人鳥ゲーム
〝ペンギンという名の、飛べない鳥がいたらしい〟
意識体たちは、長い永い旅路の中で遠き地球の記憶を薄れさせつつあった。だが稀に、ルーツたる肉体の記憶がフラッシュバックすることもあり、その情報を交換し合うことが、まるで映画を鑑賞するような娯楽となっていた。壱号の発言は、きっとそうした経緯を以て生まれたものだった。
肆号:「翼があっても飛ばない鳥……どんな生き方をしていたんでしょう。進化には環境などの理由があるものだと聞きましたが」
独り言ちる肆号に、伍号が応じる。
伍号:「進化の過渡期だったのではないか? やがては翼を失う運命にあったのだろう。その途中で地球が滅びたというだけじゃ」
伍号の分析に、弐号が異を唱える。
弐号:「俺はかつて、鳥だった。そういう記憶がある。だからこそ言うが、飛べないことが進化だなんて信じられない。鳥は飛ぶことで行動範囲を広げ、食べ物に楽にありつく。だから強いし生き残れる」
肆号:「けれど、小鳥は小鳥で大変そうでしたよ。大勢で寄り合って、身を守って」
弐号:「俺はちっぽけな鳥とは違う」
ぴしゃりと言い放つ弐号の声に、肆号は竦んだ。
伍号:「儂は小鳥ではないが群れをなして生きていたぞ。食い扶持は減るが、目は増える。外敵も食べ物も見つけやすい。身を守る意味でも、確かに空を飛ぶことは重要だとは思うが」
肆号:「もしかして、ここに集まった皆さんは鳥なんですか? 偶然ですね」
参号:「僕もそうさ。やはり命があったときに似通った性質を持っていた者同士は惹かれ合うんだろうか。姿も分からないのに、不思議なことだね。今度、統計でも取ってみようか」
弐号:「参号は博識だな。だったらペンギンとやらについても詳しいんじゃないのか? 空も飛べずにどうやって生きていたか教えてくれよ」
参号:「いろいろと学ばなければいけない立場だったというだけさ。僕にだって知らないことは山ほどある。けれど、例えば普段は何を食べていたとかが判れば、生態を逆算できるかもしれないね。折角だから、ここに居るみんなが何の鳥だったか、戯れに当てっこゲームでもしてみるかい?」
伍号:「食事なんて、もはや懐かしい概念じゃな。儂は主に魚じゃ。それ以外の水辺の生き物を食うこともあった」
弐号:「俺も魚だ。いくらでも丸呑みにしてやった」
壱号:「それが本当なら驚きだな。私も魚を食することはあったが、身を少しずつ啄むので精一杯だった」
肆号:「弐号さんは、よほど大きな鳥だったんですね。わたしも魚は好きでしたよ。ヒトさんから食べ物を恵んでもらうこともあったなあ」
参号:「それは豪胆なことだね。地球でヒトほど強い生き物はいなかった。手懐けられた仲間も沢山いたっけ。思うところはあるけど、重力災害から救ってくれた彼らには感謝している」
伍号:「滅ぼしたり救ったり、身勝手なモンじゃがな。重力災害よりもはるか昔、ヒトによって絶えた種も居るらしい。確かそいつも、飛べない鳥だったとか」
弐号:「ほらやっぱり、空を飛べないと生き延びるには不利なんだ」
参号:「〝ドードー鳥〟だね。彼らは天敵が存在しない故に、飛ぶことを止めた。悲劇だが、それが運の尽きだった。彼らは歴史の一部となって消えた」
魂たちは少しの間、沈黙する。弱肉強食の世界で、ドードー鳥の運命が特別理不尽なことだとは思わない。しかし、地球最後の日まで生き延びることができた自分たちは本当に幸運なのだと、改めて実感していた。
伍号:「まあ、生きていれば色々あるもんだ。翼で飛ぶというのは大変なエネルギーを使うから、飛ばずに暮らせるなら本当はそれが一番幸せなのかもしれん。次は、順に好きな景色でも挙げていくか? 儂は……」
弐号:「待て。まだ参号が何を食べたか聞いていない。公平じゃないぞ」
参号:「おっとバレたか。弐号は鋭いね。その目聡さは猛禽だろうか」
参号の言葉に、弐号は頑として応えない。
参号:「もちろん言わなくて構わないよ。ちなみに僕は魚は食べたことはないな。四つ足の生き物をよく食べていたさ。稀に昆虫も」
伍号:「虫は食感が小気味良くて栄養もあったな。何より数が多くて年寄りにも捕まえやすい。さて、好きな景色じゃったな。儂は海だな。水辺の中でも取り分けだ。あれほど心凪ぐ場所はなかった。泳ぐのもいいもんだぞ」
弐号:「話したがりなんだ、伍号は」
肆号:「いいですよね。私も好きです、海。浜には船やヒトさんも居て。けど、街もいいものですよ」
壱号:「……仔の待つ巣。狩りで巣を出るとき、知らぬ間に仔が居なくなってやしないかと、何時も気が気じゃなかった。けど、いざ戻って仔らが揃って喧しく食べ物を求める声を聴く時、あれほど心安らぐ瞬間はなかった。厳しい狩りも、獲物の奪い合いにも、だから耐えられた」
伍号:「おや、壱号は我が子のことになると多弁になるようだ。斯く言う儂も、子育ての覚えはある。ただし、仲間と共同で近くに巣を寄り集めてな。コロニーといって、地域ぐるみで子育てするのが当たり前じゃった」
参号:「一面の銀。雪と氷と静けさの世界さ。弐号は?」
弐号:「……空。どこまでも広い空。だが、青く静かな海も悪くない」
肆号:「空かぁ。けれどもう、空という概念は地球と一緒に消えてしまいましたね」
参号:「その逆さ。今はこの宇宙すべてが空なんだ。翼は失くしてしまったけどね。ある意味、今の僕らはみんな飛べない鳥なのさ」
肆号:「そういえば……壱号さんは、どうしてペンギンさんのことが気になるんですか?」
出し抜けに、肆号が尋ねる。
壱号:「……皆は、この宇宙船の旅の果てに何があると思う?」
返ってきた質問に、一同はかぶりを振る。もちろん比喩として。
壱号:「〝果て〟に考えを巡らせた時、もしもペンギンがこの船に乗っているのなら、あることを尋ねたいと思った。それだけのことだ」
壱号の真意を汲み取れる者は居らず、短い沈黙を生む。やがて伍号が口火を切る。
伍号:「ふうむ。もし、この中にペンギンがいるなら名乗り出てみてはどうだ? 別に隠し立てすることもなかろう」
どうだ、と促す伍号の言葉に一同は顔を見合わせるが、名乗り出る者はなかった。
伍号:「まあ、そもそも居らん可能性もあるか」
参号:「折角だから、もう少し続けようか。皆には天敵ってのは存在したかい? 僕は幼い頃、キツネに襲われて心臓が縮み上がったさ。成長してからは敵らしい敵は居なくなったけどね」
肆号:「わたしはカラスが嫌いでした。彼らとは食べ物が似通っていたから、生活圏も被っていてよく衝突して……あ、この中にカラスさんがいたらごめんなさいね」
伍号:「儂もカラスにはやられた。巣の卵を持って行かれた時は怒り心頭だったわい。だがまあ、生きる為の戦いは、お互い様だからな。あとはネコやキツネにもよく巣を荒らされた」
壱号:「ヒト。だが、種の滅亡の危機から救ってくれたのもまたヒトだった。結局、重力災害でまた多くの同胞を失ってしまったが」
弐号:「たしかにヒトは変な奴らだった。稀に群れなしてやってきて。睨みを利かせたら逃げていったがな。敵という程でもない。俺には怖いものなど、殆どなかった」
参号:「みんなの嘗ての天敵も、きっとこの船に乗っているだろうさ。生きるという営みさえなければ仲良くできるかもしれないなんて、皮肉なものだね」
地球に棲む者たちに唯一課せられた〝生〟というルールが同量以上の死を生み出す。抜け出してみれば、なんと矛盾に満ちた星だったのだろう。
参号:「最後に。もしも新しい命に生まれ変わったら、やってみたいことはあるかい? 僕は……」
参号は少し勿体ぶり、そして高らかに告げる。
参号:「一度でいい。空を飛んでみたい。それが、僕の夢だ」
誰ともなく、「あぁ」と感嘆を漏らす。
弐号:「……俺も、同じだ。青い空を飛びたかったんだ」
伍号:「はは、いいじゃないか。儂も久しぶりに、のんびり波に任せて泳ぎたいかな。今思えば、地球には重力があったからこそ、水に浮かぶ楽しみがあったんじゃ」
肆号:「野生で生きるのは大変だったから、ヒトさんと一緒に暮らしたいです。そういう子もいたんでしょう? 一生を安全に過ごせて、食べ物も貰えるなんて夢みたい」
壱号:「自由で、強く在りたい。そして、仔らにそれを託して、穏やかに死にたい」
一同は、在りし日の地球に思いを馳せた。
参号:「みんな、ありがとう。これで判ったよ」
参号に、一同の注意が集まる。
参号:「きみが、ペンギンだったんだね」
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