がわからない。
許せない。
あんな最低な奴ら死んでも許しちゃいけない。
火傷みたいな痛みが胸に刺さる。
このままじゃスミレさんに伝わってしまう。
負の感情は伝染する。
消化しきらないと。
声は覚えた。
あとは顔だ。
一旦はこれでいい。
誕生日会後の夜会が始まればどうせスミレさんへ声をかけるだろう。
他人のことを考えられない自己中心的で愚劣な奴は物事を単純にしか考えられない。
そうして恨みを買って疎まれて寿命が来る前に消される。
クトのときも似たようなものだった。
そういう奴らは勝手に潰し合う。
スミレさんに関わらせたくない。
けど伝えるためには話さなくちゃいけない。
過去きっと同じようなことはあったはず。
これ以上こんな事を言われる筋合いはないし、そんな奴らと顔を合わせる必要もない。
ここまでの激情は憎しみ以来だった。
制御が難しいほど強過ぎる怒りに、冷静さを取り戻すため時間を要した。
部屋へ戻る頃には普段より一層綺麗なスミレさんがいた。
「遅くなってごめん。綺麗だね」
「ありがと!」
無意識に奥歯へ力が入る。
口に手を当てて隠した。
スミレさんの誕生日会の後、夜会へ移行すると案の定身なりを整え直した幾人もの貴族がスミレさんへ声をかけてきた。
その最後尾にあの声がいた。
体が動く。
スミレさんには悪いけれど、不審な人がいると嘘をついて一時的に離すかそのまま部屋に戻ってもらおう。
関わるのにもある程度の格が必要で、あいつらはその中で最低。
あれだけ脇が甘ければ他にも色々やらかしていることは想像に難くない。
顔も覚えた。
有名人なら名前まで聞かなくていい。
スミレさんがこれ以上関わる必要もない。
「スミレ様」
「っ、どうかした?」
「失礼。そこの白の者よ。今私がスミレ嬢へ声をかけようとしたのがわからないのか?白いのは痴もなのか?」
「彼は私の護衛です。定期的に報告させています。何か?」
「何か、とは?」
不機嫌さが滲み出ている男へ被せる様に前に出てくる体格の良い男性。
昼間すれ違った際とは違い、タキシードへと身を包んでいる。
「スミレ嬢、よく教育された護衛を連れているな」
「はい。ありがとうございます」
「下品な話ですまんが、まぁもう踊るだけだしな。許してくれ。昼間、用を足しに行ったときこいつらがガーデン家のスペアには興味ない。劣化版うんぬんと話していた。その護衛はそれを聞いて止めに来たんだろうよ。俺はこういう本心隠して上辺だけ取り繕ったやり取り見んのが大嫌いなんだ。自制できない護衛ならその場で切り捨てていてもおかしくない」
言っていることは正しいのかもしれない。
けれど僕の覚悟を踏み躙っていい理由にはならない。
違う。
頭を冷やさないと。
悪気があるわけじゃない。
納得できなくても理解はできる。
「というかお前まだいたのか。とっとと去れ。白目剥いて馬車に放り込まれたいのか?」
男が振り返って一歩踏み出すと後ずさりながら会場を出て行った。
その後ろを数人が追っていく。
「邪魔して悪かった。気分も害してしまい、申し訳ない」
「そのようなことがあったのですね。ご心配痛み入ります。お言葉に甘えて少し席を外させていただきますね」
一礼をして出口へ歩を進めるスミレさんの横を歩く。
今日の主役であるスミレさんの周りでこれだけのことが起きているのに、スミレさんの家族は無関心を貫いていた。
心が焼ける。
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