第4話 身分
「大丈夫なの? 追いかけていったけど」
「あいつはそのうち帰ってくる。気がついたら横を歩いているだろう。そういう奴なんだ。さて、我々は手続きに向かうとしようか」
「さっきから手続きって言ってるけど、何かしなきゃいけないの? さっきの身分証とか?」
「そうだ。その場で説明しよう」
シビルは席を立つとテーブルに手をかざした。すると、そこに三人分の貢献度が刻まれた。その後店主とアイコンタクトを交わすと、そのまま店を出た。帰り際に店の中をちらっと見ると同じ場所に店主が手をかざしているのが見えた。
しばらく二人で町の中心に向かって歩いた。彼は見慣れない町並みをきょろきょろ見渡していた。対してシビルは真っ直ぐ前を向いて、途中服に付いたゴミを払った時以外一度もよそ見をしなかった。
「着いたぞ」
中心部にこの町の顔となるような角張った大きな建物がある。地球のような四角の建物ではなく、角がいくつもあって少し恐ろしい見た目をしている。何角形か数えようかと思ったけれど、馬鹿らしくなってすぐにやめた。
「すごい建物だね……」
「そうか? まあこの建物の利便性が交流点を大きく発展させたからな。そういう意味ではすごい建物になる。ここではこの宇宙で必要な最低限の手続きを行える。」
角張った扉の前に立つと大きな音を立てて動き出した。まるで難解なパズルのように組み合わさった扉が解かれていく。
中に入るとここにも様々な種族が居て、カウンターの中と外でそれぞれ慌ただしく手続きを進めている。
「まずは身分証だな。前にも言ったように身分が無い者は奴隷として所持される。それか、知的生命体ではないと判断されて殺されてもおかしくはない」
彼にはシビルの話が耳に入っていなかった。あるところに目が奪われていた。
綺麗な女性の絵が額縁に入って壁に飾られている。あまりの綺麗さに魅了されて、いつのまにかふらふらと近づいて手で触れてしまっていた。
その瞬間、絵は額縁ごとこちらに向かって動き出し、喚きたてる。
「なにするのよ! この変態! 私のことつんつんしたわね!」
大きな建物の中に金切り声が響き渡って、周りの生物達が迷惑そうにこちらを見ている。シビルに助けを求めようとすると、既に間に入って仲裁を始めていた。
「これはすみません、マダム。私の管理が行き届いていませんでした。これでどうか許してはいただけませんか」
シビルは絵のマダムに対して手をかざすと、マダムは絵の中から手を伸ばしてそれを受け取った。
「まあ、こんなにいただけるの? ……仕方ないわね、次は無いわよ」
深く被っていた魔女のような帽子を両手で几帳面に直すと、掛かっていた壁に戻って行った。
「ありがとうございます。それでは失礼します」
シビルは怒ったマダムを丁寧に宥めた。マダムの怒りが少しシビルに移ったような気がした。
「ジリア、君は今の状況を分かっていないのか? 先程も説明したが、君にはまだこの宇宙での身分が無い。身分が無い"物"は何をされようと文句を言えない。死んだとしても物は殺されたうちに入らないんだぞ」
普段と違って凄むシビルはとても怖かった。それと同時に自分が置かれている状況を改めて理解することができた。
「ごめんなさい、シビル。初めて見るものばかりで混乱してたんだ……。もうしないよ」
「それも無理はない。まず人間がここに来ること自体がとても珍しいことだ。だが、少なくとも身分が証明できるようになるまでは大人しくしていてくれ」
なんとかシビルに許してもらい、身分証を作成するカウンターに向かった。そのカウンターに座っている生物は、門で見た種族と同じような見た目をしている。素人目には判別がつかない。
「やあ、カルンズ。この子の身分証がぐちゃぐちゃに壊れてしまってね。新しく発行したいのだが、君ならすぐにできるだろう?」
折れているカードのようなものを見せると、残念そうな顔を見せた。恐らくダミーだろう。
「ああ、これはこれは、シビルじゃないか。久しぶりだな、よく来た。私に任せなさい。この端末に情報さえ入れてくれればさささっとできちまうぞ」
「ありがとう。少し待ってくれ」
カルンズと呼ばれたその生物は小さな眼鏡をずらすと、こちらに向かってウインクした。
「ちょっと、全身を身分証に写させてもらうぞ。いいかな?」
そう言いながらカウンターの下から機械を取り出した。なにやら機械をいじってカウンターに置くと、彼は二秒ほど光に包まれた。不思議と眩しくはなく、目は開けたままでいられた。その間に情報の入力は終わったようだ。
「カルンズ、これでいいかな」
「ああ、いいとも。少しばかり待ってくれ……ほら、できたぞ」
身分証は、少し待つとも言わないほどすぐに出てきた。カード型になっていて、形は地球のものとあまり変わらない。ただ、写真の部分は全身をどの方向からでも見られるようになっていた。
しばらく身分証を眺めていると、急に横から四つ目の顔が覗いてきた。
「おお! 出来たか! やったな、これでちゃんと生きていることになった」
「わあ! サンヴィ、急に出てこないでよ。びっくりした」
「ん? ちょっと前から居たぜ」
シビルはそれを見ながら呆れたような顔をしていた。
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