第8妄想 遊園地 中編

 遊園地という場所は、俺の人生で恐らく初めて来た場所だと思う。


 幼い頃に育ての親に連れられたらしいが、それは生前の話しだし、記憶にもないレベルだ。


 異世界転生もしくは異世界転移してしまった今となっては、その育ての親にも会えないんだな……


 まぁそれはそれとして。


 この遊園地もまた、ある意味で異世界だと感じた。


 ありふれた表現になってしまうが、テンションが上がる。


 普段冷静な俺ですらそうなのだから――


「うっひょー!」


 みゆうが叫びながら走っているが、ああなるのも頷ける。


 俺だってああやって叫びながら走りたいという衝動を、今必死に抑えているのだから。


 もし今一緒にいるのがみずほだったなら、叫びながら走っていたと思う。


 人は多いし、キラキラしていた華やかだ。


 この人の多さは尋常ではない。


 死角は多いし、音楽も鳴り響いているから、研ぎ澄まされた俺の感覚であっても敵からの攻撃を避けられない。


 今度ゆーた達とはぐれたら二度と合流できない気がする。


 離れまいと必死に着いて行くと、ジェットコースターとかいう激しく速い乗り物の列にみんなが並び始めた。


 正直に言おう。


 俺はこういう系統の乗り物が苦手だ。


 みゆうたちが、絶叫系。と呼んでいる乗り物だ。


「お、俺は降り口で待ってるね」


 そう言ってみんなが乗り終わるのを待つことにした。


 ●


 遊園地という場所を舐めていた。


 甘く見ていたつもりはないが、自分の覚悟が足りなかったのだと改めて思い知らされた。


 遊園地という場所には、1人でいるとどうも落ち着かない場所だということが分かった。


 中には1人で楽しんでいる人もたくさんいるのだが、俺の場合は複数人数で来ていたのに1人で居る現状だ。


 かなり心細い。


 それにしてもだ――


 コーヒーカップにジェットコースター、観覧車によく分からない水に浮かんでゆっくり進む乗り物等々……


 俺には敷居が高い乗り物ばかりだ。


 それにこーゆのってカップルが乗るような気がする。


 実際にゆーたはミズナと、あきらはさくらと乗っている。


 俺にはみゆうと乗りたい気持ちもなければ、乗る勇気もない。


 そのため俺は、少し離れたところで他のみんなの様子を見ていたのだが、いつも以上に観察できたからか、ちょっとした違和感に気づいた。


 みゆうが他のみんなに遠慮しているということだ。


 例えばみんなで乗っても楽しいであろうコーヒーカップや、水の上をゆったりと走る船なんかは一緒に乗っている。


 しかしさすがに観覧車には乗らなかった。


 ジェットコースターは、カップルで隣同士になるため、みゆうの隣は知らない人だったようだ。


 そこまでして一緒にここに来る理由って何なんだろ?


 みんなで、よく分からない猫のキャラクターと写真を撮りながらそんなことを考えていた。


「痛っ」


 目の前を歩くみゆうが片方の足をさする。


 どうやらくじいたようだ。


 まぁ歩くのに支障はないだろうが、ここは人混みの多い遊園地。


 それもゆーたとあきらは、色んなアトラクションに乗りたいらしく、歩くスピードが速い。


 足を痛めたみゆうには少し辛いかもしれない。


「彼氏に肩を貸してもらえばー?」


 さくらがケタケタと笑いながらあきらの腕に絡みつく。


 ゆーたとミズナは見向きもせずに先へ進んでしまった。


 俺はさすがにみゆうを置いてはいけないので、歩くスピードをみゆうに合わせることにした。


 もっとも、さくらが言ったように肩を貸す気はないけれども。


 この人ゴミの中で1人離れ離れになってしまう恐怖と、心細さを俺は知っているから。


「あんだよ?」


 ギロリとみゆうが睨んでくる。


 いや。別に用はないけど歩幅を合わせてるだけだけど?


「さっさと先に行けよ。おめーもうちをバカにしてるのか?」


「ば、バカになんてしてないよ。他のみんなとはぐれちゃうし……」


「はぁ? バッカじゃないの? うちは他のみんなと連絡取れるっつーの! あんたと一緒にすんなよ」


 ちょっとイラっとした俺は、わざと歩くスピードを速めた。


 どうせ嫌がらせでついてきただけだ。


 自称彼女に気を使う必要なんてない。


 誤算だったのは、遊園地がこんなにも楽しい場所だということだけだ。


 ●


 結局俺は、みゆうのことが気になって少し前を歩くだけにした。


 みゆうも何だかんだで、俺に行先を教えてくれてる。


「そこそっちじゃねーよ。右だよ」


 と言い方はぶっきらぼうだが。


 正直に言えば、みゆうの印象が変わった。


 もっと冷徹で、自分に興味がない人にはとことん冷たいと思っていた。


 意外と優しいところがある。


「もじもじすんなよキモいな」


 キツい言葉が多いけど、根はやさしい奴って俺は知ってるからな?


 ま、とはいえ俺の彼女であるみさきには程遠い。


 そんなことを考えている内に、先を歩いていたゆーた達に合流できた。


 なにも連絡取ってないのに合流できたことが、素直に凄いと思う。


「んだよ。付き合いなげーんだから、どこに行くかだいたい分かんだよ」


 素直に驚いてみゆうのことを見ると、照れ臭そうにみゆうがそう言ってそっぽ向いた。


 いや。そのレベルの顔でその行動は反則でしょ。


 幸か不幸か俺は今日みゆうと一緒に? 行動をすることが多く、みゆうを観察する時間がたくさんあった。


 普段の話し方はギャルそのものだし、見た目も美人なギャルだが、行動は可愛いことをすることが多いことが分かった。


 そして俺のことを虫けらとでも思っているのではないか? というくらいに興味がないことも分かった。


 なぜ告白してきたのかは謎だが、さくらやミズナがニヤニヤ笑っているところを見るに、何か罰ゲーム的なやつなのかもしれない。


 俺に告白して遊園地デートに誘うって罰ゲームだったのかも。


 そうだとしても、この遊園地でこの関係が終わるならいいだろう。


 再び俺には平和が訪れるわけだから。


 みゆうは俺には目もくれず、ゆーた達のところへ行ってしまった。


 相変わらず俺はみゆう達の集団から少し離れた距離を歩いていたのだが、みんなの様子を伺うことができた。


 例えば、さくらは本当にあきらのことが好きであること。


 あきらもさくらのことを好きであるが、好きの感情で言えばさくらの方が大きいようだ。


 だがあきらは細かい気配りができる。さくらへのフォローも欠かさないので、さくらも自分ばかりが好きでいる。と思わずに済んでいるようだ。


 ゆーたとミズナは相思相愛のようだ。


 お互いがお互いを大事にしている。


 ゆーたはガサツだが、ミズナはそれを咎めることもなく性格が合っているようだ。


 正直、ゆーたもあきらも俺にとってはどうしようもない連中というイメージしかなかった。


 だが、普段見せない姿を見て2人の印象は変わった。


 そこまで悪い連中ではないようだ。


 俺と離れ離れになった時も、俺のことを待っていてくれたし。


 まぁ罰ゲーム的なものだから仕方なく待っていた可能性もあるけど。


 とにかく極悪非道な悪ではなく、ちょっとの悪ってところだな。


 そしてふと見ると、みゆうが寂しそうなつまらなそうな表情をしていることがある。


 まぁ他のメンバーがみんなカップルなんだから当然だろう。


 だが俺はこの人が多い場所での、ボッチの寂しさを知っている。


 こういう時にケアをしてやるのも、勇者の務めだろう。


 勇気をこの手に!


「あの……」


 ちょっとオドオドと声をかけると、みゆうは驚いたような顔をする。


 まるで俺がいたことを今知ったかのような。


「えっと……」


 まずい。話す内容なんて何もない。オレも特にみゆうと話したいとか思ってないし。


「あんだよ?」


 なんか怒ってる?


「あの。ですね……」


「用がないなら話しかけんなよ」


 ふいっと前に向き直って、待ってー。とみゆうが先へ行こうとする。


「て、敵に狙われているかも!」


 俺が勇者なのは秘密だけど、この際仕方ない。


「はぁ?」


 思いっきりバカにしたような表情をして、みゆうは俺を置いて先に行ってしまった。


 しかしこの自称勇者の勇気を出した一言が、後に大きな変化をもたらすことになるのだった。

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