寝てないよ ケイト

 トゥルルタン……トゥルルタン……

 やわらかなアラーム音が部屋を包むが、とりあえず止めておく。…起きようかな。いや、めんどくさいな。うん、めんどくさい。やめよう。

 そうして二度寝モードに入った…ときだった。

 待って。今日って日付なに?枕の横で充電さえているスマホによると…6月1日だった。ああ、それなら寝られ…ないな。え?もう6月?

普通に起きないとじゃん…。


 のそりと布団から出て、とりあえずまず顔を洗う。水ってこんなに冷たいんだっけ…。

 

 僕の名前は高梨ケイト。どこにでもいるような、さえない男だ。僕はイケメンでも、運動が得意でも、頭がいいわけでもない。細々と、毎日を生きている。


「おはよう。」

「おはよ。今日も眠れなかったみてぇだな。」

「…1時間だけ寝たよ。」

「それは寝たに入んねえの。」


 こいつはガク。『なにか』であり、僕の保護者みたいな側面もある。

 こいつも仕事を手伝うの?と思ったそこのあなた。大丈夫。ガクは本部から渡されている、暴走しずらくなる薬を飲んでいるのだ。あれ、結構貴重なものらしいよ…。だって高そうだし…。でもガクは、その薬のせいで本来の能力を十分に発揮できていない。


 さて朝食だ。

 今日の予定は、僕の後輩に会う。人生初めての後輩だが、本部からの命令なので従わないといけない。

 今が8時で、会うのが9時。9時に駅の前に集合。


「朝ごはん適当でいいよね。」

「いつも適当だろ。」


 ガクには目がない。大きな口しかない。けど、本人はついてると言い張っている。

 トーストにバターを塗って、コーヒーも用意する。


「お前よくブラック飲めるよな…。」

「…なんか眠気覚ましに?美味しいとは思ってないよ。」

「思ってねぇのかよ。」


 その大きな口をガパァと開けて、トーストの半分を一気に食べてしまう。僕はというと、チマチマとゆっくり食べていた。一気に食べるのは苦手だ。早く食べるのはもっと苦手だ。

 朝食を済ませれば、もう残り5分で出なければならなくなっていた。

 急いで食器を水につけて、着替えて。鏡の前で身だしなみを整えて。


「行ってきまーす。」


 ガクと2人、誰もいない部屋に向かってそう言った。

 うちのビルは、1階が仕事スペース、2階がリビングや洗面所、3階がそれぞれの自室になっている。


「…緊張してんのかぁ?」

「…ちょっと…。だって初めてのことだし…。」

「そんな心配するこたぁねえよ!もっと堂々と胸張れ!」


 そう言って、背中をバシンと叩かれる。ちょっと痛かったのは言わないでおいた。

 そうだ。心配することはない。堂々としてればいい。少し視線を上げると、澄み切った空が見えてくる。


 よしいける!そう思ったときだった。


「ん?あれじゃね?」


 ガクがどこについているのか分からない目で後輩を見つけたらしい。…え?

 髪は明るく、ミルクティーのような色。でも黒い目でスマホを追っている。紺のブレザーに緩めのネクタイ。壁に少しもたれつつ立っている。あきらかに、同業者の雰囲気。


「…ガク。やっぱ無理かも…。」

「あぁ?あんなのにビビってんじゃねえよ!」


 そしてそんなことを話しているうちに、いつのまにかそばにいた。後輩くんが。

 あ…死んだ…。

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