「おばちゃん飴ちゃんやるわ」 月の青さを知る/雨森透さん

 雨森さんは前回のカクヨム甲子園2023の数名しかいない最終選考に選ばれた才人で、はじめで出会った時はその高校生とは思えぬ筆運びに「カクヨムにもこんな逸材がいるのか」と大変驚きました。あれからしばらく経ちますが、こうしてまたカクヨム、しかも自企画で雨森さんと再会できるとは、うれしい限りです。


 感想になりますが、いうまでもなく大人顔負けのになっております。ギリとはいえ18歳でここまで書けるのに、もはやおばちゃんに何を求めているのかと思うくらいです。カクヨム甲子園である種の有名な曲になったピアノ月光と、主人公である私の祖父を通して、私がひとつの境地に辿り着いてこの物語という演奏は終わります。全体を通して綻びがなく、素直な作品だと思います。


 さて、アドバイスということでどうしようかと思ったのですが、今後おばちゃんがこうして雨森さんとお話できる機会があるかどうかはわかりませんので、できるだけ伝えたいことを伝えておきたく思います。これからも賞レースに挑んでいくのか、あるいは自分の世界を広げていくのか、その両方なのかはわかりませんが、ここらで一発、飛躍的に成長してもらうために、おばんちゃんはぶちかましていきますので、しっかりと歯を食いしばって聞いてくださいね。


 本作を含む雨森さんの作品を通して言えることは、「物語、文章は優秀だけれど、表現の強弱や緩急、人物や物へのスポットライトの当て方にまだ価値観がない」だと思います。これは皮肉なことに、文章が上手な人ほど陥りやすいところなので、以降の説明をよく聞いてほしいです。

 普通の小説は、話の中にクライマックスや山場を作って強弱をつけます。これが効果的に演出できるタイプの作家というのは、意外にも文章があまり上手でない人です。理由はごく単純で、「文章が下手な分、クライマックスの盛り上がりを読者がダイレクトに感じる」でして、文章力ではなくとも、作者の思いや勢いが前に出ることによって、結果的に読者が話の強弱を感じ取れるという、とても皮肉な現象なのです。文章は稚拙でも思いがこもった作品にありがちなパターンです。

 ですので、文章の上手な作家ほど、「どこの部分に光をあて、どこの部分をおさえるのか」「どこをフォーカスをして、どこをぼやかすのか」というメリハリを意図的につけないと、読者に盛り上がりが伝わりにくいということになるのです。


 上手で簡明な文章はとても読みやすいです。しかしながら、読み飛ばしても理解できてしまうという副作用も存在しています。ですので極端な話、雨森さんの作品も中盤あたりの、



 祖父は何十年もピアノを弾いていたが、その生涯で演奏したのはたった一曲だけだった。



 からだけの作品にしても、物語として成立してしまうのです。おばちゃんが言っていることを是とするならば、出だしからここまでの話ってどういうことになるのでしょうか? 残念なことに、「いらない」ってことになりますよね。それはとても受け入れられない事態ですよね。


 ここらで少し話を落ち着かせましょうか。

 雨森さんは「文章力」という言葉は当然わかると思いますし、勉強してより上手になりたいと考えていると思いますが、「演出力」については恐らく考えたことはないのではないかと思います。どこを魅せるか。そのためにどこを引っこめるか。そういう「演出」ができるようになると、小説はまた一段とシームレスな作りになります。今の雨森さんの作品は一見、話としてはつながってはいますが、段落あるいは二、三段落くらいの塊に分けると断点ができてしまっています。そのあたりを改善するには、総合的な「演出」を考えなければなりません。


 物語を進めるうえで簡明な展開にするには「対比」をしっかりと置くことです。AとBがあり、Aが良いと思っていた自分が、あるきっかけを通してBの方が良いと思えるようになる。この対比を主線として、主人公の思考や感情表現といくつかのエピソードで肉付けをしていけば、一人称の小説はできあがりです。

 この骨組みの中で話を進めるにあたり、Aにこだわっている自分をどう演出するか、やがてBに価値観を見出していくまでの過程にどう陰影あるいは強弱をつけていくか。こういった演出技術が身につけられれば、我々作家には耳にタコな「起承転結」のついた本当の話ができあがるのです。


 概念はここまでにして、雨森さんの作品で具体的に考えてみましょう。


①私(思春期は過ぎている。車は運転できる)

②祖父(戦前の人。ピアノを弾くことに憧れがあって月光が好き)


③ピアノを本格的にやらなかったことに後悔している私

④何者でもない自分も嫌いではないと思えるようになった私


 この四つが主線上に乗っているのですが、対比も強弱もスポットライトのあてかたも一貫性がないので、その場その場で推移していきます。またスタートから盛り上がりに欠けるのが、①の像がぼやけているためです。①が主線中の主線なのですからキチンと、男性か女性か、何歳くらいかは序盤で明記するべきでしょう。①にスポットライトをあてることによって、②のエピソードとの対比や月光が生きてくると思います。

 さらに③と④も①がしっかりと描かれていないので、やはりぼんやりと「こう思いました」で終わってしまっています。短編を書くにあたり特に大事なのは「(クライマックスに向けて)溜めて溜めて、ドーン!と盛り上げる」演出です。そのために起承転結でいう所の承で抑えたエネルギーを決で爆発させるのです。上手な演出ができる作家はこの「承」でいかに「溜めるか」に腐心します。

 別に「ドーン!」と盛り上げるだけが小説ではありません。しかしながら、静かな世界の中にでも盛り上がりというものは存在していなければならず、たとえ「今日は天気がいいので買い物に出かけました」という内容だけの小説であっても、どこに光をあてるか、それによってどこに影ができるのか、読者に何を届けるために、何を書き、何を書かないで理解させるのかを考え演出することが必要なのです。おばちゃんはよく演出についてケーキを使って例えていて、「デコレーション」とも言ったりしています。


 ②の月光ですが、この月光を取り上げた意味もあいまいになっています。例えば月光の構成だけではなく、ピアノ自体に意味を持たせたり、スポットライトをあてることで心情表現にも使えます。雨森さんの作品はこのあたりがまだ単調で、物語に出している人や道具を十分に使いきっていません。それは演出の観点から見るともったいないことです。おばちゃんはピアノを弾けない素人ですが、それでも鍵盤に白と黒があることは知っています。ペダルもありますし、弦もあります。ピアノ一つとっても色々な比喩に使えると思いますので、このあたりを利用して、「表現の余裕」が出てくるようになれば、更なる深みが出せると思います。



 夜の静寂と浮かぶ月を思わせる第一楽章、ひと匙の不気味さが混じった可憐でメロディアスな第二楽章を経て、豹変したかの如く苛烈なメロディに切り替わる。何かに溺れ、悩み、苦しむ。月下に立つ人間の葛藤を、この十の指で絡め取ろうと言わんばかりの様相だ。



 ここはすごく良いと思います。ですが、ここで言っただけでおしまいになっています。せっかく月光を題材にして、楽章ごとの世界観を産み出したのですから、あらゆる月光の要素を「私」にも「祖父」にあてはめられるでしょうし、ひと匙の不気味なども何かに例えられると思います。そうでないと、「別に月光でなくとも何でもよいのでは?」となりますよね。ですので、使った題材はきっちりと初めから終わりまで使い倒して、テーマ性とシームレスさを担保し、話の深みや全体的な視野から見た月光の必要性を読者に感じさせるべきなのです。


 小説であれドラマであれ、話で大事なのは流れです。今の雨森さんには、その流れのその時点その時点をいかに演出して読者に伝えるかが重要なテーマあると思います。文章の切れ目としての起承転結ではなく、演出としての起承転結を知ることができれば、本当の意味での「作品」に仕上げることができます。

 以上ここまでの話で感じてくれているとうれしいですが、結局のところ、「自分らしい小説」とは、「文章力」ではなく「演出力」によって成り立っていると、おばちゃんは思っています。

 もちろん、文章力があるというのが大前提です。「文章力」のない時点で「演出」に走る作品に対して、「そんなんじゃダメだ!」と、おばちゃんはいつも口うるさく言っております。(この一行はおばちゃんの単なる愚痴です笑)。


 これらの考え方は非常に難度が高く、正直理解してもらえるかどうかはわかりませんが、ここぞとばかりに書いてみました。小説家は「ライター」と「演出家」と「役者」の自分をうまく切り替えながら書く必要があります。今の雨森さんに必要なのは「演出力」を磨くこと。直線的な表現だけではなく、小道具や主線上にあるものを使って比喩や隠喩を混ぜていくことだと思ます。これらは芥川賞受賞の作品を本を読み漁ってみれば、得るものがたくさんあると思います。駆け出しの頃のプロの瑞々しい感性や演出が、今の雨森さんにはマッチするのではないかと思うのです。


 雨森さんに関しては、ケーキで言えば土台であるスポンジは出来上がりつつあります。ですので、これからはデコレーションについて学んでいっても良い段階ではないかとおばちゃんは思います。ちなみにおばちゃんはアマチュア作家に対してはいつも、「スポンジをきちんと作れ!」としか叫んでいません。「デコレーションを勉強しなさい」なんて言ったのはカクヨムでは雨森さんが初めてです。それくらいにおばちゃんは雨森さんに期待をしています。これからも頑張ってください。 

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