二丁目スナックさいかわ さいかわママ編(前半) 著:犀川よう

 あ~ら、いらっしゃい。まだ雨はドイヒーなのかしら? いやねぇ。こちとら、商売あがったりだわよぉ~。ささ、入って入って。タオルを貸してあげるから。え? 大丈夫だって? アンタ、若い女がオカマ相手に遠慮なんてしてんじゃないわよ! 風邪引いたら大変なんだから。ハイ。これ使って!


 ……どうやら落ち着いたようね。ささ、カウンターへどぞ~。どうせ、この雨だとお客なんて来やしないから、ゆっくりしってって。何飲む? え? ウイスキーの水割り? は~い了解! アンタいいわねぇ、いけるクチね。じゃあ、とっておきヤツで作ってあげるわ。普段は何のウイスキー飲んでるのかしら。え、適当? そんなんじゃダメよぉ。女はウイスキーと男に妥協しちゃダメ。アンタにとって、なんでもいいようなウイスキーや男なんかに費やしてる時間はないんだから。――あ、アタシはオカマだから、いつでも来てくれて大歓迎よ! ギャハハハー!

 

 はい。これどうぞ。クレイモアの30年物で作った水割りよ。水割りにはブレンデッドが一番よ。どう、おいしい? それは良かった。え? 水もいいもの使っているんですねって? アンタ、味がわかるわねぇ。そう、実はこの水はね。後ろを見てみてごらんなさいな。ホラ、窓の向こうにあるアレ。雨水なのよ! タダだし、二丁目の雨水は美味しいんだから!(笑) え? ジョーダンよ。ジョーダン! そんなことで引いていると男のチ○○なんて……え? シモネタNG? そんなぁ。アンタ、どこのお嬢様よ。そんなおブスな顔してても、やることはやっている……わかったわよ。やめるわよ。まったく、とんだ営業妨害だわぁ~。


 じゃあ、ちょっと一本だけいいかしら? ――うん、ありがと。


( ´ー`)y--フゥー......


 仕事中の一本だけはやめられないわね。しっかし、外はうるさい雨ねぇ。……あーかわいそうに。あのホームレスのジジイ。びしょ濡れじゃないの。まったく、雨なんてロクなもんじゃないないわね。ふぅ。……ありがと。吸い終わったわ。

 

 ところでアンタ、このスナックに何か用があって来たんでしょう? でないと、こんな場末中の場末に、あんたみたいな陰キャな若い女がひとりでやってこないもの。ま、話したくないのなら、別にいいけどさ。……って感じでもないみたいだわね。

 

 アタシ、さいかわっていうの。このスナックのママをしてるわ。雇われママだけどね。でもね。豆ははこっていう、この町の顔役である人からこのお店を任されてるんだから。こう見えて、アタシ、けっこうイケてるのよ?

 チーママの沙樹ちゃんっていう女の子もいるんだけど、あいにく今日はお休みなのよ。残念ね、紹介したかったわ。

 

 で、アンタは? え? アンタ。小説を書いているの? ――そう。じゃあ、件で来たってわけね。随分と思いきったことをするじゃない。アタシに直接会いに来るなんてなかなかいい度胸よ。ほめてあげるわ。で、どんなご用かしら?


 今回の水無月賞の全体的な感想はどうだって? そんなこと聞きたくてここまで来るなんて、アンタもかなり小説を書くのにハマっているのね。まだ若いのに、他にすることがあるでしょうよ。恋とか男とかそういうの。え? そういうのはいい。やぁ~ねぇ~。この町は恋愛の総合格闘技場と野戦病院みたいなものなのよ? まあ、アンタは今小説に夢中みたいだから、まだわからないか。


 ま、いいわ。ご希望通り、ここまでの感想を言ってあげるわ。

 そうねぇ。前回は卯月賞っていう企画をやってたんだけど、そのときよりも段違いに質の良い小説が多いわね。特に内容がいいわ。小説としての内容がすごく良い作品がたくさんあるわね。それもびっくりするくらい。アンタみたいなガチなヤツが書いたんだってのがよくわかるわね。どれもこれも魅力な内容だったわ。だから、めちゃくちゃ偉そうに言わせてもらえば、ある意味、ようやく内容を吟味できるラインがそろった感じかしらね。


 でもね。あいかわらず、テーマに回答する形で小説を書くというのに慣れていないわね。ほっとーんど、自分の書きたい小説の中にテーマを添えたり、ところどろこ挟んだりしているカンジだわね。もっとこう、テーマを真正面に据えて小説を書けるようになってほしいわね。アンタはどう? え? 原稿持ってきてるの? マジメねぇ。どれ、見せてごらんないさいな。――――なるほどね。アンタも「テーマをメインに据えるってのはわかっていても、実際にまだできてない」ってカンジね。


 ……え? 悔しい? アンタ、そんなのしょうがないじゃない。「わかる」っていうのと「できる」っていうのの距離なんて、この二丁目と隣の三丁目くらい離れているんだから。どれくらいかって? 交差点渡ればいいから10メートルくらいかしらって、短かっ! ギャハハハ! 


 まあ、そんなところかしらね。だからどんなに魅力的で上手な小説が多くても、テーマについてアタシに「自分は雨をこういうふうに解釈をして表現してみました」って出せてない作品は、やっぱり企画主としてはもろ手を挙げて喜べないわけよ。

 こっちはチャーハンが食べたいって言ってんだから、アンタが作るチャーハンがアタシの求めるチャーハンを上回ってくんないとツマンないじゃいない? それどころか、どんなにおいしい天津飯や豪華なフレンチ持ってこられても、それチャーハンじゃないでしょって思わない? ねぇアンタ、アタシの言ってることわかる? よくわからない? え? 自分はちゃんとチャーハンを題材にしてるって? そんな噛みつかんばかりの顔をしてもダメよ。テーマが出されているときはね。アンタがそのテーマをどういう風に解釈をして表現するかを聞かれているの。「雨」をただのレトリックや演出、オチに使うだけでは「そもそもが違う」ってわけ。


 まあいいわ。わかろうがわかるまいが、アタシはそういうアンサーを期待しているってことだけは、覚えておいてちょうだいな。


 そろそろ次、飲む? 何がいいかしら、アタシね。こうみえて元バーテンドレスじゃなかった、元バーテンダーなのよ。きどったものはもう作れないけれど、基本的なカクテルなら作れるわよ。何が良いかしら? え? マティーニがいい? いいじゃない。アンタは小説のセンスはアレだけど、お酒のセンスはあるみたいね。


 じゃあ、これから作るから、ちょっとマティーニ待ってね。 なんてね! ギャハハハー!


つづく

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