リプレイ

参号:「きみだったんだ、弐号。ペンギンは」


 注目を浴び、弐号は形のない身体が、かっと熱くなる思いだった。ばつの悪い思いで弐号は尋ねる。


弐号:「なぜ、そう思うんだ。俺が空を飛びたいと言ったからか」


参号:「そうじゃあないさ。きみの話に出てきた色がヒントになったんだ。きみは空や海は青色だと表現しただろう」


弐号:「それがどうかしたか?」


 ふと周りを見ると、他の者たちも不思議そうに弐号を伺っていた。


参号:「僕たち鳥類は他のどんな生命よりも優れた赤・緑・青・外紫UVの四色の錐体すいたい……つまり色を認識する器官を持っているんだ。地球の支配者だったヒトにだって、僕たちほどに鮮やかな景色は見えていなかったはずさ。さて、肆号。きみなら空や海の色をどう表現するかい?」


肆号:「ええと、強いて言うなら青紫とか……アメジスト色でしょうか?」


参号:「ふむ。レイリー散乱によって、太陽の光のうち波長の短い色が大気中に散らばり、空全体がまるで一色に染め上げられたように見える。海は少し理由が違って、水分子が赤や緑により近い光を吸収して青以下の短い波長が残り、それらが海中の様々な物体に反射することで色づいて見える。そして僕たちが認識可能な最も波長の短い色は外紫UV。肆号の言うような薄いアメジストに近い色さ。鳥類の目には大方そう見えるけれど、少々例外も居る。生来、色彩の薄い場所に棲み、更に赤や緑の光が届き辛い場所……深海なんかで長く活動する者たちは、青色を認識する為の錐体がより発達する傾向にある。例えば、海のハンターだ。彼らにとって、深海はぼんやりとした青色に見えるだろうね。弐号、きみが鳥を自称し、そして海を青色と表現したのなら、白銀世界に棲む種類のペンギンである可能性が高いと考えたのさ」


 押し黙る弐号を他所に、壱号は誰よりもペンギンに興味をさかした。


壱号:「聞かせてくれるか。ペンギンの話を」


参号:「うん。彼らは主に海辺にコロニーを作り、主に魚を獲って食べる鳥さ。そして何より泳ぎが得意で、海深く二百メートル以上潜ることだって出来る、生粋のハンターだ。種によっては年中、一面が氷雪の、極寒の銀世界に棲む逞しい者もいて、天敵と言えば、大きな海獣ぐらいかな」


伍号:「えらい所に棲んどるな。聞いただけで身体が縮み上がるわ。大抵の鳥は秋の気配を感じる頃には暖かい土地に逃げるからの」


弐号:「そこまで知って黙っていたなんて、ずるい奴だ。だけど、その特徴だけなら他の皆にも少しずつだが、当てはまるじゃあないか。例えば参号。銀世界に棲む飛べない鳥なんて、ペンギン以外に知らないぞ。なら、お前もペンギンなのか」


参号:「それじゃあ、少しだけ僕の話をしよう。僕は肉体のあった頃、エゾフクロウと呼ばれていた」


弐号:「フクロウだと?」


 弐号は、興奮したように捲し立てる。


弐号:「知っているぞ。フクロウは、最も鋭く飛ぶ猛禽だろう。嘘を吐いたんだ。俺が安心して白状するように。飛べるからと得意になって」


参号:「聞いてくれ、弐号。僕もまた、飛べない鳥だった。僕はまだ巣立ちもできない幼い頃、キツネに連れ去られたんだ」


 口を挟もうとした弐号はしかし、参号の言葉を聞いて押し黙った。


参号:「けど、すんでのところでヒトに助けられたんだ。僕を自分の巣に持ち帰って、怪我を治してくれた。だけど僕の片翼は噛み砕かれて、二度と羽ばたけなくなっていた。それに、帰るべき巣の場所も分からなかった」


 悲痛な話に、一同は俯いた。


「そんな僕を、ヒトはずっと自分の巣に置いてくれた。食べ物を分け与えてくれたし、温かい場所を用意してくれた。そして僕が成長したときに一度、故郷に連れて行ってくれたんだ」


 故郷。生まれた場所。巣から望む景色は、永く遠く離れてもずっと記憶に焼き付いていた。


「北の大地。一面の銀世界さ。僕が生まれたのは雪の解け切らない、初春の森の中だった。ヒトは、僕に再びその景色を見せてくれた。ヒト……いや僕の相棒は飛べない僕の翼になってくれた。だから僕は今一度、銀色の景色に憧れるのさ」


 一同は、それぞれの故郷を思い出していた。今はもう砕け散った山を。街を。海を。


参号:「けれど、悩む日もあった。いつか何処からか猛禽の鳴き声が聞こえてきたとき、ふと相棒が空を見上げたことがあるんだ。あれほど、僕が嫉妬に燃えた瞬間はなかった。嘴で何度もこめかみを突いてやったさ。僕は確かに愛されていた。けれど、空を飛べればもっと愛されたのか? 飛べないし狩りも知らない僕は猛禽の成り損ないなのか? そう苦悩する僕に勇気をくれたのは、ペンギンたちだったよ」


弐号:「俺たちペンギンだって?」


 弐号は面食らって鸚鵡おうむ返しをする。


参号:「ああ。野に帰れなかった僕は相棒と共にガイドの仕事をしていたんだ。きみの仲間は禽獣園でいつも注目されていた。本来棲む極寒の地でもない、得意の狩りを見せる訳でもない、悠々と歩くペンギンたちに日々、ヒトたちは喝采を浴びせた。もちろん他の生き物たちにもね。種族すら違う彼らが何故だろうと思った。けど僕は気付いたんだ。全ての生命は愛される形に生まれてくるんだということに。厳しい野良を生きる者にも、禽獣園の暮らしに安らぐ者にも、翼の歪んだ僕のような奴にだって。それは運命によって選別されやしない、種も個も関係ない、生命のルールなんだ。そう思い至ったとき、僕は飛べない自分を好きになれた。おかげで相棒と出会えたんだって、納得できた」


 弐号は、もう突っかかりはしなかった。他の皆も自分や他の存在について懸命に考えていた。


参号:「だから、誇りを持ってくれよ。生命は飛ぶことや泳ぐことのみに生きるんじゃないって僕に気付かせてくれたのは、きみなんだ。そして礼を言わせてくれ。勇気をくれてありがとう、と」


 弐号はやっと思い出した。かつては己の力強い泳ぎを誇っていたことを。そんな自分を愛してくれる友や家族が居たことを。


弐号:「腐ってすまなかった。皆が内心、ペンギンをどう思っているのかを知りたくて、あんな聞き方をしたんだ。この船に乗って、鳥は当たり前のように飛ぶのだと知って、何時からか自分を恥じる様になってしまっていたんだ」


伍号:「まあ、誰だって時に侘しく、時に立派なもの。どちらの面も誇るべき自己なんじゃ。生命というのは得てしてそういうもんじゃて」


肆号:「もしかして、参号さんはこのことを伝える為に当てっこゲームを?」


参号:「いいや、それは偶々たまたま。僕は壱号の話に乗っかっただけさ」


伍号:「おお、そういえば壱号。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか? ペンギンに尋ねたかったこととやらを」


 長く沈黙していた壱号は、厳かに口を開いた。


壱号:「宇宙に満ちる大気がどこから生まれたか、ふと考えてみたんだ」


 一同は、静かに見守るように壱号の話に聞き入った。


壱号:「きっと宇宙には、途方もなく大きな海があって。それは燃え盛る恒星を幾つも飲み込んでいくうちに、きっとランソウや、それからオゾンやらを生んだんだ。地球や太陽。いや、この無限のような宇宙すら、その海に浮かぶ泡沫の一粒に過ぎないのかもしれない。だから、この旅の果てに私たちはきっと海に出会う」


参号:「なるほど。ロマンのある考察だ。そしたらどうするんだい?」


 壱号は少し照れくさそうに言う。


壱号:「いや、もしその海で生まれ変わることがあるのなら、泳げなければ苦労すると思ってな……泳ぎ方を教わりたかった。それだけだ」


 一同は、ぽかんと呆けていた。


肆号:「けど、泳ぎならお魚さんや、他の得意な方々も沢山この船に乗っていると思いますよ」


壱号:「……魚は以前、命だった時に追いかけ回していたものだから、嫌われていると思って。ペンギンなら、同じ鳥のよしみで聞きやすいと思ったんだ」


伍号:「勿体ぶった割に、なんじゃ。寡黙で気障なヤツかと思ったらただの人見知りかい」


弐号:「それなら幾らでも聞いてくれ。俺はどんな過酷な海をも泳ぐ、コウテイペンギンだ」


 弐号は胸を張り、笑顔で応えた。もちろん比喩だ。


壱号:「ありがとう。そういえば自己紹介がまだだったな。私はハクトウワシ」


伍号:「儂、アオサギ。どこでも巣を作れるのが自慢」


肆号:「トビです。よくヒトさんが食べ物をくれたので、愛され度には自信があります」


参号:「改めて、僕はエゾフクロウ。ヒトを相棒に持つ、隻翼の猛禽さ」


   ◆


 宇宙船イヴァキュレイターは太陽の引力から逃れ、大気やデブリさえも切り裂き、無限の航路を征く。人類はこの船に、救える限りのあらゆる生命を押し込んだ。かつて愚かにも命を奪い合った彼らの根底に眠っていた、それは最後の愛の形だった。全ての生命が魂だけの存在になった今、この船の中には国境も、種別もなかった。憎しみは、地球と共に燃え尽きた。ただ愛だけが光の速さで宇宙を彷徨っていた。

 船はいつか、果ての海に辿り着く。海面に飛び込み、圧倒的な質量の前にばらばらに砕け散るだろう。そうしたら、船で眠る生命の残骸が海に散らばり、それは何千億年もかけて新たな有機物に変化する。解き放たれた魂らはやがてそれらと結びついて、生命としてもう一度誕生する。

 目覚める海は、きっと過酷な世界だろう。飛ぶことも泳ぐことも、逃げることも追うことも、戦うことも愛することも、きっと全て必要になる。飛べない翼という遺伝子は、新たな世界を生きる為の希望のひとつになるだろう。

 彼らが再び出会うとき、それは生存を賭けた戦いの中でかもしれない。大切な伴侶としてかもしれない。無二の相棒かもしれない。たとえどんな形であっても、愛がかたどる生命の、そのすべてを肯定しよう。気高き生を祝福しよう。全うする命に喝采を送ろう。


 宇宙の果てで、もう一度。


 地球を、愛の星をリプレイしよう。

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人鳥ゲームリプレイ 葉月氷菓 @deshiLNS

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