第16話 魔人発生
アクラム魔法学園の研究室。学園長のアリエルはいつものように明け方まで新しい魔法の研究をしていた。
眠気覚ましに熱い紅茶を飲み、ふと机の上の板状の魔道具を見る。魔道具に映し出されるのは帝都の地図。そこにふっと赤い光が現れた。強い魔力反応だ。
一つだけだった赤い点は、二つ、三つと増えていく。
「一体……何が起きているの……!?」と呟いた途端、研究室の窓が激しく揺れた。
慌てて窓を開け放って外を見ると、明け方の空には似つかわしくない赤黒い炎が見える。
「学園寮が燃えている……!? なんてこと……!!」
アリエルは青い瞳に焦りを浮かべ、黄金色の髪を激しく揺らしながら窓から飛び出す。そして一直線に学園寮に駆けていった。
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「マレーゼ! 起きて!」
キキの声にマレーゼは瞼を開いた。緑色の瞳に映ったのは、狼狽えたルームメイトの顔。
「……どうしたの? こんな朝早くから」
「どんだけ眠りが深いのよ! さっきの音が聞こえなかったの……!?」
「え……?」
未だにベッドの上でぼんやりしているマレーゼにしびれを切らし、キキは手を引っ張って無理矢理起き上がらせる。
「凄い衝撃が何度もあったでしょ! 男子寮が燃えているわ!」
「燃えている……!?」
ここでやっとマレーゼは事態の深刻さに気が付き、立ち上がって窓に駆け寄る。開け放つと焦げ臭い空気が部屋にどっと入ってきた。
「何が起きているの……」
「いいから早く靴を履いて! 女子寮も危ないかもしれないわよ!!」
キキは寝間着のまま革のブーツを履き、今にも部屋から抜け出そうとしている。
「わかった!」
急かされながらマレーゼもブーツを履き、寝間着のまま部屋の外に出た。同じような生徒達が廊下には何人もいて、皆一様に怯えている。
「とりあえず外に出るわよ!」
キキの一声で女子生徒達は一斉に走り始めた。
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「嫌な予感がする。速度を上げるぞ」
ガスタを背負って走るロミオンは膨大な魔力を体内に循環させ始める。青い光がその身体を覆い、大気が震えた。
「これ以上速く走るのは私には無理じゃ。先に行ってくれ!」
ロミオンと並走していたルクレツィアは悲鳴を上げた。
「わかった」と答えると同時に、ロミオンの身体がブレる。
踏み込んだ地面が抉れ、仮面の男は弾丸のように前に進み始めた。
走るのをやめたルクレツィアは、もう小さな点となったロミオンの姿を見つめている。
「魔人をあっさりと屠ってしまう存在……。仮面の男はもしや……勇者なのか……?」
ルクレツィアは殺された魔人と同じ勘違いを始めていた。
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ロミオンが見たのはあちこちから火の手が上がる帝都の街並みだった。黒い煙に空が覆われ、その下を人々が逃げ惑っている。
意識を失ったままのガスタをスラムのあばら家に寝かすと、ロミオンはすぐさま飛び出す。
「【テリトリー】!!」
ロミオンの身体から球体を描くように魔力が染み出した。半径百メル内の生体反応が脳裏に浮かんだ。帝都を駆けながら、その中でも存在の大きなものに集中する。
「あっちか」
強い反応が幾つもあったのは、アクラム魔法学園の方だった。
ロミオンは大きく跳躍し、建物の屋根から屋根へ飛び移り、あっという間に学園に辿りついた。
「大きな反応が五つ……。全て魔人化した奴等か……」
標的を定めたロミオンは疾風となった。
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「絶対に結界の外に出ては駄目よ!」
アクラム魔法学園女子寮の前には半円状の魔法結界が張られていた。その中には怯え切った様子の生徒達と、それを守るように立つ学園長アリエルの姿があった。
そして結界を挟んで対峙するのは頭から角を生やした五人の男子生徒。ニヤニヤと笑いながら、生徒達に向けて魔法を放ち続けている。
「いつまでそうしているつもりですか? 学園長」
魔人を率いているのはフェルゼン伯爵家の嫡男、ビクトルだった。瞳は赤黒く染まり、頭には大きく捻れた角が二本生えている。疑いようもなく、魔人であった。
「一体、何があったの? 何故あなた達は魔人化しているの?」
アリエルは必死に結界を維持しながら、なんとか情報を探ろうとする。
「私達が魔人化したのは、マジトラ神のお導きのお陰ですよ! 見てください! この魔力量を!!」
そう言ってビクトルは右手に巨大な火球を発生させる。あまりの高温に辺りの景色が歪んで見え始めた。
「みんな、衝撃に備えて!」
アリエルの注意が引き金となったように、ビクトルの手から規格外の火球が放たれる。それは結界と衝突し、爆裂音を響かせた。
衝撃は結界内にも伝わり、生徒達は地面に投げ出され、悲鳴を上げる。
「おや学園長。顔が歪んでいますよ? そろそろきつくなってきたのではないのですか?」
「ふん! これぐらいの魔法、なんてことないわ!」
アリエルは顔に苦悶を浮かべていた。ビクトルがもう一度同じ火球を放ったならば、結界が破られてしまう恐れがあった。それほどまでに魔人の魔力は強大。とても生徒達を守りながら戦えるような相手ではないのだ。
「そうだ! 私が愛するマレーゼ嬢をこちらに寄越してくれたら、君達を見逃してあげるよう! たった一人が私のところに来るだけで、皆が助かるのだ! 悪い話ではないだろう?」
ビクトルの提案を聞き、生徒達は地面に横たわっていたままの、マレーゼに視線を集めた。
「ちょっと! 貴方達、何を考えているのよ! マレーゼを生贄にするつもり!」
マレーゼの横にいたキキが勢いよく立ち上がり、威嚇するように叫ぶ。
しかし、生徒達は我が身が可愛い。マレーゼとキキを取り囲んで詰め寄った。
「マレーゼさん! 貴方が結界の外に出たら私達は助かるの! ビクトルは貴方のことを気に入っているから、決して悪くはしない筈よ! だから、外に出て!」
「そうだ! マレーゼが結界から出るべきだ!」
「早くしてくれ! もう結界は限界だ!」
生徒達がマレーゼ追い詰める。
アリエルはビクトル以外の魔人から放たれる魔法を防ぐ為、結界の維持に集中していた。生徒達を止める余裕はない。
「分かったわ……」
マレーゼは立ち上がると生徒の人垣を割るように歩き始めた。その翠瞳には強い意志が込められている。
「ちょっとマレーゼ! 待ってよ!」
キキが引き止めようとするが、身体強化魔法を発動させたマレーゼは簡単にいなしてしまう。
歯を食いしばって結界を維持するアリエルの横を通り過ぎ、魔人達と対峙した。
ビクトルが合図をすると、その背後で魔法を放っていた魔人達が動きを止める。
「おぉ! 我が愛しの君よ! さぁ、早く結界の中から出ておいで!」
「本当に私がビクトル君のところへ行けば、他の生徒達は見逃してくれるの?」
マレーゼはゆっくり自分に言い聞かせるように話す。一方のビクトルはいやらしく口を歪めた。
「勿論だとも! 魔人になっても、私は誇り高きフェルゼン伯爵家の嫡男だよ? 約束は守るさ!」
「うん……」
マレーゼが一歩踏み出そうとしたその時。青い光を纏った存在が、結界と魔人達の間に割って入った。膨大な魔力によって大気を震わせているが、その頭に角はない。つまり、魔人ではなかった。
その代わり、顔には木製の仮面をつけている。ロミオンだ。
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