11. 白

「おはよ、リンド」


 今日は僕の誕生日だった。

 楽しみにしてなさいと昨夜スミレさんから言われ、リンドを押し付けられた。

 誰かに祝われるのは久しぶりだった。

 父上が亡くなった9歳のときから2年間、10歳と11歳と祝うことも祝われることもなかった。


 もう無い傷痕がざわつく。

 この感覚も久しぶりだった。

 最近は夢に見ることも週に3、4回程度で随分と減ってきている。


 身嗜みを整えてからダイニングへ向かった。


「おはよ、スミレさん」

「おはよう。お誕生日おめでとう、シオンさん」

「ありがと」


 向かいに座りながらお礼を言った。

 朝食もいつもより豪華で僕の好きなものがいくつか並んでいる。

 顔が自然と綻ぶのを感じた。


 朝食を取った後スミレさんの部屋へ入ると、真っ白のフード付きローブが5着、胸当て等体の動きを阻害しない程度の鎧が3セット置いてあった。


「ギルドに入りたいのよね?私の誕生日プレゼントはこれよ。変に目を付けられても嫌だし、あまり高価なものではないけれど」


 そういって後ろ手に持っていた剣を渡される。

 装飾のないシンプルな鞘、これも純白だった。

 刀身を覗くとほんの少し青みがかった片刃の剣で、少し反っている。


「剣の訓練の様子を鍛冶屋の人に伝えてもらったらこの形がいいだろうって。成長する分を見込んで少しシオンさんには大きいらしいの、大丈夫?」

「大丈夫だよ。ありがとう。すごく嬉しい」

「喜んでもらえてよかったわ。ローブと装備も身に着けてみてくれるかしら」

「……やっぱり白なんだね」

「当たり前じゃない。汚さないでね?」


 着替えながら答える。

 

「魔物と戦って塵一つつけさせないまま倒すのは難易度高いね」

「魔物だけに集中しないと倒せない魔物へ挑まなければいいのよ。身に着けたものを汚さない程度の余裕はいつでも持っておきなさい」

「確かに。言うとおりだね」


 手袋をして握ったり開いたりする。

 ぴったりだった。

 

「似合ってる、さすが私」

「ギルドに入るの許してくれてありがと」

「フードは絶対外さないこと。極力人と話さないこと。声を出さないこと。門限は守ること。ソロで活動すること。その日の活動をその日のうちに報告すること」

「うん。守るよ」

「ならいいの。いってらっしゃい」

「いってきます」


 以前の僕なら過保護気味と思っていたかもしれないけど、スミレさんの生い立ちを聞いてからそう思わなくなった。

 父上が亡くなった後の僕の家はありえない程の放任主義で、きっとどこかで野垂れ死んでも生きていても同じだった。

 一旦はスミレさんの誕生日にプレゼントのお返しができる程度にお金が稼げればいい。

 入りたい学校もまだ決まっていないし、少しずつ入学金は貯めていくとして。

 ギルドへ入るために出された先程の条件は障害なり得ないため、二つ返事で了承した。


 魔力を固めた板を蹴りながら移動する。

 しばらくして隣町へ着いたため、通行証を提示して入った。

 

 町の外からも見えるくらい大きなギルドの案内看板の元へ進む。

 

 開けっ放しの木製の扉をくぐった。

 喧騒はそのままにいくつか視線が刺さる。

 それを受け止めながら受付へと歩いた。


「新規登録ですか?」

「はい」


 ギルドに所属しているメンバーを粗方覚えているのか新規である事を前提に確認されたため、頷きながら通行証を提示する。

 必要事項を転記してもらっている間、辺りに目を走らせると魔物の目撃情報が貼られている掲示板を見つけた。

 付近で目撃情報のあるものを何枚か記憶する。

 討伐対象のルートを頭の中で組んでいると羽ペンの音が止んだ。


「説明は必要ですか?」

「不要です」

「かしこまりました。ただ、規則違反をした場合は即ギルド証失効となります。説明を聞かなかったからというのは弁明として認められません事ご承知おきください。いってらっしゃいませ」


 ギルド証を首から下げる。

 受付の人へお辞儀をしてギルドを出た。

 

 今日一日は雨が降らなそうとはいえ、実際にギルド証を手に入れると高揚していた気分も幾分か落ち着いてくる。

 魔物討伐は誕生日にわざわざやることじゃない。

 露店で何か見てから帰ることにした。

 

 ブローチ、ペンダント、指輪、腕輪、櫛、頭飾り、帽子。


 スミレさんに似合いそうと思ったものは他と比べて桁が違う。

 お世話になっている分生活費等がかからないため、プレゼント代に稼ぎは全部割り振れるけど、結構な数の魔物か危険度の高い魔物を狩らないといけない計算だった。


 ……少しだけ森覗こう。

 準備運動だけする感じで。

 別に焦ってない。

 まだ慌てるような時期じゃないし。


 ギルド証を提示して町から出、森へ足を向けた。


 浅いところの魔物は狩られていた。

 予定していたルートを巡回していく。


 戦っている音がかすかに聞こえたため、気配を抑えつつ木々の上を移動し近づいた。

 ブラックベアーと男三人のパーティのようだった。

 内一人、離れた位置にいる軽装の男がすでに死んでいるように見受けられる。

 離れた位置に子供のブラックベアーが二匹。

 雑食のベアー系は人肉の味を覚えると人間を襲うようになる。

 育てるために付近の畑や人間を襲っていると掲示板にはあった。

 

「ちくしょう!ガキだけやるはずがなんでこんなことに」

「うるせぇ!黙って攻撃受けとけ!」

「じゃあとっとと倒せよ!」


 男たちの纏っている魔力は微弱で素の力も弱い。

 実力とプライドが釣り合ってない典型的なタイプだった。

 気が立っている人や粗暴な人たちを助けた場合、横取りされたとギルドに報告されたり、取り分を寄越せとその場でトラブルとなることが多い。

 暫くこのまま観察して、もし助けを求められたらすぐに行けるよう体制を整えておく。

 

 盾持ちがブラックベアーを捌ききれず、盾ごと吹っ飛ばされた。

 爪で掻き切られたのか、空中に血を舞わせている。


「くそっ」


 悪態をついた双剣持ちがブラックベアーに対し片方の剣を投げ逃亡する。

 途中まで追っていたブラックベアーだったが、自身の子供から離れるのを避けたいのか戻ってきた。

 進行方向的に盾持ちへ止めを刺しそうだったため、ブラックベアーと盾持ちの間に立つ。


 スミレさんからもらった剣ではなく、僕の手に馴染んでいる鋼鉄の剣を抜いた。

 ぬかるんでいるため、魔力の板を生成し足を乗せて膝を曲げる。


 咆哮前の吸い込み直後、ブラックベアーの急所へ切っ先を突っ込む。

 返ってくる反動よりも強く力を入れて左へ抜けつつ、剣を更に深く刺し込んだ。

 そのまま腰を捻って右腕を伸ばし切り、近くにあった一番太い木へ投げつける。


 急所を潰したため、ブラックベアーは動かない。

 ぶつけられた衝撃で弾き出された魔石を拾った。


 子供も人肉を食べてしまっている可能性が高い。

 親を殺されて逃げているところを斬り付け、魔石を取り出した。

 血を払ってから剣に纏わせていた魔力を解く。


 軽装の男は死んでいた。

 親のブラックベアーへ近づくと盾持ちが意識を取り戻しそうだったため、毛皮は諦めその場から離れた。


 森から出る道中、双剣持ちは見かけなかった。


 森を抜けてから自身を見下ろし返り血や土汚れがついていないことを確認する。

 安堵から息を吐き、防護魔法の出力を弱めた。


 帰宅前に換金しようか迷ったが、討伐されていることを他のギルドメンバーに発見されるとギルドからの心証が悪くなる。

 盾持ちはきっとギルドへ戻って来られるだろうし、僕もギルドへ戻ることにした。

 双剣持ちと鉢合わせて面倒な事になったら嫌だけど、鉢合わせたら鉢合わせたでどうにかしよう。


 魔力板を生成し、ギルドへ最短ルートで戻る。


「お願いします」

「ブラックベアーですね。お疲れ様です。少々お待ちください」


 掲示板に目を走らせる。

 更新はなかった。


「こちらお受け取りください」


 硬貨をポーチへ入れ、口を絞った。

 ギルドから出ると、森へ入る前にした露店の物色でそれなりに時間が経っていたのか、空の一部が黄色く染まっている。

 もう少ししたら日が落ちてしまう。帰路に就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る