第6話 星の眼

「おい、お前もしかして先程得た貢献度を全て使い切ったのか。……呆れたやつだ」


 後ろから聡明な声が聞こえてきた。


「いくら安物っつっても翻訳機は高いんだよ。この物価高騰はなんなんだ、どうにかしてくれよシビル様よ。貧相な我々をお救いください」


 シビルは無言のまま大量の手で頭を抱えている。腕が多い分、呆れるような思い悩む様もより深刻さが増すような気がする。頭は手の中にすっぽり収まっている。


「あ!さっきの食い逃げ捕まえた分で買ったの!?」


「そんなことはどうだっていいんだよ。経済と羽は回せば回すほど成長するって親父が言ってたんだ。俺の親父はとんでもねぇ立派な羽を持ってるぜ。そうだなぁ、少なくとも俺の五倍以上はあるな」


 サンヴィは無い袖と小さな羽を自慢げに振り回した。


「まあいい、好きにしろ。私の問題ではない。ところでジリア、この男と居て少しは楽しめたか?」


「……ご覧の通り」


 彼は両手に持っている大量の買い物袋を広げてみせた。


「ふん、それは良かった。こちらも手続きは全て済ませてきた。これで君も正式に我々の仲間というわけだ。おめでとう。そしてよろしく」


「よろしくな!俺はお前を拾ったときから仲間だと思ってたぜ」


「ありがとう、ふたりとも。それで、これからまたどこかへ行くの?この世界についてなんの知識もないんだけど」


「そうだな。これから君はこの宇宙の様々な場所を回ることになる。旅を経て種々雑多な惑星を見て勉強していくだろう。しかし、残念なことに我々は共に行動することができないんだ。君からすると非現実的なこの世界で現実的な事を言って申し訳ないが、我々の協会はかなりの人手不足に陥っている。崩壊の穴を塞ぐ事の出来る者は限られていて素質や資格が無いといくら協会に入っても崩壊は防げない。更にこのような協会は他にも存在している」


「なる……ほど。つまり僕一人ってこと?」


「そこでだ。我々の協会に入ってくれたお礼として、この生物を授けよう」


 上着のポケットから小さな箱を取り出して一つの手をかざすと鍵が開いた。中からは想像もできなかった姿形の生物が飛び出してきた。


「我を解き放ったのはだれだ!引きこもらせろ!まだ二千年しか引きこもってない!働きたくない!」


小さな身体で目の前を飛び回っている。その姿は天使のようにも妖精のようにも悪魔のようにも見えて、今までに見たことのない色をしている。青と赤の間に存在しそうな色合いだが、決して紫とは言えない。目がたくさん付いているような印象を受ける。


「このすごく働きたくなさそうな生物?はなに!?」


「私の種族が昔から交流のある惑星の生物……と言うよりかは存在と言ったほうが近いのだが、とにかくその惑星に存在している、通称「星の眼」だ。数多くの目が銀河のように見える事からそう呼ばれている」


「星の眼……俺も初めて見たぜ。こりゃすげえな。綺麗だ」


 怖いもの知らずのサンヴィが星の眼をつつこうとして、それをシビルが慌てて止めた。


「全然わからないよ……」


 星の眼は言葉とは裏腹に長年抑制していた体をほぐすように絶えず飛び回っている。


「生きていればそのうち分かる筈だ。この宇宙の知識量で言うと恐らく私と同じくらいだろう。普段は自堕落な生活をしているが、長く生きている分私よりも詳しい分野があるかもしれない。それは長く旅をする中で徐々に聞き出してみると良いだろう」


「え……僕これと一緒にこれから旅をするの?」


「これとはなんだ!失礼なやつだな!……おや?その顔、人間か。よくもまぁあんな種族がここまで進化したものだ。それにお前は……なかなか我の好みだな。よく見える。まあ良いだろう、共に行ってやる。一人では一日も持たんだろうからな」


「あ、ありがとうございます」


「我の名はニーセ。まずは死なないように頑張るんだな、人間よ」


 体をほぐしおわったニーセが真っ直ぐに星の目を向けている。


「それでは我々は別の任務に向かう。また何処かで会えることを楽しみにしている。移動の際はここに乗ってきたものを使うと良い。それでは」


 シビルが手を前に向けると、真っ黒な渦が出てきた。サンヴィは興奮している。


「おい! あれ使うのかよ! やったぜ! じゃあなジリア!」


「あ、あの乗り物ってどうやって──」


 渦が一瞬大きくなったかと思うともう二人の姿はなかった。


「あぁ、行っちゃった。あ、あの……これからどこに行けば……?」


「なにも聞いていないのか。そんなことを聞かれても我は知らんぞ」


「え……」


 周囲の騒がしさが急に静まり返るように感じた。途端に皮膚が粟立つ。


「どうしよう……。えっと、なにかこの宇宙で生きていくために必要なことってありますか?」


「生きていくために? そうだな……我々のような存在は人間のような生物からするととてつもなく長生きに感じるだろう。しかし、それはせいぜい一つの個体が長く生きて百年程度の人間から見た感想だ。それも相手にしているのは地球というただの小さな一つの惑星。そういえば地球ですらコントロールできていなかったか。それは今も同じか?」


「そうですね……。陸地はまだしも海は数パーセントしかわかってないみたいですし、自然災害も防げません」


「何も変わってないみたいだな。これから相手にするのは惑星や宇宙規模になってくる。そう考えるとお前がもし二百歳まで生きたとしても宇宙からすれば一瞬くしゃみをした程度の時間だ。もしくはそれ以下か……。これじゃなにも活躍できないな」


「ということは、寿命を伸ばすなにかがあるということですか……?」


「そうだ」


 ニーセと話していると、いつの間にか最初に受けた印象とは違ったふうに見えるようになっていた。人間と話していて感じたことのない感覚だった。

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