第9妄想 遊園地 後編
俺とみゆうの会話はそれっきりだと思っていたが、意外にもその時はあっさりと訪れた。
それは、ペアで進むタイプのお化け屋敷に並んだ時だ。
時刻は夕方。そろそろ遊園地から帰ろうか。そんな雰囲気が出てきた時にさくらが見つけたのだ。
「最後に入っていかない?」
その提案が受け入れられたわけだが、当然のようにみゆうのペアはいない。
「彼氏と一緒に入ればー?」
さくらがクスクス笑う。
……あれ? ちょいちょい思ってたけどやっぱりそうだ。
みゆうってさくらとミズナにからかわれてるんだ。
見ようによっては、いじめにも見える。
別に嫌われてるわけじゃなさそうだけど……
あ! これがいじられるってやつか。
それにみゆう。すごく寂しそうだ。
そりゃそうか。他のみんなはカップルなのに自分だけカップルじゃないんだから。
みゆうだって本当は彼氏が欲しいんだろうな。
けどな。もう俺から話しかけるのは不可能だ。あんな反応をされたら無理だ。
2人きりでゆーた達を待つ時間がやって来た。
会話はない。
気まずい。
だから俺は周りの他のお客を見てみることにした。
遊園地という場所は比較的カップルが多いと思っていたが、意外とそうでもないことに気がつく。
「友達とかとも来るのか……」
あ。やべ。あまりにも意外すぎてうっかり口に出しちゃった。
ま。どーせみゆうは無反応だから俺の独り言で終わるんだろうけど。
「そりゃそーだろ。うちらだって友達同士だったじゃん」
そう思っていたら、みゆうが反応した。
うちらというのは、ミズナとさくらのことだろう。
俺の話しに反応したのにびっくりして、みゆうを見た。
「何だよ?」
俺がびっくりする反応をすると、みゆうはいつも素っ気ない態度か不機嫌な態度を取る。
「いや……返事されたから」
正直に言うと今度はまた怒られた。
「はぁ? 当たり前じゃない? うちを何だと思ってるの?」
えっと、可愛いギャルだけど?
「話しかけられたら返事くらいするわ! っつーかうちそんなに性格悪く見えてんの?」
まぁ正直言えばそう見える。ギャルっぽい見た目ってのもそうだし、仲良くしている友達もそうだし。
「うちそんなに性格悪くないし」
ん? なんだ? なんか怒ってるけど怒ってないような。なんだか不思議な感じだぞ?
いわゆるツンデレってやつか? 照れ隠しなのか? 俺に惚れてしまったのか?
「っつーかあんたホントキモいな」
……は? 戦争ですか?
「いっつもオドオドしてるし、何喋ってるかわかんねーし」
ちょっと言っている意味が分からない。
別にオドオドしてないし。
こういうことを言うから性格が悪いと思われるんじゃないか?
「敵って何?」
え? あぁ。さっき言ったやつか。
さてどうしたものか……
勇者であることは秘密。だが、さっき少し喋ってしまったのだから、言ってしまうべきだろう。
「じ。実は俺は勇者なんだ……」
「勇者ぁ? 何言ってんだおめー?」
まぁ当然の反応だろう。
伝説の存在である勇者が、突然目の前に現れたのだ。信じられないのも無理はない。
「ゆ……勇者は色んな敵から狙われているんだ。もしかしたら俺と一緒にいた人も敵に狙われるかもしれないんだ……」
「頭大丈夫か? おめー」
思いっきりバカにしたような顔をされたが、仕方ない。
人間というのは、突拍子もないことを言われると、信じられないものだ。
しかしそんな話をしていたからか、ゆーたちが戻ってきた。
さくらは、俺とみゆうが話していた様子を見て、信じられない。というような顔をしている。
そりゃそうだろうよ。俺だって信じられないさ。
まぁ、大した会話してないけどね。
●
遊園地の後は泊まりだと聞かされていたがどうやら本当のようだ。
しかも何故か全員一緒の部屋。
ゆーたが言うには、「その方が安いから」らしいが俺にはよく分からない。
それでもって今はトランプのババ抜きをしているわけだが、みゆうが弱すぎるときたもんだ。
正直言ってつまらないレベルに弱い。
だいたい顔に出すぎなんだよな。
負けたら罰ゲームがあるというのに、何連敗してるんだか。
「んじゃあ次は今履いてるパンツの色を言うな?」
先ほど1位になったゆーたがニヤニヤしながら言う。
さすがにこれはまずいんじゃないか?
「はぁ?」
ほら見ろ。ミズナも怒ってる。
「まさかみゆうのパンツが見たいの?」
「な、なんでそうなるんだよ」
ゆーたとミズナがギャーギャー言い合いし始めた。
と。止めなくていいのかな?
「おーし配るぞー」
あきらが気にもせずにトランプを配り始めた。
いつものことなのかな?
とにかくこの罰ゲームは回避させるべきだろう。
仕方ない……わざと負けよう。
それからの俺の課題は、いかにわざとらしくなく負けるかということだった。
何しろみゆうは弱すぎる。
最後までみゆうが必ず残るのだが、そこで俺が勝たないようにしなければならない。
ま。顔に出すぎるみゆうだから負けるのは簡単だが、わざとらしくなくしなければならないのが大変だった。
何しろ俺は嘘が下手だからな。
結果俺は何連敗もすることとなり、自分のパンツの色はもちろん初体験のことや(まだしていないが)、今まで誰と付き合ったのかなど(誰もいないが)を赤裸々に告白することとなった。
ふふふ……もう俺には失うものはない。
怖い物はなにもない……
次は何が知りたいんだ?
「そろそろ寝ようぜ」
「え?」
ゆーたの予想外の言葉に思わず、俺はそう口にしてしまった。
「お前なぁー。いくら友達がいなくて俺らとのゲームが楽しいからってさすがに眠みーよ」
あくびをしながら呆れるようにゆーたが言うが、違うよ?
慌てるように、他の人を見るとみんな同じような表情。せっかく庇ってあげてたみゆうまでもが同じだ。
友達がいないわけじゃないし。確かに上手に負けられるようになって楽しくはなってきた。そこは認めよう。
だから少し悔しい気持ちもある。
もっと上手く負けられるかもしれないと思ったからだ。
だがまぁみんなが寝るのだから仕方ない。
……ここでみんなで寝る……寝れる気がしない。
1人1人と好き勝手に自分が寝る場所を確保していった。
女子3人はそれぞれベッドに、ゆーたはソファー、あきらはゆったりと座れる椅子。
……俺は?
「そこで寝りゃいーじゃねーか」
ゆーたが、そこ。と顎で指したのは窓際の冷たそうな床だ。
あきらは座ったまま寝るから寝辛そうだし、ゆーたも寝返りは打てないだろう。
確かに床なら寝返りも打てるし、それなりの広さがある。
そこで寝ることに決めると、1人1人順番に部屋の外にある大浴場へと向かって行った。
俺は最後に風呂へ向かい、戻って来た時には全員寝ているだろうと思っていた。
●
1人1人順番ではあったが、時間にすればほぼみんなは同時に部屋を出て行った。
俺は少し1人の時間を堪能していた。
あきらやゆーたと一緒に風呂に入ろうとも思っていなかったし。
のんびりしていたら女子3人が戻って来た。
一瞬、ミズナとさくらは誰だか分からなかった。
化粧を落とすと女はここまで別人になるのか……
それに比べてみゆうはほとんど変わらなかった。正直に言って美人だ。みさきよりも美人だ。
さすがに女子だらけの中に男1人は気まずいので、仕方なく風呂へ向かった。
偶然にも、俺が入る時にあきらとゆーたは出てきた。
「おう」
ゆーたが俺に気づいて声をかけてくれた。
意外にもゆーたは、一緒にうがっこへ行ってから毎日俺に挨拶をしてくれている。
「いい湯だったぞ」
あきらもなんだかんだ、話しかけてくれる。
「で、みゆうとはどこまでいったんだ?」
にやにやしながらゆーたが聞いてくるが、こういうところがなければ普通にいい友達になれるのかもしれない。
「ど。どこまでって」
「おいゆーた」
俺が戸惑いながら答えようとすると、あきらが笑いながら遮る。
「さすがに早いって」
早いって何?
そんなことを考えていたら、ゆーたとあきらは脱衣所から出て行ってしまった。
俺はのんびりとお風呂を堪能することができた。
あきらが言うように確かにいい湯だった。
そのまま少し夜風に当たろうと、飲み物を買って庭のようなところへ出た。
「ふむ。悪くない……」
日本庭園と言うべきか、砂利道に小さ目の池、竹がいい感じに生えている。
「何ひたってんの?」
思わず口にした言葉を聞いていたのか、背後からみゆうが声をかけてきた。
誰もいないと思っていたのに。
仕方なく振り向くと、みゆうは思った以上に薄着だった。
上は下着が透けそうな白いシャツ。よく分からないキャラが描かれている。
下はショートパンツだ。
寒くないとはいえ、季節としてはまだ夏前。あんな恰好では風邪をひきそうだが……
「なんだよ。エロい目で見んなよ」
いや。見てないけど?
「で。何してんの?」
なんか、ゆーた達を一緒に待ってからみゆうから声をかけてくることが多くなってきた気がする。
「いや。なんかいい風景だったから」
素直にそう答えた。
ちょっと夜風に当たりたかったのもそうだが、この日本庭園と呼ぶにふさわしい中庭が気になったのも事実だ。
「確かにきれいなところだな」
驚いた。
みゆうにそういった感性があると思わなかったからだ。
驚いてみゆうの顔を見る。
相変わらずきれいな顔をしている。
この風景とは違った綺麗さがある。
綺麗な茶色い瞳に明るい茶色い髪色。たくさんつけているピアスすらも綺麗さを引き立てるアクセサリーにしか見えない。
「なんだよ」
少し頬が赤い気がする。やはり風邪を引いているんじゃないか?
「つーか。あんた驚きすぎ」
確かに今回俺は、みゆうの意外な一面を知って驚かされてばかりいた。
「え。あ、いや……」
正直に言って良いのか分からず戸惑っていると、みゆうが大きなため息をついた。
「あんたってホントキモいよな。なんでいつもそんなに自信なさげなわけ?」
え? 自信がないというか、言っていいのか分からないで考えてるだけなんだけど。
「あのさ……」
少しためらいがちにみゆうが口を開く。
上手く言葉で言い表せられないが、いつもと違う感じがする。
これからもっと驚くような言葉がみゆうの口から出てくる。そんな予感がした。
「ありがとな」
かなり照れ臭そうにみゆうが言う。
ほらやっぱり。
ギャルが俺みたいな人間にお礼を言うなんてありえないんだよ。
ありえないと言えば、結局この遊園地は本当に俺を誘ってくれた感じなのか?
それにしてもありがとう。とは何に対してなのか?
「さっきうちを庇ってくれただろ?」
あぁ。トランプのことか。やっぱりバレてたか。
「意外といいところあんじゃん」
にひひ。と初めて笑顔を見せてくれた。かなり可愛い。
なんか、心臓の鼓動がうるさい。
これは……緊張の鼓動ではない気がする。
「えっと。こちらこそありがとう」
俺と同じように、何に対してのありがとうなのか分からなそうな顔をしていたので、遊園地に誘ってくれて。と最後に付け足した。
するとみゆうはふきだした。
「わりーわりー。いやー、そっかぁー。そりゃーそうなるわなー」
何のことか分からないが、みゆうは勝手に納得している。
さっきから心臓の音がうるさい。
「んじゃあ、お互いにありがとう。だな」
にぃっと笑って右手を差し伸べてくる。
これは握手をすればいいのか?
右手を出して握手をしようとすると、
「バーカ。逆の手だよ」
と言われて左手を掴まれた。
そのまま手を繋ぎ、引っ張られるように部屋へと連れ戻された。
「おやすみ」
そっと耳元で言われて、心臓の音は最大になった。
絶対にみゆうにも聞こえているし、もう寝ている他のみんなを起こしてしまうんじゃないか?
それ以上はもう何もないと思った俺は、自分にあてがわれた寝床で毛布にくるまって眠ろうと努力した。
ゆーたのいびきがうるさかったが、寝れなかったのはそれだけのせいではなかったのだろう……
俺にとってはこれこそが異世界転生 shiyushiyu @shiyushiyu
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