第11話 修行の成果とスラムの異変
深夜の修練場。ロミオンは中央に立ち瞳を閉じている。その様子をアリエルが壁際から真剣な表情で見つめていた。
一見、ロミオンの周りには何もないように見える。しかし、実際は彼を中心にして球状に陰伏属性を付与された魔力が展開されていた。
その領域はロミオンにとって自分の身体の一部だった。自分の身体だと思い込んでいた。彼にとって、「思い込みの強さ」が一番の武器だ。
機を見て、アリエルが手に持っていた小石をロミオンに向かって勢いよく投げる。ロミオンは瞳を閉じたままだ。小石は強かに少年を打つように思えた。しかし──。
風の刃が小石を真っ二つにした。ロミオンの領域に入ったからだ。アリエルは次々と小石を投げるが、それは空間に突然現れた火球や石の弾丸、氷の杭などによってことごとく阻まれる。
「完成したわね……! これはロミオンにしか出来ない魔法の使い方よ!!」
「ああ」
アリエルの言葉にロミオンは照れ臭そうにした。
ロミオンは自分の身体から離れる魔力に対する運動性の付与を苦手としていた。身体の中やすぐそばでしか、思うように動かせなかった。
「だったら、自分の身体を拡張すればいいじゃない! 無尽蔵の魔力があるんだから!」というアリエルの言葉。実はこれ、いっこうに上達しないロミオンに対してヤケクソになって言っただけだった。
しかし、ロミオンは愚直にそれを実行した。彼は、「思い込みの力だけで最強になる素質」をもった男だったのだ。
展開されたロミオンの【テリトリー】に物体や生き物等が入ると、身体に対する違和感として察知される。そして様々な属性、凶悪な運動性を付与された魔力によって撃ち落とされるのだ。
現在、ロミオンは【テリトリー】を半径百メルまで拡大できる。彼を中心にして百メル以内に入った者は、彼の気分次第で命の保証はないと言えた。
「残念なのは今の学園の基準だと、ロミオンの魔法の使い方は評価されないことね。身体を起点にして起動された魔法が評価対象となるから」
「別にいいさ。俺の目的は様々な魔法を使えるようになることだ。学園でよい成績をとることではない。それに、目立ってしまうのも不味い。昼は魔法理論を学びつつ、夜に修練場で修行をする。これだけで十分だ」
ロミオンはすっと力を抜いて、【テリトリー】を収束させた。
「今日の修行は終わり?」
「あぁ。ちょっとスラムにいってパンを配ってくる」
学園の食堂で廃棄されるパンをスラムの子供たちに配るのは、ロミオンの習慣となっていた。もちろん、学園長であるアリエルの許可も下りていた。
「あぁ、そうだ。最近スラムがまた荒れているらしいから気を付けてね」
「荒れている?」
「そう。私も詳しくは知らないけど、ピリピリしているそうよ」
一度考え込むような仕草をしてから、ロミオンは修練場を後にした。
#
帝都のスラムを治める者は誰だ? という問いに対し、多くの人々はこう答えるだろう。「スネークヘッドの女頭領、ルクレツィア」と。
冷酷で悪逆非道の限りを尽くした女。世間一般に知られている情報はそれぐらい。スネークヘッドのメンバーですら会ったことのあるものはほとんどおらず、「架空の存在」とまで言われていた。
帝都の地下深くにある、スネークヘッドの本部。その最奥にルクレツィアの部屋はあった。そこに、ある男が訪ねて来ていた。
「ルクレツィア様……ご報告したいことがあります」
スネークヘッドの幹部マーウィンは簾の向こうに声を掛ける。
「厄介事のようじゃな。話すがいい」
返ってきたのは若い女の声だった。しかし、話し方が随分と年上に思えた。
「最近、スラムで暮らすガキどもの数が減っています。死んだわけではなく、ある日突然いなくなっているのです」
「ほう。また闇奴隷商の奴等ではないのか?」
簾の向こうから衣擦れの音がした。うっすら、脚を組み合える様子が見える。
「それであれば、もっと騒ぎになる筈です。奴等はまどろっこしい手を使いません。無理矢理ガキどもを攫う筈です。しかし、今回はそんな話は聞こえてきません。ある日突然、消えているんです」
「それでお前達はお手上げというわけか?」
ルクレツィアの冷たい声にマーウィンは汗をかく。
「申し訳ございません!」
「まぁよい。私が調べよう。たまには地上に上がって運動をしないとな」
「よろしいのですか!?」
簾の向こうで立ち上がる気配がした。
「私の庭を荒らす奴がおるのじゃ。黙っておるわけにはいかんだろ?」
「ありがとうございます!」
「行方不明になった子供達が住んでいた辺りに案内せよ」
そう言って簾の奥から現れたのは、縦に長い瞳孔、蛇の瞳をもった女だった。
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