第14話 マジトラ教の手口

「よく来たな。仮面の男よ」


 スラム街に数多あるスネークヘッドの拠点の一つ。幹部マーウィンと女頭領ルクレツィア、そして仮面の男、つまりロミオンが集まっていた。三人は床に三角形を描くように立っている。


「なにか掴めたか?」


 ロミオンが尋ねると、マーウィンがにやりと笑ってから話し始めた。


「スラムでいなくなった子供にはある共通点があることがわかった」

「共通点……?」

「あぁ。どの子供もある新興宗教が行っている炊き出しに頻繁に通っていたそうだ」


「新興宗教」の言葉に、ロミオンはピクリと反応した。


「なんという宗教だ?」

「マジトラ教。信徒になると、魔力量が増大すると謳い、急激に勢力を拡大しているらしい。何らかの目的があって、子供を集めているのだろう」

「そういうことか……」


 ロミオンは腕組みをして思考を廻らせる。魔力量の増大を売りにしている新興宗教が無限の魔力を持つエルフを狙うのは自然なことに思えた。スラムにエルフの末裔がいるという情報を得て、手当たり次第に子供を集めているのだろう。


 彼の中で、「マジトラ教はエルフを狙う悪い宗教」という考えが固まりつつあった。


「マジトラ教の炊き出しに通っていた子供は全員、行方不明になっているのか?」

「一人残っている。ガスタという男の子だ。部下を使って見張らせている」

「ガスタ……」


 ロミオンは懐かしむように繰り返した。ガスタとは孤児院からの付き合いだ。なんとしてでも、マジトラ教から守らなければならない──。


 ダンダンダン! と階段を駆け上がってくる音。何事かと三人は身構える。


「マーウィンの兄貴いいぃ!!」


 扉の向こうから如何にも無頼漢の声が聞こえた。


「どうした!?」とマーウィンが怒鳴り返す。


「あのガキに動きがありました!」


 三人は顔を見合わせた。


「ふふふ。今夜は楽しくなりそうじゃのう」


 それまで黙っていたルクレツィアが蛇の瞳を光らせる。


「行きますか?」

「当然じゃろう」

「俺も行く」


 仮面の男、蛇目の女、でっぷり太った悪党の三人は扉を開け放ち、勇んで拠点から出て行った。



#



 月明かりに照らされながら、ふわりふわりと踊るように歩く少年の姿があった。


「あれか? ガスタってガキは」

「へい」


 マーウィンが部下に尋ねると、控えめな返事がある。


「どうやら催眠魔法を掛けられているようじゃな。相手をここまで強力な効果があるということは、炊き出しに何か混ぜられていたのかもしれぬ」


 ルクレツィアがガスタの様子を見て、考察した。ロミオンは興味を持ったようだ。


「サイミン魔法?」

「あぁ。言葉等によって相手の心に影響を与え、術者の思い通りに操る魔法だ」

「そんなことが出来るのか……」

「もっとも、使い手はほとんどいないがな」


 ロミオンは「いつか自分も」と仮面の下で意気込んだ。



 四人は一定の距離を保ちながらガスタの後をついていく。


「公園に入るようじゃな」


 ガスタの進む先には公園があった。昼間は賑わっている場所だが、夜は灯りもなく、しんとして誰もいないようだ。


 公園の中をしばらく進むと、木々に姿を隠すように止められている馬車があった。商業ギルドに登録されていることを示す旗がついてある。偽装工作であろう。


 ガスタは馬車の前まで歩くと、ピタリと止まる。御者が降りてきて客室の扉を開けると、ガスタは吸い込まれるように入っていった。


「ここから移動するようじゃな。お前達、ついて来れるか?」


 ルクレツィアが尋ねるとマーウィンとその部下が気不味そうな顔をする。二人とも太っていて、駆け足で進む馬車を追うのは少々無理があった。


「俺とルクレツィアで追跡しよう」

「それがよさそうじゃな」


 何度も頭を下げるマーウィンとその部下を置いて、ロミオンとルクレツィアは走り始めた。



#



「帝都の外に出るようじゃな。どうする? 仮面をしたままだと、門兵に止められるぞ?」


 ルクレツィアの視線の先には帝都の正門に向かう馬車があった。


「壁を超えて帝都の外に出よう」

「城壁を? 二十メルはあるぞ? 流石に無理がある」

「大丈夫だ。失礼する」


 そう言ってロミオンは身体に魔力を巡らせて強化する。青く発光を始めたところで、軽々とルクレツィアの身体を横抱きにし、垂直に飛び上がった。


「ほほう! 愉快じゃな」


 ルクレツィアを抱いたまま、ロミオンは屋根から屋根へと飛び移る。そして大きく跳躍して、城壁の上に立った。


 帝都の正門を抜けた馬車が眼下に見える。


「降りる。舌を噛むなよ」


 タッ。と踏み切ると、ロミオンは城壁から離れるように飛び降りる。


 ドン! と着地すると、暗闇に土埃がまった。


 ロミオンは瞳を青く光らせながら、馬車の追走を始めた。


「もう降ろしても大丈夫じゃぞ?」


 横抱きにされたままのルクレツィアが少し恥ずかしそうに言う。帝都の暗部を長く支配してきた女傑にとって、このような扱いをされるのに慣れていなかったのだ。


「このままの方が速い」


 ロミオンは気にすることなく、走り続けた。



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