第15話 アジトに潜入

 明け方、馬車は帝都近くの湖畔に止まった。かつての別荘地に響くのは鳥のさえずりと蹄鉄の音。


「もうそろそろ降ろさんか」

「分かった」


 恥ずかしそうにするルクレツィアを降ろしながら、ロミオンは馬車の行先を睨む。


「どこかの貴族の別荘じゃな。もう何十年も主は訪れておらんだろうがな」


 二人の視線の先には二階建ての建物があった。随分長い間手入れがされていないようで、壁は植物の蔓で覆われている。


 馬車は開きっぱなしの門を遠慮なくくぐり、別荘の前で止まった。


 ロミオン達は門柱まで進み、身を潜める。


「なんでこの辺りは誰もいないんだ?」


 御者台から降りる男を注意深く見つめながら、ロミオンはルクレツィアに尋ねた。


「随分と昔、帝国に現れた毒の邪龍ヒュドラーがそこに見える湖に毒を吐いたからじゃ。まぁ、もう薄れておるだろうから、それほど心配はないがな」

「なるほど。だから貴族達はこの場所を捨てたのか」


 ルクレツィアは小さく頷く。と同時に馬車の客室の扉が開かれ、御者をやっていた男が怒鳴った。すると、攫われた少年ガスタがふらふらしながら現れる。


 男はガスタを連れると、屋敷の入り口に向けて歩いていった。ドアノブが回され、二人は中へと入っていく。


「どうする? 中には間違いなくマジトラ教の奴等がおるぞ?」

「とりあえず探ろう」

「どうやって?」

「俺に任せろ。……【テリトリー】……」


 ルクレツィアがロミオンから染み出す魔力に気が付くことが出来たのは、【テリトリー】という言葉を聞いていたからだろう。


 陰伏属性を付与された魔力は球体を描くように屋敷に向かって伸び、すっぽりと覆ってしまった。


「一階にも二階にも生体の反応はない」

「……なぜ分かるのじゃ? まさか、探知魔法であの屋敷のすべてを覆ったというのか?」

「当然だろう」


 どんなに優れた魔法使いでも、探知魔法を広げられるのは30メル程度。それも、方向性を絞っての話だ。ロミオンのように自分を起点にして半径100メルも覆ってしまうのは明らかに規格外だった。


「地下に生体の反応が三つ。さっきの男とガスタ、そして今回の黒幕だろうな」

「乗り込むのか?」

「ルクレツィアはここで待っていろ」


 ロミオンの言葉にルクレツィアは口元を緩める。自分がまるで小娘のように扱われるのがおかしくて仕方がなかったのだ。


「大丈夫じゃ。自分の身ぐらい守れる」

「そうか。ならば、行くぞ」


 動き出すと速い。二人は瞬く間に屋敷の扉の前に立ち、ゆっくりと開く。物音一つ立てずに身を滑り込ませた。



#



 屋敷の一階には人影がない。ロミオンの言った通りだった。


 二人は地下への階段を見つけると足跡を忍ばせてゆっくりと降りていく。


 階段は随分と長い。地下に大きな空間があることが予想された。


 空気がひんやりしてきた頃、金属で出来た重厚な扉が現れた。ぴったりとしまっている。


『どうする? 流石に扉を開けると気付かれるぞ?』


 ルクレツィアは小さな声でロミオンに判断を促す。


『中にはガスタと御者、そしてデカい男がいる。とりあえず、全員の動きを封じる』

『どうやってじゃ? 三人は扉の向こうじゃぞ?』

『大丈夫。テリトリーの中だ』


 仮面の奥でロミオンの瞳が妖しく光る。途端、部屋の中から悲鳴とも怒声ともとれる声がした。


「よし。いくぞ」


 ロミオンは腕に魔力を滾らせ、金属の扉をグッと押す。ドバン! と派手な音がして、部屋の中が顕になった。


 中には苦悶の表情を浮かべる御者、寝台に寝かされたガスタ、そして頭に角の生えた男。いずれも身体が硬い岩に覆われ、身動き出来ないでいる。


「魔人……!?」


 思わずルクレツィアが叫んだ。


「とうとう魔人にまで狙われるようになったか……」


 ロミオンは仮面の奥でほくそ笑む。おとぎ話の中のエルフの英雄は魔人達と激しく戦い、勝利を納めていた。それに自分を重ねたのだ。


「その子供をどうするつもりじゃ?」


 部屋に踏み込んだルクレツィアが魔人を睨みつけながら、尋ねる。


「この子供の病気を治してやろうと思ってな」

「わかりやすい嘘じゃな」


 ルクレツィアの瞳が妖しく光り、魔人の身体が赤い靄につつまれる。


「ギャアアァァ……!!」


 甲高い悲鳴が部屋に響いた。


「一体、何をした?」


 ロミオンが尋ねると、ルクレツィアは得意気な顔をする。


「私の瞳は【真実の魔眼】と言ってな、嘘をついた者や、質問に答えなかった者に激痛を与えるのじゃ」

「恐ろしい力だな……」

「お主の方が何倍も恐ろしいわい。魔人を束縛してしまうほどの魔力、一体どうなっとるのじゃ……」


 二人が会話していると、激痛から解放された魔人が口を開いた。


「お前達、俺様にこんなことをしてタダで済むと思っているのか……!?」


 魔人は気色ばむが、その身は硬い岩に覆われいまだに身動きはとれない。


「自分の立場が分かってないようじゃな? 今、お前は私に裁かれようとしておるのじゃ。もう一度、問うぞ? その子供をどうするつもりじゃ?」

「誰が言うものか!」


 再び、ルクレツィアの瞳が妖しく光り、魔人の身体が赤い靄につつまれる。


「ギャアアァァァァアアアアア嗚呼……!!」


 魔人の悲鳴が地下室の湿った空気を震わせる。


「全く懲りない奴じゃのう。まぁ、いい。お前が答えないなら、そっちの男に聞くだけじゃ」


 そう言ってルクレツィアは標的を変える。魔人と同じように身体を固い岩で覆われ身動き出来ないでいる御者を睨み付けた。


「おい男。その子供をどうするつもりじゃ?」

「はい! 魂を抜いてタリスマンに封じ込めるつもりでした!」


 御者はあっさりと答えた。


「ははは! 随分と素直じゃなぁ。お前はマジトラ教の信徒ではないのか?」

「はい! 違います! 金で雇われているだけです!」

「なるほど。ついでに教えてくれ。今までマジトラ教の教会で配っていたタリスマンは全て子供の魂を封じたものなのか?」

「たぶんそうです!」


 男はルクレツィアの真実の魔眼を恐れ、何もかも正直に話す。


「なるほど……。タリスマンを受け取った信徒はそれを握り締め、マジトラ神に祈りを捧げる。つまり、子供の魂を生贄にし、見返りとして魔力量を増やしてもらっていたと。不味いな……」

「フハハハハハ! 今更気が付いてももう遅いわ!」


 やっと痛みから解放された魔人が、勝ち誇るように笑った。


「どういうことだ?」とロミオン。


「マジトラ神はお前達人間がいうところの邪神だ。邪神に人間の魂を捧げた者はどうなると思う?」


 ロミオンは事情が分からず、 ルクレツィアの顔を見る。強い焦りが浮かんでいた。


「魔人化する……」


 ルクレツィアの絞り出すような声。


「その通りだ! もうそろそろ、魔人化が完了する者も出てくるだろう! 百を超える魔人が生まれたとき、帝都ラングリアは果たして耐えられるかな……?」


 魔人は口角泡を飛ばす。しかし、ロミオンは怯まない。それどころか、仮面の奥では笑顔を浮かべていた。


 ロミオンが夢中になったおとぎ話のエピソードに、「エルフの英雄が一日で百体の魔人を蹴散らす」というものがあったからだ。「まさかこんなにも早く、それを再現出来るとは……」とニヤニヤしているのだ。


「丁度いい。昔と同じように、蹴散らしてくれよう」

「昔と同じように……?」


 魔人達にとって、最大の脅威は勇者の称号を持つ人間だ。しかし、もう百年以上勇者は現れていない。「昔と同じように」というロミオンの発言が、魔人に勇者の存在を想起させた。


 もちろん、ロミオンの言う「昔」とはエルフのおとぎ話のことだったのだが……。


「貴様はまさか……!?」

「黙れ!!」


 ロミオンが叫ぶと同時に、魔人の首元に膨大な魔力が込められた真空の刃が現れた。それは容赦なく角の生えた頭と胴体を別つ。あまりにも簡単に、あっけなく。


 一瞬時が止まり、魔人の首が地下室の床を打つと同時に動き始めた。


「ルクレツィア。帝都に戻ろう。なるべく早く」

「あぁ。その方がよさそうじゃな……」


 ロミオンはガスタの身体を寝台から下ろして背負うと、ルクレツィアと一緒に駆け始めた。

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