第12話 真実の魔眼

 深夜のスラム街。音もなく、仮面の男が現れた。その背には大きなリュックがある。パンを配りにきたロミオンだ。控え目に【テリトリー】を展開しながら、あばら家が並ぶ路地裏を歩いていた。


 風で揺れる扉の前にパンの包みを置いた時、ロミオンは首を傾げた。テリトリー内に人間の反応がないのだ。


 ロミオンは現在、テリトリーで反応する条件を「猫より大きな生体か、矢より速く動く物」と定めていた。範囲は直径五メル。あばら家の中にいる子供は当然、反応する筈だ。


 スラム街の夜は危険だ。力のない子供達が出歩くことはまずない。住処を移したのか、それとも中で死んでいるのか……。


 ロミオンは一度置いたパンの包みをリュックにしまうと、あばら家の扉に手を掛けた。音を出さないようにゆっくりと開く。


 青い瞳に魔力を集めて隅々まで中を見渡すが、やはり子供の姿はない。


「スラムを出たのか……」


 自分だってスラムから魔法学園の寮に移った。他の子供だって生活を変えることもあるだろう。そう言い聞かせ、あばら家から出ようとした時──。


「……!?」


 ロミオンのテリトリーに強烈な生体反応があった。人間の大人サイズが二つ。あばら家の扉を一枚隔て、すぐ傍にいる。いつでも迎撃できるように、身構えた。


 扉が開かれ、灯の魔道具で照らされる。


「あ、あなたは……!?」


 現れたのは二人組だった。一人は深くフードをかぶり性別すら不明だ。もう一人はロミオンにとって見覚えのある巨漢の男だった。


「見たことのある顔だな」


 ロミオンの反応に、スネークヘッド幹部マーウィンは引き攣った笑顔をつくった。


「その節はお世話になりました……」と言ってから、マーウィンは隣に立つフードに耳打ちをした。


『ブラックハンドのボスをやった、恐ろしく強い男です。最近はスラムの子供達にパンを配っています。素性を探るようなことをしなければ、無害です』


 フードの人物はゆっくり頷くと、口を開く。


「ここに住んでいた子供を探しているのか?」


 女の声だった。


「あぁ。どうやらスラムを出たようだ」

「いや、それは違うようじゃぞ。最近スラムで次々と子供が消える事象があるらしい。ここに住んでいた子もそれに巻き込まれたのであろう」


 ロミオンの雰囲気が変わった。


「まさか……。俺を狙ってスラムの子供を……片っ端から……」

「心当たりがあるのか……?」


 探るような女の声。


「あぁ。相手の正体は謎だが、ずっと狙われている。また、スラムの子供を巻き込んでしまったか……」

「助けたいのか? スラムの子供達を」

「俺のせいだからな。なんとかして助け出す」

「手掛かりはあるのか?」


 ロミオンは黙り込んだ。現状、なんの手掛かりもないからだ。


「ここは一つ、共闘といこうじゃないか。我々も得体のしれない奴等にスラムを荒らされてはこまるのでな」

「……しかし……」

「ふふ」と笑って、女はフードを脱ぐ。現れたのは蛇のような瞳をした若い女の顔だった。


「まだ名乗っていなかったな。私はスネークヘッドの頭領ルクレツィア。帝都の地下を統べる者だ」

「……俺は……」

「明かさなくてよい。仮面の男で十分じゃ」


 ロミオンは少しだけ警戒を緩めた。


「この太った男、マーウィンの拠点の場所は分かるな? しばらくはそこにいる。定期的に尋ねてくるといい。何か新しい情報があれば教えよう」

「恩に着る」


 三人はもう一度あばら家の中を確認した後、特に手掛かりを見付けられず外に出た。



#



 スラム街にあるマーウィンの拠点。執務室の豪奢な机には蛇の瞳を持つ女、ルクレツィアが脚を組んで座っていた。黒いドレスのスリットから、白い太股がのぞく。


「ルクレツィア様。仮面の男はどうでしたか?」


 巨漢のマーウィンは額に汗を浮かべながら尋ねた。ルクレツィアの回答一つで、対峙することもあり得ると考えて緊張しているのだ。


「私の魔眼は反応しなかった。男が語ったことは本当じゃ。奴は何かの組織と戦っているのだろう。ブラックハンドを潰したのも、その組織が関係しているのかもしれんな」


 ルクレツィアの瞳には特殊な力があった。嘘をついた者に激痛を与える、「真実の魔眼」。彼女の前では如何なる存在も嘘をつけないのだ。


「それではしばらくの間、仮面の男と共闘するというのは変わらないということですね?」

「そうじゃな。子供達を助けたいというのは噓偽りない本心。奴の力を利用することで、スラムの治安を取り戻すのも楽になるじゃろう」

「我々はどうしますか?」

「決まっておるじゃろう。組織力を活かしての情報収集じゃ。私の瞳がある限り、真実はおのずと我々の前に現れる」


 脚を組み替えながら、ルクレツィアは笑う。


「明日から怪しい奴を片っ端から引っ張ってきて、ルクレツィア様の前に並べます!」


 ロミオンの思い込みは、魔眼すらも凌駕するのであった。

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