エニータイム、エニーウェアー ガク

 俺には兄がいた。

 っていうか俺らは双子だった。

 俺の兄・レキは頭が良くてなんでも器用にこなせるタイプだった。でも俺は不器用で…。よく小さい頃は助けられたなぁ。

 でもレキは、なにか大切な物を母さんの腹に置いてきていた。


「ガク。おいで。いいもの見せてあげる。」


 そう言われて連れられた17歳の夏。蝉がしつこく鳴いていた。

 連れてこられたのは知らないビルで、なにやら怖そうな大人がいっぱいいた。そして大きな袋が到着するやいなや、歓声を作る。

 レキも、嬉しそうに飛び跳ねていた。なんだろう。そう思い見ていると…。


 中身は人間だった。どこの誰かも分からない若い女が、頭から血を流して入っていた。


「…ガク。綺麗じゃない?」

「え…?」


 怖かった。レキがとても怖かった。これが綺麗?そんなわけない。必死に目をそらした。

 もっと近くで見ようと言われても、遠慮した。少しだけ食べてみようと言われても、お腹が空いてないと嘘をついた。

 美味しそうに、生肉を食うレキを、怪物としか思えなかった。


 それから数年間、レキに嫌われたくなくて着いていく日々を送った。もちろん食べない。特上のやつしか食わねぇんだと嘘をつき続けて。

 前の仕事は酒屋の従業員で、客に酒や料理を振る舞っていた。それが終わればレキと合流。そんな日常。だがある日。こんなことがあった。


「おいお前!落ち着け!」


 仲間の中で1人が、暴走した。それはひどく運の悪いことだ。

 暴走したら、それを殺しに掃除屋の人間がやってくる。そうしたら暴走していない俺らも肉を食ったことがバレる。殺されないが、少なくとも目をつけられる。

 全員、逃げ出した。いや、遅かった。


「…16人…。」


 人間のガキが、どこからともなく現れた。黒い髪に黒い瞳。すごく眠そうで気だるそうな瞳だった。

 そいつは躊躇わず、暴走して苦しむやつに発砲した。そいつは倒れ、俺たちはできる限りそいつから離れた。誰もが、そいつから目をそらせなかった。


「…暴走したら…すぐ首取りに行くから…よろしくお願いします…。」


 もう死んでしまったやつを見下ろしながら、そいつは呟いてどこかに消えた。

 

 レキと2人、黙って帰る。

 月がやんわりと輝いていた。


「…なあ。…俺らがやってることって間違いなんじゃねえか?」

「そんなことないよ。そんなこと考えないでいい。」

「…俺…さ。…本当は食いたくねえんだよ。いくら美味くても、やっぱ食っちゃダメだと思うんだ。」

「…じゃあガクは…今までどんな気持ちで着いてきてたの?楽しくなかったのかな?」

「…ああ。」

「そっか…。だから今まで食べてなかったんだ…。ガクは分かってくれないんだ…。」


 そんな冷たいこと言うなよ。分かってやりたかったよ。でも分からなかったんだよ!


「…今まで、ありがとう。レキ。」

「…いつか美味しさが分かったら、連絡してよ。一緒に酒でも飲みながら食べよう。」


 お互いに、干渉しない。

 分かろうとした。けど分からなかった。


 街を駆けずり回って、今日攻め込んできたやつの店を調べる。ネットで調べても出てこなかったのだ。


 深夜2時半。起きてるかなと思って、インターホンを押す。


『…はい。』


 声変わりの途中のような、不安定な声が返ってきた。

 おい待て。俺はこいつに会ってなにがしたいんだ?頭を巡らせて、でも思いつかなくて、黙ってしまう。


「…大丈夫ですか…?」


 気づけばそいつは出てきていた。片手にはあの銃が。一応警戒されている。


「…俺を……殺してほしい。」


 つい口から漏れたその言葉にハッとする。でも、間違ってない。もう疲れたんだ。


「…暴走してないから無理です。」

「でも俺だって、あの場にいた。」

「…僕が嫌なんです…。」

「…でも。」

「だったら…うち、どうですか?今、人手不足なんですよねー…。」

「…え…。」

「…いつでも殺せるように…。」


 14歳くらいなのに、妙にそいつの目は疲れていて、まるで人生に諦めた大人のよう…って俺か。俺と同じだった。

 いつでも殺せるように。ついでに俺は、こいつがこんな目をせずに済むように。

 気づいたら、首を縦に振っていた。


「…名前は?」

「…ケイト…。」

「俺はガク。よろしくな。ケイト。」

「…うん。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る