第7妄想 遊園地 前編

 驚いたことに来て欲しくないと思っていた土日は、あっさりとやって来た。


 遅刻をしたらどうなるか分からないから、待ち合わせ時間よりも30分も早くに集合場所に到着した。


 案の定誰も居なかった。


 そもそもヤンキーやギャルが時間をしっかり守るとは思えない。


 ……と思ったらミズナが来た。


 まだ待ち合わせ時間の20分前だぞ?


 どうする? 何か話すべきか? い、いやでもミズナとは1度も喋ったことがないぞ?


 だが挨拶くらいはするべきだろう。挨拶をしなければしないでめんどくさいだろうしな。


「お。おはよぅ……」


 無視された。


 声が少し小さかったのかな?


 まぁいいか。ミズナはずっと携帯をいじっているし。


 さぞかし連絡を取りたいお友達や彼氏がいるのでしょうよ。


 俺もネットの掲示板でも覗くか。


 ん? ともやからメッセージが来てる。


『がんばれよ』


 いいやつだなぁほんとに。


 しばらくするとミズナの彼氏のゆーたがやって来た。


「おう」


「お。おはよぅ……」


 俺に一言そう言うとゆーたは何やらミズナと楽しそうにお喋りをし出した。


 次にあきらとさくらが一緒にやって来た。


 わざわざ見せつけなくてもいいっつーの!


「あとはみゆうだな」


 到着するなりあきらが口にする。


 もしもだけど。みゆうが来なかった場合ってどうなるの?


 俺だけ行かないで済む可能性もある?


 俺はみゆうが来ないことを期待していたが、その期待はすぐに裏切られた。


「おまたー」


 俺に話しかけるよりも、ワントーン高い声でみゆうが言いながらやって来る。


 ゆーた、あきら、さくら、ミズナ、みゆうが当たり前のように歩き出す。


 俺は少し離れた距離をキープした。


 だって特に話すこともないし、同じジャンルの人種だと思われたくもないしね。


 けしてハブられているわけではないし、無視されているわけでもない。


 ●


 ――知らなかった。社交ダンスがこんなにも難しいなんて……


 まさやは改めて、自分の運動神経の悪さを実感していた。


 今まさに自称勇者がみゆうたちと遊園地へ行っている時に、まさやはみずほを誘って社交ダンスの練習をしていた。


 みずほがなんとなく自称勇者に気があることは知っている。


 それなのに、目の前にいる自分のことをしっかりと考えてくれている。


『こういうところが素敵なところなんだよな』


 まさやは素直にそう思った。


 元々みずほは優しい性格をしており、気遣いもできる。


 本心では自称勇者のために、今日明日1日何も予定を入れずに開けておきたい。


 しかしれんもともやも予定を開けてくれているらしい。


 そして自分は、まさやからずっと前にお誘いがあった。


 約束を反故にはできないし、れんとともやがちゃんと慰めてくれるだろう。


 ある意味で、そういった打算があった。


 だからこそ、今は目の前に居るまさやに対して失礼な行動を取らないようにしなければならない。という使命感に駆られていた。


 ●


 ――知らなかった。予定がない。ということがこんなにも退屈だったとは……


 ともやとれんはそれぞれ自宅で同じことを思っていた。


 普段であれば何かしらの予定が入れられているはずだ。


 だが今は何も予定がない。


 することがない。ということがとても暇だと改めて感じていた。


 れんは、久しぶりにたまりにたまったアニメを見ることにした。


 ともやは、久しぶりにゲームをすることにした。


 こうして時間を潰しながらも、自称勇者からの連絡を待ち続けたのだった。


 ●


 ――知らなかった。遊園地へ行くのがこんなにも苦痛だったなんて……


 元々人が多い場所には好んで行くことはなかった。


 しかし書物による知識によれば、遊園地はとても楽しい場所であり、その行くまでの道中すらもワクワクが止まらないとあった。


 しかし今はどうだ?


 心臓はドキドキ煩いがこれはワクワクではなく、緊張のドキドキだ。


 電車に乗って遊園地の最寄り駅まで向かう。


 電車が1駅1駅進むにつれて、遊園地へ近づいて行くのがリアルに分かる。


 しかも一緒に行くメンバーが全然仲良くない人たち。


 確かに勇者には試練が必要だろう。


 だがこの難易度の高い試練は厳しい。


 しかも他のメンバーはみんな座席に座り、俺だけが立っている。


 なのに誰も気にしていない。


 うん。まぁ俺もこの人たちのことを気にしてないから別にいいんだけどね。


 ただの嫌がらせでついてきただけだし。


 それにしても――


 遊園地が近づくにつれて電車の中の人も多くなってきている。


 少しずつ死角が多くなってきているから、落ち着かない……


 決して人が多いのが苦手なわけではない。


 何しろ俺は勇者だ。常にモンスターや敵対勢力から命を狙われている。


 今日は同じパーティ―の仲間もいないし、全て1人で対処しなければならない。


 そんなことを考えていたら、一気に人が増えて一緒に遊園地へ行くという名目のゆーた達と離れ離れになってしまった!


 まずいぞ……


 こんなに死角だらけの場所で本当の1人きりになってしまった……


 ●


「はぁ? キモいのと離れたぁ?」


 みゆうの声が遊園地の入り口ゲートに鳴り響く。


「ま、別に問題ないんじゃね?」


 驚いた声を出した後に急にみゆうが冷静になった。


 いつもつるんでいる仲間と離れ離れになったのなら、必死に探したりもするがただの罰ゲームで連れてきただけの自称勇者だ。


 わざわざ探す必要はない。とみゆうは判断したのだ。


 そもそも連絡先も知らないので、探す手立てもないし、なんならこのまま居ないまま遊園地を楽しみたいとさえ思っている。


 しかしゆの気持ちは違うようだ。


「いやー。俺わざわざあいつの分も入場チケット買ってるからなー。しかも当日券だし。無駄にはしたくねーべ?」


「それに罰ゲームだしねぇー」


 隣でミズナがにやつく。


「まー。確かに約束は守らねーとな。それにあいつ心細いだろ。さすがにこのまま放置はないわー」


 あきらが正論を言い、隣でさくらが猛烈に頷いている。


 その言葉にみゆうはがっくしと項垂れてしまった。


「分かったよ……探せばいいんでしょ」


「っつっても手掛かりなんもねーんだよな。あいつがそのままここまで来れればいーけどよ」


 みゆうが諦めて自称勇者を探そうとすると、ゆーたが頭をポリポリと掻きながら言う。


「ってゆーかさ」


 ミズナがもしかして。という顔をしながら口を開く。


「ちゃんとこの駅で降りたの?」


 誰も確認をしていないので、降りたかどうかすら分からない。


 そもそも自称勇者が、遊園地の最寄り駅を知っているのかどうかも分からない。


「でもよぉ。さすがに子供じゃないんだし、降りる駅を間違えたとしても大丈夫だろ?」


 ゆーたが能天気に言うが、確かにその通りだろう。


 子供なら1人で電車で知らないところに行ってしまう心配があるが、自称勇者は一応高校生だ。知らない駅に着いても自分の力で戻ってくるだけの知識はあるはずだ。


 みんなして、ゆーたの言葉にほっとして笑い合う。


「とりま、もうちょい待ってみて来なけりゃ先に行ってようぜ」


「一日中遊園地前で放置かよ」


 あきらの提案に、ゆーたが爆笑する。


「てゆーか、なんでみゆうは連絡先交換してなかったのー?」


 さくらが半分バカにしたような言い方をする。


「はぁ? するわけないっしょ!」


「キモすぎるもんねー」


 ミズナはまだニヤついている。


 ちょうどみんなが楽しそうに話している時に、その様子が自称勇者から見て取れた。


『俺、やっぱり居ない方がいんじゃないか?』


 そんな考えが頭をよぎる。


 しかし、絶対に着いて行くと決めた気持ちもある。バカにされたくない。嫌がらせしてやる。という気持ちだ。更にはれんとともやが後押しまでしてくれている。


『パーティ―がいるだけで心強いぜ』


 ふっ。と一人妄想にひたっているとゆーたに見つかった。


「お、いたぞ」


 なぜかみゆうはがっかりしてるけど、がっかりしたいのはこっちだからね?


 見つからなければ、それを口実にそのまま帰ることだってできたのに。


『遊園地に行きたいのか行きたくないのかどっちなんだ俺は……』


 自問自答を何度も繰り返してるな。


 それくらい俺の気持ちは両方に揺らいでいる。


 まるでアニメや漫画――もとい映像や書物――で、登場人物の両肩に天使と悪魔が立っていて、囁いているかのようだ。


「嫌がらせに遊園地に行っちゃえよ。お前は勇者なんだから、悪者は退治しないとだろ?」


 と悪魔が囁き、


「ダメよあなたは勇者なんだから、嫌がることや迷惑になることはしてはいけないわ」


 と天使が囁いているようだ。


 まぁゆーたに見つかっちゃったから、天使も悪魔も関係なく遊園地に参加するのが、強制イベントなんだけどさ。


「遊園地の中はもっと広いからはぐれんなよ?」


 がはは。と笑いながらチケットを渡してくる。


 本当に参加してもいいようだ。いや、強制イベントのようだ。


「あ。ありがとう……」


 せっかくお礼を言ってあげたのにゆーたは聞いてもいない。


 こうして俺たちは、遊園地の入場ゲートをくぐって遊園地へと足を踏み入れたのだった。


 まだ見ぬ世界へと……

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